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『ママの味』 【小説】


〝 ♬ おはようございます、6時30分、6時30分をお知らせします〟

んー?何ー?だれ?

「あいり、ほら、起きなさい!ママもう行くよ!」
今度ははっきり目が覚めた。
えー、もう朝?!さっき寝たと思ったのに。


「はい熱測って。あ、プリント、サインしといたからね!絶対持ってってよー。もう、いい加減紙のプリント無くしてほしい!先生に言っといて!やっとハンコから解放されたのに、まだ紙で提出とか時代錯誤って!そんじゃママ行くからね、今日絶対遅刻できないの。鍵、よろしくね。」
はーい。

「あ、ちゃんと食べていきなさいよ、グラノーラ新しいの買っといたから。フルーツも冷蔵庫入ってるからね!」
はーい。いってらっしゃーい。

「プリント忘れないでよ!あーだめだ遅れちゃう、じゃあ気をつけてね!夜8時には帰るから!」

バタン。
途端に静かになった。

朝からうるさいなぁと思ってたのに、ママが行ってしまうと急に部屋中がしん、となり、心細くなってくる。
仕方ない、起きよう。
〝ピッ 36.0 正常です〟
はーい、正常ね。私は体温計に返事する。


テーブルの上には未開封のグラノーラ。えー、ゴロッと苺味。それはない。次はチョコバナナにしてって言ったのに。また忘れてる。
仕方ないなぁ。最近のママは忙しそうなのだ。チョコ味の代わりに、ココアでも飲んでこっと。今朝はいつもより肌寒い気がしたから、冷蔵庫から牛乳を出してきて、お気に入りのマグに入れて温める。台所にはママの飲んだ後の、コーヒーカップが置きっぱなしだ。

〝 ♪できあがり!冷めないうちに、飲んでね。〟
はーい。
またレンジに返事しちゃった。ママの癖がうつってる。


ママに早く起こされたので、家を出るまでまだ余裕がある。ちゃちゃっと身支度をして、タブレットを起動する。昨日見そびれちゃった動画、どうしても学校行くまでに見ときたい。絶対クラスで、りりなとその話になるに決まってるから。

こないだも、塾のオンライン授業、見終わったのが遅くって、その日にあったらしい、りりなの推しの配信見ないで寝てしまった。りりなは、いいよいいよ、あいりのママきびしいし、あいりはベンキョー忙しいからねって口では言ってくれたけど、その日一日、りりなは、なぎちゃんとそのライブのことばっかり喋ってた。別に意地悪された訳ではないし、移動教室も3人で行ったけど、推しの話に入れない私は、完全に空気だった。


りりなは、次の日はまた、おはよーって普通に喋りかけてきた。マスクがあって助かった。おはようって何とか返した私の顔、笑ってる自信がなかったから。

その日から私は、どんなに塾で疲れてても、宿題一杯で寝る時間なくなっても、その推しの動画は欠かさず見ると決めた。この秋キテる、フリンジとアースカラーの組み合わせ、日本発、新感覚スイーツを売ってるお店の名前、そして次回の生配信予定日。しっかり頭に入れてから登校する。

キーーン、はい、ここは出るとこ。おさえといて。
先生の声が耳の奥で響く。
キーーン、また、ここ抜けてた。最近ケアレスミス多いんじゃない?
ママの声も聞こえる。
キーーン、あー、おしかったね。もうひと頑張りだよ。あいりなら、頑張ったらいける。
耳の中で何かがずーっと鳴っている。あれ、私今、ヘッドホン着けてる?
ううん、

これは私の頭の中で鳴っている。


疲れたら休んだっていいよ、頑張り過ぎなくたっていいんだよって人は言うけど、休んだって誰も待ってくれない。
頑張らなかったら、頑張ってる人に抜かれるし、一度抜かれたら、後から頑張っても、もう追いつけない。


先生もママも、困ったらいつでも教えてねって言う。いつでも話聞くから。あいりの味方だから、と。
だけど、話を聞いた後で絶対こういうのだ。〝そうなんだ。でも、それは仕方ないね。自分で乗り越えなきゃ。それはあなたの問題なんだから。〟


あれ、なんか気持ち悪くなってきた。
頭も痛い。さっき飲んだココアが、お腹の上の方でたまっていて、気を抜いたら戻ってきてしまいそう。それは絶対いや。グッと飲み込む。これは、ちょっとやばいやつかも。頑張って起きてたらもっとムリになるやつ。

