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豊島紀 ⑫われも黄金の釘ひとつ打つ

王将戦第二局、羽生先生の勝利によるタコヤキ屋コスプレで全日本が盛り上がっている中、A級順位戦藤井竜王ー豊島九段戦の話をひっぱります。まずは、前回のエントリにも貼りつけました順位戦中継youtube。

この動画の5時間40分20秒地点からご覧ください(上はその時間から始まるように貼ってあります)。対局はもう終わって感想戦です。観戦記者の朝日新聞の諏訪さんから豊島が質問を受けての、記者ー豊島ー藤井のやりとり。

この対局が終わった後、Twitterなんかではこのやりとり、とくに「豊島が口ごもったのを藤井が引き取って答えた」ところに、

なにか“良きもの”を見た

という感じの盛り上がりがあった。それを見て私は「え」と思った。私も当然その場面を見ていて、別の受け取り方をしていたので。それでそこからいろいろ考えたことを書きます。

動画を見るのも面倒だという人のためにやりとりの書き起こしをしてみました(棋譜が出てきますがそこは読み流してもらって大丈夫です今回の眼目はそこではないので)。

記者「7二角は知られてる手順なんですか?」
豊島「あー……角は……どうなんですか……」
藤井「(略)6四歩から9七角みたいな指しもあるので、7二角もあるかとは…」

【対局Live】▲藤井聡太竜王ー△豊島将之九段【第81期将棋名人戦・A級順位戦】より

「7二角」というのは豊島の46手目の指し手。これは「豊島が研究によって考えた新手」とみられていたようで、それを確認する意味合いがあったと思われる。前例があったのか、それとも新手だったのか。

豊島の「どうなんですか……」は誰かに問いかけてるのではないつぶやき。言葉を濁したように聞こえた。

そこで藤井聡太の言葉が来る。豊島が言葉を濁したので引き取って答えた感じだった。そしてこれを聞く限り、藤井聡太は「豊島の7二角」という指し手を「想定済みではあった」。

……という流れだと思う。それで私はこれを見ながら、「ああキビシイものだ。いくら研究して新手を繰り出しても藤井聡太にはさらにその上をさらっと行かれてしまうのだ」とけっこううちひしがれていた(じっさい、あまり時間を使わず藤井聡太は次の手を指した)。このやりとりを「いいもの」として聞くことができるという発想はなかった。

しかし、わりと多くの人に感動を呼び起こしているみたいなので、あらためて考えてみた。あくまでも私が足りない頭で勝手に考えたものです。

問題点は二つある。

■豊島の「どうなんですか……」の解釈
やはり最初に考えるのはここだろう。なぜ豊島はここで言葉を濁したか。

a)わからなかった
b)言いたくなかった
c)考えてる途中の相づち

a)わからないってことはないだろう。でもいろいろ考えすぎてて頭がぼーっとしていて、すぐにはわからなかった、ということはなくもないか。あるいは「誰にも知られぬ手順かどうか、どこかの町の将棋センター、あるいはどこかの縁台将棋でこの手順の出現がなしとは言えない」と考えてはっきりしたことを言うのをためらったとか。完璧を目指す豊島らしさ…ってことは……ないな。

b)が問題で、そう見ている人はけっこういるみたいな気がするんだけど、この7二角に前例があったのかなかったのか「言いたくない」意味は何だ。前例があろうがなかろうが、豊島が編み出した手であろうがなかろうが、ここで指したことで「出現してしまった」わけで、これから研究され解析され解剖されていくだけの話ではないのか。なんか私が将棋知らなくてピントはずれたこと言ってんでしょうか。あ、前例があったとしたらその棋譜での分岐を解析するのか?

c)は、つまんないけどわりとありそうかも。それでなくても感想戦の豊島は口数が少ないし言葉尻が消える。訥々の人である。言葉を濁したつもりとかなかった。

■藤井聡太が質問を引き取って答えたのはなぜか
いい話認定されてるのはやはりここなんだと思う。……しかしここが考えてもよくわからないんだ私には。

d)助け船
e)口を出す気はなかったが沈黙に耐えかねた
f)とにかく結論を述べた
g)思っていることを言いたかった

…………。
なんか身も蓋もないことしか思い浮かばない私。なぜもっと美しく盛り上げる理由を考えつかないのか。Twitterの盛り上がりは、今そのツイートを見つけられないので記憶で書くと「かわりに答えた藤井竜王が男前」っていうのとか、「二人はやっぱりわかり合っている」みたいなのがあった。前にも書いたが「豊島将之と藤井聡太には二人にしかわかりえない究極で至高の将棋世界にいる」みたいな言説はあまり好きではないのだが、ここの会話に「なんらかの、特別な空気」というのは確かにあったようには思われる。でもそれって「二人でウフフ」みたいなものでは断じてないよな(そんなこと言ってる人はいないか)。もっと、クールな空気。クールだけど冷たくはない。なんだそれ。

もういちど、この会話を見直してみる。

記者「7二角は新手順なのか前例があるのか」←二者択一の問い
豊島「どうなんですかね……」←答えていない
藤井「7二角はあるかとは……」←自分は想定してたと言う

藤井聡太が言ったのは、記者の質問の答えになっていない。よく見るとここの会話、豊島が答えないことも含めてちぐはぐなことになっている。なのにへんな空気になることもなく、ごく自然。ここでこの話は終わりになって、する〜っと流れていった。

私はこの感想戦を何度も見返して(ヒマかよ)、やっと気づいた。

「あ、これは学者同士の会話だ。浮世離れしたタイプの学者の」

学者の会話。質問に対して、自分の考えにはまっていってしまう人と、なんらかの事案に対して思ったことを口に出す人。自分と同レベルにあると思った相手(ここ大事)との、聴衆がわかろうがわかるまいが、気にしてない会話。豊島さん、ある有名な学者に見た目が似てるなあと思っていたのに、なんでさっさとこれに気づかなかったか。豊島の指しまわしの肉体性と、見た目のアカデミックな感じとのギャップのほうにばかり注目してたからなあ。なのでこのやりとりは、

c)考えてる途中の相づち × g)思ってることを(相手に)言いたかった

と私は判定した(勝手に言っています)。これが「良きもの」かと言われたらちょっとちがうんじゃないのかと思うけど、学者の会話だと思うと「いいもん見た」とは思いました。

藤井聡太の受け答えって、そもそも学者っぽいですよね。講書始の儀とかで「将棋学をご進講する人」みたいな口調だ。天皇がオックスフォードに留学していた時の思い出話として、「あまりに頭がよすぎて何を言ってるのかよくわからない教授がいた」と言っていて、豊島と藤井聡太の感想戦にはそういう雰囲気がある(ニュアンス違うけど)。二人が合わさると象牙の塔に籠もっていってしまう。それに比べると渡辺明、佐藤天彦といったあたりは同じ学者でも「教授の会話」で、学生、院生相手に聞かせるためにやってる感じがする。

左オックスフォード、右ケンブリッジの教授

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