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第九話 超現実的な精神離脱 連載 中の上に安住する田中

 彼女は黙っているから、僕はどうしてこうなったか推論してみることにした。というよりふと気付いた時には、頭の中で推理が始まっていた。

 彼女は新しい彼氏を作ったが、そいつがとんでもない奴で、私の元に助けを求めてやって……。いや。昨日の今日だ。ありえない。
 そういえば彼女は○国ドラマが好きだった。落ち込んだ時には決まってテレビの前で涙を流していた。ともすれば今回も、空いた心に陳腐なドラマを詰め込んだら、余計に悲しみが感じられて……。いや、あの手のドラマは大抵女性優位に事を運ぶ嫌いがあるから、もしそうだとしてら私はなんらかの暴力的、もしくは策略的な仕返しにあっていなければ辻褄が合わない。いや、私の帰りを泣いて待ち、帰ったら無言で抱きついてきた。もしかしたらこれも作戦のうちなのかもしれない。こんな作戦に乗ってたまるものか。私は彼女の腕を振り払った。もちろんドメスティックバイオレンスにならない程度に。

 あろうことか彼女は腰を抜かして床に倒れ込んだ。私は一種の狂気らしいものを感じて、欧米かぶれのリベラルがするように「ジンケン」なり「ひゅーまんらいと」なりを振りかざす彼女の存在を予測した。最近人工知能が人間の行動を二秒遡って予測するシステムが某名門大学によって実用化されたとのニュースを聞いたばかりだが、本当だとすればそいつは私よりか進んでいる。私の予想は見事に外れ、彼女はなおも黙ったまま涙を流していた。右目が痒くなったから綺麗な左手で目を掻いた。右手はさっき抱きつかれた時に彼女の飼っている猫の毛がついていた。

 目を開けると私はどこかの美術館に来ていた。いつになく服がきつい。私は紺色の背広に茶色のベルトを締めていた。私の前にはよくわからない絵が一枚飾ってあった。菱形になった目に緑、赤、青、黄を基調にした幼稚園児か精神異常者の落書きだった。横を振り向いたら神様に怒られそうな気がしてその絵を注視した。
 だんだんと私の描いた絵だという気がしてきた。もしかしたら彼女の描いたものかもしれない。そういえば中学の美術の教科書の最後の方に載っていた絵に似ているような気もしてきたが、絵なんて人が書くものだ。似ていて当然だ。
 私は絵に吸い込まれないように一歩身を引いた。あの髪の流し方。華奢な肩。丸くて低いけどなんだか可愛い鼻。彼女だ。間違いない。

 続く

第十話 幽体的浮遊の始まり

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連載 中の上に安住する田中 ——超現実主義的な連載ショートショート——

お読みいただきありがとうございます。普段は京都市芸で制作をしながら、メディア論や写真論について考えています。