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豊島紀 ②菅井竜也のアイドル性

『将棋の日in関西』なるイベントに行った。
このnoteは『豊島紀』というタイトルですが豊島についてだけ書くわけではない。『将棋の日in関西』にも豊島は出ていない。今回書くのは菅井竜也八段についてです。……まあ菅井さんについて書くことも豊島を語ることにつながっていく、と思いますので。

「将棋の日」というと忘れられない思い出がある。むかしNHKで「将棋の日」のイベントを中継していた。なんの心の準備もなくそれを見てしまって衝撃を受けたのである。三十年ぐらい前の、日曜日の昼下がり、のど自慢の後ぐらいの時間。場所はどっかのホールからの生?中継で、舞台上でお好み対局とかそういうのをやっていて、それをぼんやり見ていたら、司会者が高らかに言った。

「次はお待ちかね、歌のコーナーです!」

当時、将棋界では、内藤国雄が棋士だけではなく「歌手」活動をしていた。内藤先生に限らず、当時の有名人は何かと「歌手デビュー」をしていて、プロ野球選手や力士のレコード(ドーナツ盤…)が山ほど出てた中、内藤先生の『おゆき』は百万枚売れたんだ。中原よりも米長よりも一般人には内藤さんのほうが知名度あったですよ(ただし「大山名人」はなぜか全国民が知っていた)。

内藤先生かっこいい

だから内藤さんが歌うんだろうなあと思った。……しかしそこで内藤さんが歌ったかどうかという記憶がまったくない。なぜなら田中寅彦がすごかったからだ。

クラシックギターを弾きながら(イスに座って足元の足台に片足をかけるという正調クラシックギター奏法)、前髪を振り乱すようにして何か激しく歌いはじめるではないか。

田中先生のこんな感じの時代

その前かあとに谷川浩司が歌ったような気がするが田中寅彦ですべてふっとんだ。何か、ものすごい異形なものを見た。すげえ……とのけぞったが、それで終わりではなかったのである。

林葉直子がドレス姿で登場して歌謡曲(女性アイドルの曲だったと思うが失念)をやや調子外れに歌い会場をざわつかせ、そのあと中井広恵が出てきて林葉さんとはまたちがう大人っぽい趣きのドレスで、いきなり熱唱だ。

「そそってーそそられーてー♩」

こ、これは、本田美奈子……! 

もうそこで記憶が途切れてるよ! すごかったんですよ中井さんの「そそってーそそられーてー♩」は! 私はいまだに、何かがあると頭の中で中井さんのあの熱唱が聞こえてきて思わず自分でもマネして歌ってしまうぐらいのすごさだった。

この衝撃の番組について、一緒に見てたうちのだんな以外で話を共有できたことがない。NHKでやってたんだから百万人ぐらい見てると思うのだが。三十年前の話なので細部に記憶違いがあるかもしれませんがとにかくすごかったんですって。翌年もNHKは将棋の日のイベントを中継し、私は前のめりになって予約録画までして視聴したが、何らかの反省があったのか、もう衝撃の出し物はなかった。がっくり。

と、それ以来の『将棋の日』だ! それもナマ!
『第48回将棋の日in関西』二日制のその二日目。11月27日日曜日の大阪「うめきたSHIPホール」。それを見にいった話をこれから書きますが、私が「書いておかねばならぬ」と思ったことしか書いてないのできちんとしたレポートではありません。出演者、内容などは以下でご確認ください。棋士が何人か出てきてトークとか対局とかお楽しみ抽選会とかやるイベントです。

残念ながら歌のコーナーはない。

このイベント、気づいたらチケットが売り出されていて、SS席、S席はすでに売り切れ。買えたのがいちばん安いA席だけだったんでそれを買って、当日行って席番を知らされたら見事に最後列。うめきたSHIPホールって、劇場じゃなくてイベントホールで客席フラットだからうげーと思ったが、間口が広くて客席は横長、最後列は「と列」。前から7列目。これが大阪松竹座なら前方席と言っていい。それに私の席がセンターブロック下手通路横で、その通路が出演者の出ハケに使われるのですごく接近の瞬間もあったし。このイベントに豊島が出ていて出遅れて最後列だったら男泣きに泣くところだが出ていないのでまあ悠然としていられる。

