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新千夜一夜物語 第59話:殺人犯が服役中に数学に目覚めた話

青年は思議していた。

ワシントン州シアトル近郊の刑務所で服役中のクリストファー・ヘイブンズ氏が、大昔の数学の問題を解いたことについてである。

その問題は、“幾何学の父”と称される古代エジプトのギリシャ系数学者、エウクレイデス(ユークリッド)が頭を悩ませた“連分数”であり、現在では暗号技術などに使われる、非常に重要な理論だという。

殺人罪で服役中にもかかわらず、世界初の理論を発見した彼は、どのような魂の属性なのだろうか。

一人で考えてもらちが開かないと思い、青年は陰陽師の元を尋ねるのだった。


『先生、こんばんは。本日は殺人罪で服役中の数学者について教えていただきたいと思い、お邪魔いたしました』

「殺人犯でありながら数学者でもある人物とな。具体的に、どういった人物かを教えてもらえるかの?」

青年はスマートフォンを操作し、ネットの記事をかいつまんで陰陽師に伝える。

『クリストファー・ヘイブンズ氏は、高校を中退した後に麻薬に手を出したあげく、殺人を犯してしまい、2011年に25年の実刑判決を受けており、現在もワシントン州の刑務所に服役しています。現在40歳である彼には、刑期がまだ15年も残っています』

「話を聞く限り、服役してから10年も経っているようじゃが、その間、彼はどのようにして数学を学んだのじゃ?」

青年は再びスマートフォンを操作し、口を開く。

『彼と数学との出逢いに関する記述はありませんが、刑務所の中で数学を学び始めてから、彼は独学で高等数学の基礎を終えたようです。その後、基礎では物足りなかった彼は、とある出版社に手紙を出し、“Annals of Mathematics”という数学誌を求めました。その数学誌を求めると同時に、彼は刑務所内で数学について話し合える仲間がいないと嘆いていたことも伝えていたようです』

「して、その手紙を発送したことで、どんな縁が繋がったのじゃ」

『すると、この手紙を受け取ったMathematica Science Publisherの編集者のパートナーの父親が、なんとトリノ大学の数学者ウンベルト・チェルッティ教授だったようです。手紙を読んだ教授は、手紙を持ってきた娘のためもあってか、クリストファー氏に数学の問題を与えてみたようです』

「それで、クリストファー氏はその問題を見事解いてみせたと」

陰陽師の言葉に対し、青年はうなずき、口を開く。

『チェルッティ教授の課題をクリアしたクリストファー氏は、今度は教授が取り組もうとしていた大昔の数学の問題に挑戦しないかと誘われ、その後に世界初の理論を発見したとのことです』

「なるほど。ちなみに、彼が解いた問題とはどのようなものなのじゃ」

青年はスマートフォンを操作し、苦笑を浮かべながら口を開く。

『数学に明るくないので真っ当な説明ができませんが、“連分数”に関する理論のようです。しかも、この問題は、古代ギリシャの数学者エウクレイデス(ユークリウッド)が頭を悩ませていたほどだそうです』

そう言い、青年は連分数の説明を読み上げる。

”連分数とは分母に更に分数が含まれているような分数のことを指す。分子が全て 1 である場合には特に単純連分数または正則連分数ということがある。単に連分数といった場合、正則連分数を指す場合が多い。具体的には次のような形である。

連分数SS

ここで a0 は整数、それ以外の an は正の整数である。正則連分数は、最大公約数を求めるユークリウッドの互除法から自然に生じるものであり、古くからペル方程式の解法にも利用された。”

「して、この理論は世間でどのような形で活用されておるのじゃ」

『例えば、現代の暗号技術などにも応用され、金融や軍事通信といった分野で重要な役割を果たしているそうです』

陰陽師は湯呑みに注がれた茶を一口のみ、口を開く。

「なるほど。殺人を犯しながらも、そのように世界初の理論を発見したクリストファー氏の魂の属性について知りたいということじゃったな」
無言でうなずく青年を見やり、陰陽師は紙に鑑定結果を書き記していく。

クリストファー・ヘイブンズSS
ウンベルト・チェルッティSS

両者の属性表を見比べ、青年は口を開く。

『二人とも数学の研究に携われるという素質から、転生回数が第三期で十の位が“9”、すなわち190回代で理系の“大々山”に該当する“魂3:武士”ではないかと予想していましたが、やはり』

「何事も例外があるゆえ、あくまで傾向に過ぎないという前提で補足すると、転生回数の200回を境に文系と理系に分かれ、転生回数が200回以下と若い第三期と第四期の魂は理系の傾向が、200回を超える第一期と第二期の魂は文系の傾向があることを覚えておるかの」

青年が黙って首肯するのを見やり、陰陽師は紙に解説を書き足していく。

<各期と輪廻転生回数>
第一期/老年期……301~400回(61~80歳)
第二期/円熟期……201~300回(41~60歳)
第三期/青年期……101~200回(21~40歳)
第四期/幼年期……1~100回(0~20歳)
※人生を80年と仮定した場合。