私は、何とか自分の部屋からスマホを取ってきた。使えそうなスタンプを必死で探す。「おはよ!!ごめーん!!今日休むね!お腹いたくって!!」秒でりりなから返事がくる。〝え〟〝うそー〟〝体育どうしよ〟〝てかだいじょぶ?〟

それからしばらくして、可愛いアニメのキャラで〝しっかりやすんでね♡〟と送られてきた。私はそれを見て、ホッとしてタブを閉じる。

ああいけない、学校にも休むって送らないと。専用フォームからクラスと出席番号を選択する。欠席理由・体調不良。熱はなし。
でも今の私、全然正常じゃない。いろんなことがもう無理だ。てか、正常って、何?
ああ、ママに何て言おう。
そこからはよく覚えていないけど、どうやら私は、何とか部屋のベッドまでたどり着き、長いこと眠ったようだった。


トントントン‥
何の音?
カシャカシャカシャ‥
お化けの音?

じゃない。ママがキッチンで何か作ってるんだ。
頭はまだボーッとしている。まだこのまましばらく寝ていようか。

カタカタ‥
ママ、お皿並べてるのかな。

‥ていうか、塾!忘れてた。
ううんそれより、学校休んじゃったこと、ママは知ってるんだろうか。
ママがフルで仕事してること先生も知ってるから、もしかしたら電話はかけてきてないかも。学校には行ったことにして、しんどかったから塾だけ休んだことにしとこうか?ああまた宿題がたまってしまう、それよりきっとりりなからもラインきてるだろう、早く返さなくちゃ。スマホはどこ?
ああ。あれもこれも。

カチャ
ドアが開いた。
「  」
ママ、と言おうとしたが声が出なくて、代わりにああといううめき声のようなため息のような声が出た。
怒られる?いや、ため息かな。
第一声が思いつかないうちに、ママは部屋に入ってきた。そして静かに右手を上げて、

私の頭を撫でた。

いい子いい子するように。
そして、左手で布団をかけ直すと、そのままトントンした。
「  」
「もう今日塾いいから。休みなさい。今、おじや作ったから。食べれる?置いとく?」
「  」
言葉が出ない。かわりに、何でだか、熱いのが両目から出てきた。何でだろ。別に何にも悲しい訳じゃないのにな。それに、お腹の気持ち悪いのもなくなってる。頭はボーッとしてるけど。このまま寝てたら頭のぼんやりがもっとひどくなりそうで、私は身体を動かそうとした。

「いけるの?まだ寝ててもいいよ。しんどかったら、別に明日も休んだっていいんだから。食べたいもの言ってくれたら作ったげる。」

「‥レー」

「ん?」

「カレーたべたい」
「カレー?カレー食べたいの?」

「カレー食べたい。ママのカレー。玉ねぎいっぱい、茶色くなるまで炒めたやつで、あと人参もすった人参入ってて、じゃがいもは入ってなくて、ルーは辛口だけど私も食べれるカレー食べたい。」

久しぶりに、マスクなしで沢山喋ってる気がする。

「お肉はあんまなくていい。二日目はトロッとなっちゃうから、それもいいけど、一日目のサラッとしたカレー食べたい。給食のカレー何か甘いしおいもとかゴロゴロしてるから、ママのカレーが食べたい。福神漬けは別にいらないから。」

ママは、びっくりしたみたいな、ちょっと困ったみたいな顔した。そして、ほんのちょっぴり笑うみたいな、泣く前みたいな顔になって、言った。
「イカリングフライは、いいの?」

「たべたい」

私も、笑った。


#自分が今の時代の子どもだったなら



自分が今の時代の子どもだったなら。

今の時代の子ども。
いろいろ膨らませていたら、いつのまにか子どもの頃の自分、という枠を大きく外れて、さらに子どもからも少し離れつつある、女の子の姿が浮かび、完全に想像の世界に行ってしまいました。note、初めての創作作品です。
という訳で趣旨からは少し離れてしまったかも知れませんが、書くきっかけをいただいた企画に感謝して、参加したいと思います。ありがとうございました!

もし間に合えばもう一度、同じテーマで別のシチュエーション、考えてみたいと思います😊楽しい企画ありがとうございます✏️

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