豊島が出てないのにこのイベントに行ったのは、

  • 将棋界のイベントの実際を知るため

  • 実際を知って、今後の将棋界のイベントでの行動に活かすため

こういうファンイベントには山ほど参加していてもはやプロ、だと思っていたが競輪と地方競馬と歌劇のイベントばっかりであまりに業界として偏っている。将棋の世界では思わぬ何かがあるかもしれず、いつか豊島が出るイベントに参加したとき勝手がわからずヘマするようなことにならないため、だったんですけど、はい、行ってみたら競輪や歌劇のファンイベントとほぼ同じでした。舞台上で選手や騎手やスターが慣れないトークをがんばって、ファンのあたたかな(生ぬるい)笑いに包まれながらイベントが進むというあの世界です。でも競輪競馬、歌劇、将棋とこういうイベントをくらべると将棋がいちばん「代理店とか入ってそう」な感じはした。ガワの部分で。会場の選定や設営とかに。つまりいちばん金持ってるのかなあ将棋が。知らんけど。

で、ナマの棋士をいっぱい見た。今まで私がナマでお姿拝見したことがある棋士は、園田競馬場の指定席にいた森信雄総武線三鷹行き車内で隣の吊革につかまっていた渡辺明、のお二方だけだ。なのでどの棋士もはじめてなのでまじまじ見入ってしまう。テレビや動画や写真で見るのとはやはりちがうもんで、最初に目がいったのは西川和俊六段。「写真や映像で見るよりずっと可愛い」ので驚く。新婚さんで幸せのあまりかお肌はつやつや目はキラキラ、前髪もくるくる。少女マンガの登場人物みたいだった。

……が、それよりも何よりもいちばんインパクトあったのは菅井竜也八段。

まだ脱いでいない菅井八段

なんかこう、登場した時からもうすでに他の棋士と「ちがう」のである。肉体の密度が高いというか、ひとりだけ体つきがちがう。対局の映像見ててそのことは知ってたつもりだったが、ナマだとさらにすごかった。胴体の幅と厚さが同じぐらいある。すごい胸板厚いの。あまり上背はない人なのでそれがますます目立つ。白いワイシャツの、二の腕はパンパンだし胸のボタンははじけそうだし。なんでそんなことがわかるのかというと、菅井さんだけスーツの上を脱ぐのだ! これは一種の示威行動だと思う。孔雀(♂)が羽根を広げるように、菅井さんは上着を脱ぐ。勝負がかかる時に脱ぐのか。ネクタイも気がつくとしていない。もしかすると褌一丁とかで指すのがいちばん力を発揮するのでは。これはふざけて言っているのではなく、笛の名人が褌一丁で稽古して今まで出なかった音が出た、って話を芸談で読んだことがあるので。

で、出ハケで横の通路通る時とか、素の時の菅井八段、けっこうきっちり鎧を纏っている感じで、隙がない。体つきもそうだけど、べつにこわい顔してるわけじゃないのにうかつに近寄っちゃいかんと思わせた。幕末のサムライはこんな感じじゃなかったのかと思ったりした。見廻組とか入りそうな。

棋士の「勝負師=殺人者としての側面」についてさいきんよく考える。対局で勝つのは殺すこと、負けるのは殺されることだが、菅井さんに殺(や)られるのはすごく痛そうだ。あのぶっとい腕で骨バキバキに折られて絞め殺されるような。そして殺るほうの菅井さんも、一人殺るまでに精神も肉体も使い果たしてヘトヘトになっている。さっき、A級順位戦の対稲葉八段戦を見てたらまさにそんなんだった。追い詰められてたのに最後ねじ伏せた。稲葉さん痛そうだし、菅井さん肩で息してるし。

↑翌日の菅井さんのツイート。朝の10時開始で終わったのが25時すぎ、感想戦は26時超えてもやるという長丁場の対局だったが基本、座って将棋を指すだけで2キロ減る! 確かに減ったであろう。あの体の筋肉の中で、エネルギーが溶鉱炉のように燃えていたのが見えた。まさに修羅の道(菅井さんの扇子の揮毫は『修羅道』)。