『両者の魂は3(9)―3と同じであり、クリストファー氏よりもチェルッティ教授の方が数学を研究している時間が長いと考えられることから、今回の“連分数”の理論を解く可能性があったのは教授の方だと思いましたが、なぜ、クリストファー氏は世界初の理論を発見できたのでしょうか?』

「今後も検証が必要であることから、あくまで現時点で確認できている範囲での回答になるが、一の位の数字によって、同じ190回代でも傾向が変わる可能性が考えられる」

『なるほど。ちなみに、両者はそれぞれ何回なのでしょうか?』

やや前のめりになる青年を片手で制し、陰陽師は指を小刻みに動かす。

「クリストファー氏が“193”回でチェルッティ教授は“197”回じゃな」

そう言い、陰陽師は属性表に数字を書き足す。

『以前、“3”という数字は“数奇な運命”を歩む傾向があるとお聞きしましたが、彼の経歴はまさに数奇な運命と言っても過言ではないと思われます』

「そなたの言葉に付言するとすれば、“3”には爆発、拡散、アップダウンが激しいなどの傾向があり、さらに言うと、数学者としての役割に限って言えば、193回の転生回数を持つ人物には、研究する役割を持つ傾向があると仮説を立てておる。よって、彼は研究の末に世界初の理論を発見できた可能性が考えられる」

『なるほど。ちなみに、彼が“連分数”の理論を解いた背景には、チェルッティ教授の協力が不可欠だったと思いますが、197回であるチェルッティ教授にはどのような役割があると仮説を立てていらっしゃるのでしょうか?』

「197回の転生回数を持つ教授には、主に理論などを教える教授としての役割を、研究においては“座長”としての役割を持つ傾向があり、何人かの研究を自分に取りまとめて一つの方向性に収束していく傾向があると仮説を立てておる」

『その仮説を基に考えますと、クリストファー氏は服役中であり、まだ博士号などの肩書きがないことから、彼が解決した“連分数”の理論をチェルッティ教授が預かり、世間に公表するという一連の流れは、魂の属性からみても妥当な役割分担なのかもしれませんね』

「そのように考えることもできよう。ただし、その考えはあくまで現時点での仮説に基づいた話であって、今後、様々な人物を鑑定していくなかで変わることがあることを覚えておくようにの」

『あくまで仮説に過ぎないということ、理解しました。ところで、エウクレイデスの魂の属性も3(9)―3武士ではないかと予想しましたが、いかがでしょうか?』

陰陽師は青年にうなずいて見せ、鑑定結果を紙に書き足していく。

エウクレイディスSS

エウクレイデスの属性表を見た青年は、首をかしげながら問うた。

『やはり、3(9)―3武士でしたか。ただ、一つ気になったのが、今回話題に上がった数学者は、三人ともトンチンカン度が高いようですが、この項目は学問の研究の適性の有無にはあまり関係がないのでしょうか?』

青年の問いに対し、陰陽師は小さくうなずいて答える。

「簡潔に言えば、トンチンカン度は精神的なバランスが取れている人物かどうかを表す指標と考えるとわかりやすいかの」

『精神的なバランスでしょうか』

「うむ。例えば、この数値が低い人物は精神的なバランスが取れている傾向があることから、社会や組織の中でもより多くの人間と協力することができる。一方、この数値が高くなるにつれ、精神的なバランスが乱れやすく、他人が考えていることや、世の中の常識を正確に理解することが難しくなっていく傾向がある」

『つまり、三人の数学者たちは、他人とチームを組んだり協力することが得意ではなく、独りか、なるべく少人数で研究する方が向いているということでしょうか』

「そのように考えることもできる。今回のクリストファー氏のように、突出した発見をするような研究者や学者などは、“トンチンカン度”の数値がそれなりに高いからこそ、偉業を成し遂げられると捉えることもできる」

『なるほど』

青年はうなずき、再び三人の属性表を見比べた後に、口を開く。

『ちなみに、三人の数学者の中でクリストファー氏だけが、“物事の本質を正しく見極める力”が40と低めですが、字面だけで判断すれば、この数値が低めの彼が世界初の理論を発見できたことは珍しいのではないかと思いました』

「いや、そうではない。属性表における“物事の本質を正しく見極める力”も“トンチンカン度”と同様、学問とは直接関係はなく、例を挙げるとすれば、人が交流する際に生じる心の“機微”や、相手が発した言葉の“本質”を的確に捉える力を表していると言えよう」

青年は小さく唸ってから口を開く。

『“物事の本質を正しく見極める力”には、相手の発言の言葉だけに反応するのではなく、その“意図”を汲み取ったり、心情を察する力も含まれているのでしょうか。例えば、“トンチンカン度”が理論や他者の思考に対する理解度とすれば、“物事の本質を見極める力”は他者の心や感情に対する理解度といったように』

