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まいにちショートショート2『腹に届いた年賀状』

【腹に届いた年賀状】


シマオとミヤコはお互いに30の頃から付き合い出し、結婚しようかすまいか別れることなく、付き合い出して10回目の大晦日をシマオのマンションで過ごした。

その翌朝。

「はああああ!」

シマオの声がシャワールームから響いた。

「どうしたの?」

とミヤコが駆けつけると、シマオのお腹には「あけましておめでとう」との言葉が刻まれていた。

「何それ?」

「わからん」

とシマオも言うしかない。

ただ、その言葉の下に「ニシマチコ」という名前も刻まれていたから、そいつが送り主である可能性が高い。

「誰よ、ニシマチコって?」

「うちの会社の後輩」

「どういう関係?」

「ただの後輩だよ」

「きぃ! 私という女がありながら!」

「お前は俺の腹に年賀状が刻み込まれたこの状況を、不思議がらんのか?」

「こんなタトゥー入れて!」

「こんなタトゥー入れるわけないだろうが!」

「今すぐここに呼びなさいよ、その女!」

「わかったよ!」

シマオが携帯でニシマチコに電話をかけると、着信音が近くから聞こえてくる。

「ま! 大胆にもこの部屋に連れ込んでるとはね!」

シマオがミヤコの怒りを宥める間もなく、ニシマチコが電話に出た。

「へへへ、もしもし」

「もしもし、ニシくん、今どこ?」

「へへへ、先輩の近くにいます」

「わ、悪い冗談はよしてさ、どこ?」

途端に玄関のチャイムが鳴り出す。

まさかと目を見合わせたシマオとミヤコ。

シマオが玄関の覗き窓から見ると、あぁ、小柄でチャイムを連打している眼鏡姿の女がそこに!

「ひゃああああ!」

とシマオが叫んだのも無理はない。

「いるの?」

ミヤコがシマオに聞く。

その間も玄関のチャイムが鳴り続けている。

「チャイムの音が近所迷惑だから、とりあえず中に入れるか」

「いやよ私。気持ち悪い」

「このまま放っておくわけにもいかないし」

シマオが玄関の鍵を開け、扉を開けるとニシマチコが速やか且つ大胆に玄関に滑り込んできた。

「なんでここにいるんだ?」

「へへへ、うまく届いているか、気になって」

「年賀状か?」

半裸のシマオが自分の腹を指差す。

「へへへ、うまく届きました」

俯いたままのニシマチコもシマオの腹を指差す。

「第一、 マンションの入り口のセキュリティを、どうやって突破した?」

「へへへ、宅配便の配達員のふりして。私、元盗賊だから」

「何、訳のわかんないこと言ってんのよ。俯いてないで、そのツラ、見せたらどうなんだい?」

ミヤコの声で顔をあげたニシマチコの顔は、この一連の奇行を一瞬でチャラにしてしまうような、いい女だ。

「ぎゃ! 美少女!」

とミヤコが驚くのも無理はない。

「だろ。ニシさんは眼鏡をしていても可愛いんだが、眼鏡を外しても……」

その言葉に合わせて、ニシマチコが眼鏡を外す。

「ぎゃ! 美人!」

「ニシさんは眼鏡の有る無しで美人度が変わらないんだよ」

「なんなの、あんた。普通、眼鏡をしている女は眼鏡をしている時は不細工で、眼鏡外したら美人って、相場が決まってるのよ。あんた、どっちも可愛いって、突然変異なの?」

「へへへ、彼女さんも、経年劣化を除けば、そこそこいい女」

「きぃ! 何よ、経年劣化って!」

「そうだぞ、ミヤコは昔は美人だったんだぞ」

すかさず口を挟んだシマオに対し、

「何よ、あんたのはフォローにも何もなってないのよ!」

と、ミヤコの怒り烈火の如し。

「そもそも、ニシさんはなぜ俺の腹に年賀状を出したの?」

「へへへ、紙の年賀状を出したら、彼女さんに色々勘ぐられると思って」

「腹に送ってもバレるだろう」

「へへへ、それは考えにありませんでした」

「付き合っていたら、お互い裸になることもあるだろうに」

「へへへ、彼女さん、アラフォーだから、もうそういう性の対象にならないと思って」

「きぃ! 私にはもう、女の魅力がないっての!」

ミヤコがシマオの首を締める。

「ごほごほ。今はそこは問題じゃない。どうやって俺の腹に年賀状を送ったんだ?」

「へへへ、それはこの本を読んで」

ニシマチコが取り出した分厚い古い本の表紙には『のろいの本』と書かれている。

「これは呪いの力だってのか?」

「へへへ、うまくいきました」

「呪いの文字を俺の腹に送ったのか?」

「へへへ、違います」

ニシマチコが『のろいの本』の付箋をつけたページをめくると、そこには「呪いの年賀状を送る方法」という項目が。

「こんなニッチな項目が」

「へへへ、先輩、あけましておめでとうございます」

「今ごろ新年の挨拶してやがる。これ、取る方法ないのかよ?」

「へへへ、取る方法は書いてないです」

「じゃ、どうすれば?」

「へへへ、英字新聞のタトゥーを入れたと思えばオシャレだと」

「これは日本語だし、『あけましておめでとう』のタトゥーは全然おしゃれじゃないぞ」

「へへへ、だったら、タトゥー除去の要領で取るしかないです」

「冗談じゃないよ。俺の体にメス入れるの、やだよ」

「へへへ、それなら大丈夫」

とニシマチコが取り出したチラシには「簡単タトゥー除去 タカオ美容整形」と書かれている。

「へへへ、私の彼氏、美容整形やってるんです。ここなら安くできれいにやりますよ」

「おい、彼氏の商売の援護射撃かよ!」

「へへへ、では私、これで失礼します」

「どこ行くんだ?」

「へへへ、あと99人にこのチラシを渡しに」


【糸冬】

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