Exampling - 視座と視野と視点をGoogle Mapに例えてみた
【要約】
はじめに
知財の専門家としてジョインしたスタートアップで非知財領域(人事や広報)の責任者(知財責任者との兼務)を任されてきた。
僕は元来「職人タイプ」だと自認していて、総論より各論、抽象論より具体論の方が好みだった。
しかし、知財領域と非知財領域を同時に見る「兼務」の役割では、具体論だけでは間に合わなかった。
具体論モードを2つ(知財モードと非知財モード)用意して、両者を高速に切り替えてみたこともある。
しかし、脳のスイッチングスピードが追いつかなかった。
考えることに脳内リソースが消費され、手が止まることが増えてきた。
「勉強が足りない」とか「進め方が悪い」といった反省から、本を読んだり、ルーチン化を試みたりもした。
しかし、方法論を掘れば掘るほど沼にはまった。
方法論というレイヤ(具体レイヤ)では本質的な課題の解決に至らないどころか、本質的な課題に向き合う時間を失ってしまったのだ。
仕方なく、抽象レイヤにポジションを取ってみた。
すると、いろんなことを考えるようになった。
知財や人事といった役割のことではない。
「会社はどこに向かうべきか」、「そのために自分は何を成すべきか」、そもそも「経営者は僕に何を期待しているのか」といったことを意識するようになった。
しばらく経ったとき、経営者から「視座が上がった」と言われた。
しかし、僕が得た本当のスキルは、「高い視座」ではなく、「視座の可動域」だと自覚している。
今回は、そんな話をしよう。
定義
まずは、辞書的定義を確認する。
【視座】
【視野】
【視点】
後述するように、僕の中では3つの概念は明確に違うので、その前提で読むと腑に落ちるところはある。
腑に落ちるところはあるのだが、視座の中に視点があったり、視点を「立場」(僕の中では立場は視座)と置いていたりと、循環参照のように見えなくもない。
自分の定義をしっかり持っておかないと、この3つの概念を使い分けることはできない。
辞書に頼るのではなく、自分の定義の必要性を再認識した。
僕の定義
僕の定義を図示すると、次のようになる。
視座、視野、視点の3つに共通しているのは、観察者にとっての観察物の見え方(景色)を決める変数である点だ。
視座、視野、視点の何れかが変われば、観察物の見え方が変わる。
視座は、高さ方向の位置である。
高い視座からは、低い視座から見えないものが見えるし、より広範囲を視界に捉えることができる。
視野は、面積である。
狭い視野では見えないものが、広い視野では見えるようになる。
視点は、座標(点)である。
対象物の前方の視点と、対象物の後方の視点とでは、見えるものが違う。
以下、視座と視野と視点を対比することで、この定義を解説する。
対比(視座 vs 視野 vs 視点)
あくまで持論だが、この手の抽象概念を定義するには、1つ1つの単語の意味を覚えるよりも、対比して相違点を洗い出した方が早い。
そこで、Google Mapを例に、「視座」と「視野」と「視点」を対比してみる。
視座=Google Mapの縮尺
Google Mapで「特許庁」を検索してみた。
図1は、日本列島(本土)の全域をカバーする縮尺で見たものだ(ピンの位置が特許庁(東京 霞が関)である)。
こうやってみると、特許庁は、九州よりやや北海道よりに位置することがなんとなく分かる。
一般的に「俯瞰」と呼ばれるのは、このレベルの縮尺を意味するのだろう。
東京にある特許庁を見るときに、東京以外も見えている状態。
これが「高い視座」に位置取りしたことに相当するだろう。
図2は、図1を虎ノ門駅が見えるまで拡大したものだ。
この縮尺では、当然ながら北海道や九州は見えなくなる。
これは、図1を起点に低い視座に位置取りしたことに相当する。
視野=Google Mapの画像全体
視座を下げれば自然と視野が狭くなる。
図1と図2との間でGoogle Mapがカバーする範囲に差があるのは、視座の変化に応じて視野も変化したことに相当する。
視野は、視座に比例するが、同じ視座でも人によって異なる。
これは、視野が経験も変数とすることに起因するためだろう。
過去の経験から類似したものを参照することで、同じ視座でも視野を広げることができる。
未経験領域では、この「経験による視野の拡大」に限界があるので、視座を上げることの意義が経験領域のそれより大きくなる。
視点=Googleストリートビュー
図3は、図2をストリートビューで見たものだ。
特許庁の位置を基準点にすると、知財家にはお馴染みの石造りの看板が見える。
この「基準点」が視点に相当する。
図4は、図3の視点1(基準点)を維持したまま、カメラのアングル(視野)を変えたものだ。
視点を維持して視野を変えるというのは、意識しないとできないことだ。
意識できるかどうかは、経験(引き出し)の量に相関する。
「思い込み」は、視点と視野の組合せが固着化した状態(自分が見えているものが世界のすべてだと誤認している状態)といえるだろう。
「灯台下暗し」とはこのことだ。
失敗経験(トラウマ)が増えるほどほど、視野の拡大可能性が高くなる。
