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室岩洞(むろいわどう)〜皇居の礎築いた伊豆の石切場


皇居の石垣の大産地は伊豆

 都内に住む私は、地下鉄よりも自転車が好きで、天気の良い日には通勤にも使う。自転車で40分ほどかかる職場までのルートで通りかかるのが皇居だ。皇居の周辺を通るたびに、石垣の立派さに驚く。一周約5キロメートルの皇居を、最大高さ20メートル近い石の壁が取り囲む。そんな大量の石材はどこからやってきたものなのだろう、ある時疑問に思った。

 調べてみると、石垣の多くは小松石と呼ばれる石材だそうだ。マグマ由来の安山岩で、西相模(神奈川県西部)から伊豆半島で採掘されて海路によって運ばれてきたようだ。採掘の現場はどのようなものか、興味を持ち行ってみた。

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(皇居の石垣の多くは伊豆半島周辺から運ばれた)

石切場の室岩洞は異空間

 当時の石切場で今も残されているのが、伊豆半島の西部沿岸沿いにある。室岩洞(むろいわどう)だ。沿岸をくねくね曲がる国道136号線脇の7、8台分ほどの駐車スペースに車を止めて、海岸に下る細道を5分ほど行くと、突如岩が人工的に切り取られた入口がある。腰をかがめて中に入ると、四方を岩に囲まれた石切場の異空間が広がる。薄暗い中、恐る恐る歩くとノミを片手にした石切職人の像が現れる。お化け屋敷が大の苦手の私は、肝を冷やすような思いだ。

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(洞内では石切場の様子が再現されている)

 伊豆半島は海底の火山活動によってできた南の島が100万年前に本州に衝突してできた半島だ。伊豆半島で採掘される石材はマグマが冷えて固まった火成岩系と、降り積もった火山灰などが地下の圧力によって固まった凝灰岩系の主に2つだそうだ。ここ室岩洞で取れるのは、主に後者の凝灰岩系だったそう。海底に降り積もった火山灰などでできた地層が衝突時に隆起して地上に現れたものだ。比較的柔らかいことから加工しやすく、耐火性にも優れていたことから石材として重宝されたそうだ。

 室岩洞での採掘は江戸時代から昭和29年まで続いたそうだ。170メートルほど歩くことができ、石材を乗せて江戸へと向かう船着き場も見られる。江戸時代は海運技術が伸びた時代だそうだが、どのくらいの日数がかかったのだろう。調べてみると、江戸初期は大阪から江戸までは平均で30日くらいかかったようだ。地図上の目算で伊豆半島は、大阪から東京のだいたい5等分くらいした位置にありそうなため1週間くらいだろうか。重い石材を運ぶのは容易な仕事ではなかったろう。伊豆で石材採掘や運搬に身を捧げた人たちは日々どのような思いで暮らしていたのだろうか。

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(この船着き場で石材を乗せて江戸まで運んだ)

伊豆石は「ペリーロード」にも

 伊豆石は半島の南端、下田の街でも使われている。250年以上続いた江戸時代の鎖国を解いた日米和親条約を結んだペリーにちなみ「ペリーロード」と名付けられた街並みを歩くと、灰色がかった柔らかな石材が歩道に使われていることに気がつく。凝灰岩系の伊豆石は柔らかみと温かみがある。レトロな町並みは、明治や大正時代にタイムスリップしたかのようだ。

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(ペリーロードにも伊豆石が使われている)

 仕事の関係で3年間住んでいた栃木県では大谷石という有名な石材があった。今は海なし県である栃木だが、大谷石も凝灰岩系で約2000万年前の海底火山の噴出によってできたと言われる。2000万年前といえば、ユーラシア大陸の東端が裂け始めて、後から日本列島になる島が移動を始めた時代だ。採掘場には2、3度行った。深さ30メートルほどに巨大な空間が広がり、橙色や青色の照明が反射して、まるで地底帝国のような異空間だった。最近では映画のロケなどにも使われ、地元の業者は観光資源として利用を模索していた。

 私はこうした地球の歴史を知れる場所を訪ねることに面白みを感じる。地球の計り知れない力や遥かな時の流れを、実際の風景を見ることで体感できるからだ。世界では2000年ごろからこうした地球を感じられる場所を「ジオパーク」と名付け始め、日本では2007年に活動が始まった。現在では伊豆を含めて44地域が日本ジオパークとなっている。地元としては観光誘客にもつながると期待されているようだ。

 ただ昨年11月には熊本県の天草は認定を返上したことがニュースになった。ジオパークは更新制で、4年1度の審査を受けなければならない。更新料や維持費は自治体が負担しなければならず、費用対効果が見えなかったことが理由だそうだ。ジオパークと名付けられている場所は、過疎化が進む地方に多く、自治体にとって費用負担は今後も大きくなるのだろう。地球環境の面白みや貴さを伝えるとともに、それをどう収入につなげていくかは大きな課題だ。ジオライターの私も、大事なテーマの一つとして考えていきたい。

取材日:2020年2月23日

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