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谷川俊太郎詩集


『谷川俊太郎詩集』(思潮社、1965年1月29日、装幀=粟津潔)

粟津潔の凝ったデザインに包まれた『谷川俊太郎詩集』。谷川の過去七冊の単行本詩集と未刊詩篇から成ります。

まず、その函が、いまだかつて他に見たことのない作りです。一枚の厚紙を函になるように折りたたんであります。本体の表紙も厚いマーメイド紙を三方折り(いわゆるフランス装に近いもの)にして小口側の折り込みをノドのところギリギリまで伸ばしています。

函に収まった本体
函と本体

あとは、緑の円をふたつ重ねた雪だるま形の栞、そして一般的なリボンではなく綿の荷造り紐のようなしおり紐、これも他所では見た覚えがありません。

表紙の折りとしおり
しおり紐

版面も詩集を中央から下に組んでいます。ページの下部が大きく空いた詩集はあたりまえですが、上部がこんなに空白なのもちょっと珍しいのではないでしょうか。

本文組

とにかく粟津潔が好き放題アイデアを詰め込んだ稀に見る一冊だと思います。

十九歳の作〈成長〉から、近作〈追分〉に至るまで、私の作品は、変化しているようで変化していないし、私自身は、変化していないようで、変化しているーーと私には思えた。 

後記

谷川さんは昭和六年生まれですから、この全詩集の時点で三十四歳。今年の十二月十五日で満九十三歳。すごいですね。書物が出ている詩「お伽話」から1と2だけ引用しておきます。

お伽話


1 日日

ある日は午から日も暮れかかり
汽笛が天使の吹流しのよう
僕は街角にいて黒い馬車に
童話作家が鍵を忘れるのをみた

ある日は金貨の鋳造が廃れ
高貴な抽象彫刻に飽きて
僕は部厚な小説を前に
夏すぎた後の海浜を想う

ある日はステンドグラスの伽藍にいて
さびしく冷い歴史を習う
掌には昔の森林の臭いもあつて
僕は異国に襲われる

ある日は町からの使者もとだえ
微分教科書だけが書架に残る
僕は草原のそのまた奥の草原で
土星の軌道を手帖に写す

ある日は夢が言葉を忘れ
神の杯に自ら注ぐ
僕は系図を書こうとひとり旅立ち
砂漠と大河の岸に迷う

ある日は時間も愛もなくて
僕は生まれそして死に
動かぬ程の速さをもつて
反射のない虚空を一散に駆ける

p432-434

2 昔と今と

昔 善い子犬が悪い女王に飼われた
昔 悪い女王は白樺の木の墓標の下に棺を埋め
昔 白樺は誤まった書物を六百六十六部焚いた
昔 書物で立派な王子が妹をぶち
昔 王子の妹は自分で菓子を焼いたこともある

今 善い仔犬が赤いリボンを尻尾につける
今 リボンは一片のパンをもつ貧しい手袋を飾り
今 パンと塩と弾とラジオと直径三米の円卓会議
今 直径などないと思われる空間の話は印刷され
今 話に疲れて人は眼を閉じ煖炉の火は消えかかる

おお日時計よ即席コーヒーよ
得ることの出来たのは
いつたいどんなことだつたろう

p435-436


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