1つの事象に失敗すれば、別の事象を反省するからだ。
逆に言えば、反省をしないということは、自らの視野の拡大可能性にブレーキをかけることに繋がるので、広い視野を売りにするのであれば、反省は必須行為である。
図5は、図3とは異なる視点2(基準点)で特許庁を見たものだ。
視点を変えると、自ずと視野も変わる。
視点を変えるというのは、実は、視座や視野を変えるよりも難しい。
視点を変えるためには、現在視点を自己否定しなければならないからだ(経験を重ねすぎると、自己否定が難しくなるので、視点の柔軟性と自己肯定はトレードオフの関係にある)。
成果を出すためには、できるだけ多くの視点に位置取りした方が良いだろう(PDCAサイクルも一言で言えば、視点を変位させることだと思う)。
多面的に物事を見るために意識していること
僕が多面的に物事を見るために意識しているのは、「視座」、「視野」、「視点」の区別と、それらを意識的に変えることだ。
視座を変えるために意識していること
視座を上げるときは、専門領域である「知財」という言葉を使えなくなるまで抽象化する。
専門領域が視界から消えるくらいまで抽象化できれば、僕の最高到達点まで上がったと言えるからだ。
逆に、視座を下げるときは、できるだけ具体的なこと(一見すると、つまらないと思えること)を2つ考えるようにしている。
その2つの一致点と相違点に目を向けるだけで、状況把握ができるからだ(2つの概念の一致点と相違点の抽出は、知財家の十八番であるという僕の得意スキルに依るところも大きい)。
特にミーティングでは、視座を下げる行為を意図的に発動させることがある。
「その具体例はちょっと違う」と指摘されることもあるが、この指摘を引き出すことこそ狙いだったりする(ミーティングが横道にそれることを嫌う人もいるが、ミーティングの直滑降は危険(論点漏れのリスクがある)と思っている)。
それに、具体から抽象を取り出せることは、特許実務で実証済みだ。
具体を2つ出し、そこから抽象を取り出す。
それがミーティングで大事なことだと思っている。
逆に言えば、具体論のない抽象論は意義がないし、具体論だけで答えが出るならGoogleや書籍に頼った方が良い。
ミーティングは、Googleや書籍で得られない情報を得るためにやるものだ。
視点を変えるために意識していること
視点を変えるときは、敢えて自分らしさを捨てることを意識している。
自分らしくない発言をしたり、自分の中では間違っていると思っていること、前言撤回するようなことも、勇気を出してテーブルに出すのだ。
意図的に関節を外すようなイメージだろうか。
これをやると、周りが面白い反応をしてくれることがある。
この面白い反応こそ、視点の変化によって得られるものだ。
特に、「なるほど」や「たしかに」という反応が得られたときは、心の中で「よし視点のスイッチがうまくいった」と手応えを感じることができる。
視野を変えるために意識していること
視野を変えるために意識していることは、あまりない。
正確に言えば、視野は、視座や視点の変化の結果として変わるものだと思っている。
本題とは逸れるが、道を歩いているときに主室に顔を上下させたり、首を振ったり、目をキョロキョロさせるといった不審行動を取ることがある。
敢えて言えば、これが視野を変えるために意識していることだろうか。
無意識下でも視野は揺れている(というか、視野を静的に維持し続ける方が難しい)と思うが、意図的に変えるものではないと思っている。
スタートアップの仕事をするときに大事なこと
スタートアップは、大企業と比べて組織が小さい。
これは、1人1人(社員に限らず、支援者も含む)に要求される視野(経営者から期待される守備範囲)が広いことを意味する。
上記のとおり、僕は視野を変えることが最も難しいと思っている。
視座、視野、視点のどれを変数とするかは人それぞれだが、僕は、視座と視点を変える(視野は自然変動に身を委ねる)スタイルを推したい。
視座(Z座標)と視点(XY座標)は個別に変えることがポイントだ。
3つの座標を同時に変えると原点が見えなくなる。
最近は、3軸が脳内に浮かんで、座標点が3次元的に動くような感覚になることもある。
この座標点の移動をヌルヌルできるようになると、みかけ上、3次元的に動いたことになる。
短時間で多くの情報を得ることもできるし、短時間で多くの仮説を伝えることもできるはずだ。
むすび
こうやって整理してみると、特許の出願書類は、視座と視野と視点を変えながら作成していることに気づく。
クレームは視座を上げて書くものだし、変形例は視野を変えて書くものだし、構成要件毎の説明は視点を変えて書くものだ。
特許実務家は、元来、思考の流動性を持った人種だ。
そしてこの思考の流動性は、スタートアップで生じる様々な未知の課題の解決に非常に有用な特性だ。
正解を書くのではなく、仮説を出して正解を作りに行くプロセス。
スタートアップで求められるその素養を知財家は持っている。
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