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生徒の誕生日には、「おめでとう」のお手紙を!

皆さんは、普段どのように生徒との信頼関係を深めていますか?色々な心配りのあり方があると思いますが、僕が担任として10年間ずっと欠かさずに行ってきたことがあるんです。それが、誕生日を迎えた生徒にお手紙を渡すことです。これはもちろん、何か見返りを求めてやっていることではありません。しかし結果的に、僕は一通の手紙によって生徒との関係を深めることができ、幸せを実感しています。今日は、このことについてお話しします。

なぜ誕生日に手紙を書くのか、

それを説明するために、少し遠回りさせてください。そもそもの話からしたいと思います。そもそも、教師にとって、教育支援のリソースのうち、もっとも重要なのは何かと考えると、それは「信用」ではないでしょうか。教師は生徒に信用されていないと、どんなに素晴らしいアドバイスができても、生徒が変化しようとするエネルギーに貢献することができません。というのも、多くの生徒は、教師の話を聞くかどうかを、前もって判断しているように見えるからです。

この先生の話は聞くけど、この先生の話は聞かない。そういう事実を皆さんも知っていると思います。不道徳に聞こえるでしょうけど、それは大人も同様ですよね。皆さんも、例えば権威あるドクターと、いかにも頼りなさげな新米ドクターとでは、話の聞き方が自然と変わると思います。要するに、教師という立場だけで生徒が話を聞いてくれるわけではないのは、皆さん体感的に理解されていると思います。

ところで、似た言葉に信頼がありますが、信頼とは、無条件に相手のことを受け入れる感情のことです。「彼が嘘をついていたとしても、自分は彼を大切に思う」といった感じです。一方、信用は、条件つきです。「あの先生は、自分の失敗を生徒のせいにしないから、受け入れる」といった感じです。ですから、信用金庫はありますが、信頼金庫という金融機関は存在しませんよね。要するに条件なしにお金を貸し出すことはできない訳です。

教師と生徒の関係性を考える時に、教師の側は、生徒の個性や可能性を無条件に信頼することが大切だと思います。一方で生徒が教師に向ける眼差しは、無条件の信頼というより根拠を持った信用をイメージした方がしっくりくるような気がしています。

教師はどうすれば生徒から信用されるのか

さて、そこで考えたいのは、教師はどうすれば生徒から信用されるか?という問いです。直感的には、約束を守るとか、期待された役割に応える、と言ったことが思い浮かびます。それも間違いではないでしょうが、交流分析という心理学の立場で考えてみると、もう少し積極的な方法を見出すことができます(2020年にNPO法人日本交流分析協会が認定する、交流分析士インストラクターの資格を取得しました)。

その交流分析の立場では、人と人の間に成立する信用を、「交わされたやりとりの量と質」に着目すます。もう少し、詳しく説明します。まず、交流分析では、「あなたの存在を私は認識していますよ」というシグナルのことをストロークと呼びます。例えば、朝、学校で会った人に「おはようございます」と言うのは、言語を使ったストロークです。相手に向かって、笑顔で手を振るのは、身体的なストロークです。交流分析を創始した精神科医エリックバーンは、人はこのストロークを求めて生きると考えました。実際、もし朝出会った人に「おはよう」と声をかけて、その相手が無視をして通りすぎたら、心は穏やかではいられないでしょう。人は健康的なストロークが欠乏すると鬱病などを発症すると考えられています。

このストロークは、次のような分類があります。

(1)ポジティブかネガティブか (2)条件付きか無条件か 

例えば、ポジティブな条件つきのストロークとは、「人のことを想って行動できるあなたは素敵ですね。」といったものです。ある特定の「行動」に注目し、ストロークの受け手にとって肯定的に受け止められるストロークです。条件付きでポジティブなストロークは、関係性を築く上で重要です。しかし、実はもっと重要なストロークがあります。それは無条件のポジティブストロークです。これは、特定の行動ではなく、その人の「存在や個性そのもの」に対して送られる肯定的なストロークです。「あなたに会えて嬉しい」「あなたは素敵な個性を持っていますね」という言葉が一例ですが、存在そのものに対して肯定的なメッセージを伝えています。

