ブルーノートの名盤 『Cool Struttin' / クール・ストラッティン』 ジャケット・デザイン制作現場での会話(あくまで想像です)
2010年9月29日に他のサイトへ掲載した原稿を加筆修正しました。==================================
ブルーノート1588番『Cool Struttin' / クール・ストラッティン』は、その音楽面からも、そのジャケット・デザイン面からも、特に日本のジャズ・ファンから圧倒的に支持されているアルバムだ。
日本では名盤中の名盤と評価されているが、本国アメリカではそれほど売れなかったアルバムだ。そして日本のジャズ・ファンはその音楽だけではなく、このアルバムのジャケット・デザインをも高く評価する。
確かにジャケット・デザインの出来は決して悪くはない。しかし『Cool Struttin' / クール・ストラッティン』(直訳すると “クールに気取って歩く”) が内蔵するサウンドをビジュアル的に表現出来ているようには思えないからだ。
では『Cool Struttin' / クール・ストラッティン』のジャケット・デザインはどのようにして生まれたのだろうか?そしてその問題点は?
まずは1958年1月のニューヨークへ Back To The Past、その制作現場を覗いてみることにしよう。
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今回の登場人物
アルフレッド・ライオン (「ブルーノート・レコード」の創設者であり、社長兼プロデューサー)
リード・マイルス (若手デザイナー。ブルーノートのジャケット・デザインを数多く手がける)
フランシス・ウルフ (ライオンの老朋友であり、ブルーノートの財務担当。写真家でもある)
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1958年、1月中旬頃
ニュージャージー州のハッケンサックにあるRudy Van Gelder Studioで『Cool Struttin' / クール・ストラッティン』が収録されてから数日後、ニューヨークにあるブルーノート・レコードの会議室にて。
ライオン マイルス君、次のレコードやけど、ソニー・クラーク の『Cool Struttin' / クール・ストラッティン』言うねん。サイドもええメンバーで固めたから録音もバッチリやったわ!ちょいとネットリとした、ダルなグルーヴ感が抜群やねん。その辺りの音の雰囲気、頭に入れてジャケットのデザイン、頼むわ。
マイルス 了解です!今回も2色印刷で考えといたらエエんですね。(とは言うものの、オレ、ジャズのこと、あんまり判らんし、ちょいとネットリとした、ダルなグルーヴ感って、どんな感じやろ?) ところでウルフさん、クラーク・ケントのジャケット用の写真ですけど、いつ頃もらえますやろか? 写真が無いとデザイン始められませんから。
ウルフ ソニー・クラークやがな。なんでクラーク・ケントやねん。スーパーマンとちゃうで! 今回は録音現場で撮影する時間がなかったんや。せやからワシの写真無しでデザイン頼むわ。
マイルス そしたら写真無しでデザイン組んだらエエんですか?
ライオン 前回のソニー・クラークのレコード、写真無かったやろ。2回続けて写真無しのジャケットちゅう訳にもいかんしなぁ、マイルス君、何かそれらしいモンを自分で撮影して、デザインしてみてくれや。
マイルス ほな、撮影費と感材費とかの実費分は、デザイン費とは別に、後でウルフさんに請求させていただきます。
ウルフ ちゃんとした明細付きの請求書、持って来てや。きっちりとした支払いがコンプライアンス経営の第一歩やからな。せやけどウチもしんどい時期やから、マイルス君、金額の方はお手柔らかに頼むわ。しかし難儀な財務を担当しとると、増えるのは白髪だけやなぁ。
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リード・マイルスの独り言
A Monologue by Reid Miles