「“物事の本質を見極める力”について付言するとすれば、人間と猿の大きな違いの一つに言語の有無があり、泣き声によって表現されていた感情だけでなく、言語によって組織や共同体での共通認識となる、“人工的な価値観”も人間は構築できるようになった。言い換えれば、そうした“暗黙の了解”を理解する力も含まれているとも言えよう」

『なるほど。他に気になったことは、もしも彼が高校を中退せずに大学に進学し、その過程か大学在学中に数学と出逢っていたら、数学の才能がもっと早く開花していたのではないかと思います。その一方で、彼にかかっている霊障に“5:事故/事件”の相がないことと、人運が“3”とかなり低いことと、欄外の枝番に“1”と“9”が混在していますので、殺人を犯して刑務所に入り、そこで数学に目覚めることも、彼の今世の課題としては必要だったのかもしれませんね』

「彼に殺害された人物とその家族の心中を思えば残念ではあるが、この世の出来事には様々な要因が複雑に絡み合っていることから、断言することはできぬが、そう考えることもできるかもしれぬな」

『なるほど』

「また、彼が欄外の枝番に“1”と“9”を持っていることに関して付言するとすれば、霊的にも、潜在的な今世の性格としても“ジギルとハイド”ではないが、世間一般にいうところの善人と悪人という二面性を併せ持つ傾向があると仮説を立てることもできよう」

陰陽師の言葉を聞いた青年は、納得顔でうなずいて言った。

『クリストファー氏の経歴を見て思ったのは、ゲーテが言うように、“光が多いところでは、影も強くなる”ではありませんが、麻薬に手を出し、殺人を犯してしまったことが世間での影だとすれば、数学は世間における光の領域といったところでしょうか』

「彼に限って言えば、そのように捉えることもできるかもしれぬな。“9”という数字には“3”と同様に例外/矛盾という意味を持つものの、“9”が収束、まとめるなどの役割を持つことから、“3”とは別の傾向があるという仮説を立てておる」

陰陽師の言葉を聞いた青年は、しばらく黙考し、やがて口を開く。

『確か、“9”には“世の変革者”という傾向があるとお聞きしたことがありますが、彼は今回の“連分数”の理論の発見で終わらず、今後も数学界の先駆者として活躍していける可能性はあるのでしょうか』

「ひょっとしたら、その可能性もあるじゃろうな」

『実際、彼は現在、郵送で学位を取得できるアダムズ州立大学で準学士号の取得を目指しているそうです。他にも、刑務所内で数学クラブなるものを結成しており、メンバーの中には、円周率の小数点461桁まで暗唱してみせた人物もいたようです。そう言う意味では、彼は隠れた才能を発掘していると言うべきか、後進の育成や囚人の更生の一助も含めて行なっているようです』

「ふむ。数学クラブを結成したことで、刑務所内で数学について話し合える仲間がいないと嘆いていた彼にとっての、念願が叶ったようじゃな」

『どうやらそのようですね。ただ、彼の人運が“3”とかなり低いことと、欄外の枝番の“9”の数字の特徴を持つことは余生もずっと変わらないことから、数学クラブにおいてか、あるいは数学の研究をしていく中で何らかの人間関係にまつわるトラブルが生じ、さすがに今度は殺人とまではいかないと思いますが、問題を起こすのではないかと、個人的には危惧しています』

「今後の彼の人生において、そなたが言うようなことが起こる可能性が無きにしも非ずであるが、そうした人間関係におけるトラブルもまた、彼にとっての今世の課題に必要な出来事であるのじゃろうな」

そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

「今日もご苦労じゃったな。気をつけて帰るのじゃぞ」

陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。


帰路の途中、青年は自らの属性表とビジネス鑑定の結果を眺めていた。

転生回数:233回
トンチンカン度:80
物事の本質を見極める力:40

《ビジネス鑑定》
経営者:AA
経営陣:A
従業員:BB
自営業:SS


これ以外の他の数字も見る限り、どうやら自分には他者とアライアンスを組むよりも、自分が苦手な分野を外部発注し、自分は自営業の立場で得意分野に専念する方が良さそうだ。
あるいは、今後、自分の事業が大きくなって経営者の立場にならざるを得ないことがあったとしても、ごく少人数で回す方が適しているのかもしれない。

いずれにせよ、万が一自分とアライアンスを組んでくれる人物や社員となってくれる人物が現れたとしたら、そうした貴重な人々と丁重に関わっていけたらと思う。

鑑定結果の様々な項目の数字によって、この世の生きやすさが変わるかも知れず、時には落胆することもあるかも知れない。だが、鑑定結果の傾向を基にある程度の人生の方向性を把握できるのであれば、自分の傾向に合った生き方を選び、同時に今世の課題を果たせたらと思う。

とは言え、転生回数が233回と、十の位も一の位も“3”であることから、数奇な運命、爆発、拡散、アップダウンが激しいなど、客観的に見ればかなり破天荒な人生だと自覚しているのもまた事実である。

青年は苦笑を浮かべ、ため息をつくのであった。


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