なぜ、こちらが重要かというと、条件付きストロークが文字通り、特定の行動をとった時にだけ与えられるストロークであるのに対して、無条件のポジティブストロークは、たった今、この瞬間にも与えられるストロークであり、その人の生きるエネルギーの根本を満たすものだからです。社会的な成功を収めている人は、条件付きのポジティブストロークをたくさんもらっているでしょう。しかし、それは常に成功し続けることが条件です。存在そのものを無条件に受け入れられるストロークが不足すれば、成功している人でも心のバランスを崩してしまいます。

無条件の肯定的なストロークをたくさん送る


さて、ここで話を戻しましょう。教師はどうすれば生徒から信用を得ることができるか。交流分析の考えを踏まえると、「無条件の肯定的なストロークをいっぱい与えること」というのが一つの答えになります。要するに、生徒が何か特別なことをした時だけに褒めたりするのではなく、平素から存在そのものにストロークをたくさん送ることです。そうすることで、生徒は、「この先生は、僕の個性を受け入れてくれる」と感じられます。

しかし、実際にはこれがなかなかこれができません。僕たち教師は、学習が得意で、社会性も身につけたいわゆる「できる生徒」に対して笑顔になったり、褒めたりすることは得意ですが、そうではない多くの生徒には、ついついストロークを送り損ねてしまいます。普通のことに対して、ストロークを送るという発想がないのかも知れません。しかし、それでは「できる一部の生徒」からは信用されるかも知れませんが、そうではない多くの生徒からは信用されないでしょう。

肯定的な無条件のストロークとしてのお手紙

そこで僕が推奨したいのが、クラスの生徒の誕生日に手紙を書くということなんです。手紙を通して、その生徒がこの世に生まれてきたこと、今ともに過ごせることに対して、喜びを伝えます。こうすれば、クラスの生徒全員に必ず、無条件の肯定的ストロークを送ることができます。渡す際には、教室で「今日は誰々さんの誕生日ですよ!」と言って、みんなの前で手紙を渡します。そうすれば、自然とクラスのみんなから拍手という肯定的ストロークが贈られます。

「そんなのたいへん、負担が大きいよ」と思うかも知れません。確かに僕も毎年38人程度の学級を担任してきたので、気軽なことではありませんでした。しかし、一人ひとりの生徒に、何か特別なことを書かなければいけないと、考える必要はありません。もちろん、手紙を書く時は、一人ひとりの生徒の顔を思い浮かべなら、「その子に向けて」言葉をチョイスして書きますが、基本的に伝えることは一緒なんです。それは、「生まれてきてくれてありがとう。ここまで無事に生きてきてくれてありがとう」「あなたの個性は、世界で唯一のもので、ただそれでだけで素晴らしい」というメッセージです。何かと比較して、その生徒を褒めようなどどとは考えません。

日常の中では、教師もついつい生徒の「良い行動」「ダメな行動」ととったことに、目を奪われてしまいます。しかし、誕生日に手紙を書くことで、眼差しを「行動」ではなく生徒の「存在そのもの」に戻すことができます。人は、行動が特別かどうかは別として、全ての人が異なる遺伝子情報を持っているという点から言っても、特別な存在です。「普通の人」というのは存在しません。誕生日に手紙を書くことで、その事実を再認識し、マインドを整えることもできます。

以上、今回は、「生徒の誕生日にはおめでとうのお手紙を!」でした。無条件の肯定的ストロークはもちろん、手紙だけではありません。日常の中で、「今日もみんなと授業ができて嬉しいよ」と言うのも、無条件の肯定的ストロークになりえます。生徒の前で話す時に、顔をあげて聞いてくれないなあ、といったことを感じていれば、積極的に無条件の肯定的ストロークを生徒に送ってみてはいかがでしょうか。


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