問題はタイトル曲のビジュアル化や。誰が気取って歩くんや? 男か女か? ブルーノートのジャケット・デザインって、大概がウルフさんが撮影したミュージシャンの写真使っとるから男ばっかりや。まぁ、今回はせっかくの機会やから、女使ってみるのもエエ気分転換や。“クールに気取って歩く” をビジュアル化せんとアカンねやったら、すらっとした脚にエナメルの上等のハイヒールでも履かしたろ。イメージはちょっとお高くとまった社長秘書の膝から下いう感じや・・・。
アルフレッド・ライオンの独り言
A Monologue by Alfred Lion
やっぱり無理言うてでもフランシスにソニー・クラークの録音現場、撮影させといたらよかった。若いリード・マイルスに全部任せても大丈夫やろか?あいつ、タイポグラフィの処理は見事やし、撮影したフランシスを怒らせるぐらい大胆な写真のトリミングもエエねんけど、ちょっと今回はなんとなく不安やな。アイツ、クラシックばっかり聴いてて、ジャズのこと、あんまり判っとらへんみたいやし。ちょっとくらい金かかっても、中身の音楽に負けん、エエ感じのジャケットに仕上げんとな。まぁ、経費はフランシスが何とか工面しよるやろ・・・。
フランシス・ウルフの独り言
A Monologue by Francis Wolff
またソニー・クラークのレコードかいな。社長は最近ソニーに入れ込んどるからな。去年の10月に録音したトリオ編成のレコード、あんまり制作予算も無かったのに、結局は社長の"鶴の一声"でジャケットは贅沢な4色印刷やったやないか。今回はマイルス君に撮影費と感材費とかの実費も支払わんとあかんしなぁ。クインテット編成やったからリハーサルのギャラも結構かかったし、レコード売れへんかったら、またChase Manhattan銀行へ行って、追加融資を頼まんとアカンやろなぁ。やっぱ無理してでもワシが録音現場に行って、撮影しといたらよかったなぁ・・・。
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それから数週間後
ニューヨークにあるブルーノート・レコードの社長室にて。
ライオン お~い、ルース(ライオンの秘書)、『クール・ストラッティン』のジャケットの最終色校正、届いたか?
ルース リード・マイルスさんが今さっき持って来られたところですぅ。 は~い、どうぞ。
ライオン うわっ、ちょっと違うなぁ、このデザイン。ラフ案と初校、ちゃんと見といたらよかった。お~い、マイルスく~ん!
マイルス はいはい、どないですか、今回のジャケット。
ライオン デザイン自体は悪ないけど、こらソニー・クラークの『クール・ストラッティン』のジャケットと違うぞ。まぁ、もう時間もないし、今回はこれで進めるけどな・・・。どか~んと売れたら、次回プレス時にジャケットのデザイン変更や。
マイルス あの~、どの辺りがアカンのですか?
ライオン ウチはニューヨークのブルーノート・レコードやねん。ロサンゼルスのパシフィック・ジャズ・レコードと違うんや。西海岸のクール・ジャズ風の『クール・ストラッティン』やったらこのデザインで OK やけど、ソニー・クラークのジャズは東海岸のニューヨーク製や。ちょっとファンキーな黒っぽさがあるんや。うっ、と一瞬息が詰まるみたいな、タメた感じ、抑えた感やねん。曲のタイトルの意味、“クールに気取って歩く” にジャケットのデザインを合わせ過ぎとるなぁ~。ちょいお上品過ぎるわ。
マイルス はぁ、そんなモンですやろか・・・。(おいおい、最終色校正の段階でそんな事を言うなよぉ~、何のためにラフ案と初校を提出してるねん! それにこの写真は五番街で一緒に昼メシ食うた時に撮影したヤツやないか!)
ライオン それと、これはかなり個人的な意見やけど、“クール・ストラッティン = クールに気取って歩く” ちゅうのは、足元のステップとは違うと思うと思うんや。
マイルス そら、どういう事ですねん?
ライオン “クール・ストラッティン = クールに気取って歩く” には腰の振り方がポイントやと思うんや。マイルス君はクラシック音楽ファンやから、マックス・ゴードンのお店、行ったことないやろ。
マイルス それ誰ですねん? それ何のお店ですねん?
ライオン グリニッジ・ヴィレッジにある、“ヴィレッジ・ヴァンガード” 言う有名なジャズクラブやがな。そこ行ってバーボンかスコッチでも一杯飲みならが店内の様子見てみぃ。ジャズ聴きながら、キュッと腰を振りながら、クール・ストラッティンな歩き方をしとるおネエちゃん、沢山いてはるわ。ポイントはステップと違うねん。ポイントは歩く時の腰やねん、腰の振り方やねん。
マイルス ・・・・・。 (デザイン発注する時に言うてくれよなぁ~)
ライオン それと最後に一言やけど、君な、線の使い方、特に曲線やけど、もうちょっと勉強してマスターしたら、将来ええデザイナーになれるわ。
マイルス ・・・・・。 (最後は説教かよぉ~)
ウルフ 社長、マイルス君から撮影費と感材費とかの実費分の請求書、結構な額で届いとるんですけど、どないしまひょ? 今回も制作費、かなりキツいんですけどねぇ。
ライオン ・・・・・。
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時は流れて1961年、師走のある日
ニュージャージー州のエングルウッド・クリフスに移転したRudy Van Gelder Studioでソニー・クラークの新作『Leapin' And Lopin' / リーピン・アンド・ローピン』が収録されてから数週間後、ニューヨークにあるブルーノート・レコードの社長室にて。
ライオン ブルーノートのレコード番号、もうすぐ4100番台に突入や。 ホンマ、早いもんで “光陰矢のごとし” とはよう言うたもんやね。
マイルス 1500番台から沢山仕事を回してもろて、ホンマ、ありがとうございます。これからもデザインの仕事、バリバリ頑張りますわ。
ライオン さて、年が明けたらソニー・クラークの新アルバムのデザイン、頼むわ。次のアルバムは『Leapin' And Lopin' / リーピン・アンド・ローピン』言うタイトルやねん。
マイルス また今回も凝ったアルバム・タイトルですねぇ。リーピン・アンド・ローピン = 跳びはねながら、大またで歩きながら、ですか。ソニー・クラークのアルバム・タイトルは歩き方と縁がありますなぁ・・・。
ライオン ところで1588番、例の『クール・ストラッティン』やけどな、アメリカではさっぱり売れんかったけど、どういう訳か日本では結構売れたらしいんや。ちょい前に日本の輸入代理店、電報堂DYからそんな連絡が入っとったわ。ちょとマイナーな感じのメロディが日本人の心の琴線に触れたみたいやな。
マイルス それはそれは何よりで。
ライオン まぁ、曲の仕上がりもエエけど、電報堂DYによるとやね、日本ではジャケット・デザインも気に入られたみたいやねん。こりゃ怪我の功名やね、マイルス君。
マイルス どんなところが良かったんですやろか?
ライオン 日本から遠く離れたジャズの本場、アメリカはニューヨークの、大都会的空気感が気に入られたようやな。
マイルス そら日本人にとって、アメリカは未だ遠い国ですからねぇ。私らには見慣れた街並みやけど、東京に住んでる日本人には新鮮なんでしょうなぁ。日本人でニューヨークの街並みを見慣れとるのは、今年から天下の Madison Square Garden で大暴れしとる日本人のプロレスラー、“ババ・ザ・ジャイアント” ぐらいですやろなぁ。
ライオン 妙なプロレスラーの事を知っとるね、君は・・・。それと少しミステリアスなところも良かったんとちゃうかな。なんとなくヒッチコック監督の映画のポスターみたいな雰囲気もあるやろ。
マイルス なるほどです。なかなか鋭い指摘ですな。私もヒッチコック監督とエエ仕事してはるデザイナー、ソウル・バス先輩の影響受けてますから。
ライオン すらっとした脚のモデル、ホンマはキム・ノヴァクかグレース・ケリーみたいな別嬪さんと違うか?と上半身を想像して、日本人は楽しんでるみたいや。それと後ろでとぼとぼ歩いとるオッサン、日本のジャズ・ファンはオレの姿やと勝手に勘違いしとるらしい。
マイルス ほ~、ヒッチコック監督みたに社長もどこかにちょこっと出演しとると日本人は深読みしてる訳ですか。
ライオン ホンマ、なかなか色々な形でジャズを楽しみよるな、日本人は。
= おしまい =
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