それなら豊島に殺されるとどうかというと……ってこれは話が広がりすぎるのでまた別の機会に。今回書きたいのはそれじゃなくて、

菅井竜也はアイドルだった


って話なんですよ! 「肩で息しながら絞め殺す」とか書いといて、アイドルって何言ってんだ、って話ですけど、まあ聞いてください。

この『将棋の日in関西』、長丁場のイベントで10時から17時までぶっ通し。いちおう昼休みがあって客は各自勝手にどっかで昼飯食ってこい(ホール内は飲食禁止)という形式なのでぼっち客の私は外に出てコーヒーだけ飲んで時間を持てあまし、もういいやとホールに戻った。午後の部始まるまで本でも読んでようと思ったのだが、まだお客さんもあんまり戻ってないホールの片隅で物販コーナーがあってぱらぱらと人がいた。

その物販コーナーの売り子に菅井さんがいるではないか。おお。今グッズを買うとそれは菅井さんに金を渡し、ブツとお釣りをもらえ、おまけにワンショット写真を撮らせてもらえるという。おおお。なんでもっとそれ宣伝しないのか。客いないじゃん!

けれど菅井さんやる気満々で腕まくりするような勢いで、さっきは幕末のサムライだったが、今は魚屋のアンチャンのように威勢も愛想もいい。「ぼく(記憶ではオレって言ってたような気がするが)うどん屋でアルバイトしてたから物販もやるよー!」とかいって、立ってるだけでそのあたりがパアッと明るくなる。おおおお。なにその陽のオーラ。

売り手がそういう明るいオーラ出してくれると客も買いやすい。私は事前に「欲しいもんがねえぞ」と文句を言っていたことも忘れ、そこにあったトートバッグ千五百円を「ください」と差しだしていた。

菅井さんはこっちをパッと見て、

「あ!」

と笑った。
いやこれが……びっくりしたですよ。「あ! 来てくれたんだ!」っていう「あ!」。もちろん菅井さんと会うのはその時が初めてであり菅井さんが私を知るわけもなく、そして私は「あなたみたいにオーラのない人は見たことがない」と言われ店で何か買う時でもなぜか後まわしにされガラガラの食べ物屋に入ったら隅っこのトイレの前の席とかに案内され注文も取りにこないというような目に遭うさえない女なんですよ。そんな女に、「待ってた!」と言わんばかりに笑う菅井竜也八段。

「こ、これは握手会でヲタを釣るアイドル仕草……!」

アイドルの握手会に行くとわかりますが、「あ!」という笑顔ひとつで、
「え? 〇〇ちゃんオレのこと知ってんの?」
「も、もしかして〇〇ちゃんオレのこと好きだったりして?」

とこっちに思わせてくる子がいるんですよ知るわけないのに好きなわけないのに! でもそう思っちゃうような自然な仕草! 釣られますよこれは! 他に一推しがいてもこの笑顔で推し変しようかとグラつきますよ!

アイドルは商売であって握手券いっぱい買ってもらってナンボだからそういう笑顔をするのも商売の一環である、とは一概に言えないものがあって、ごく自然に、息をするように、手段ではなく目的として、そういうリアクションをする子がいるんですね。そしてそういう子はたいがい魅力的である。そういうリアクションができるから魅力的になっていくのか、魅力的だからそういうリアクションができるのか、卵が先かニワトリが先かのような話ですが、とにかく、そういうタイプの魅力的な子というのがいて、結果的にヲタを大量に惹きつける。

そんな、天性のアイドル性を、菅井さんの、物販における振る舞いに見てキョーガクした、というのが『将棋の日in関西』でいちばん心に残ったことです。対局の時のあの腕力と殺気と実力、素の瞬間の近寄りがたさ、トーク時において自分を落として笑いを取るチャームとセンス、そして物販で見せるアイドル性。これはまさに「ナンバーワンアイドル」のすべてを兼ね備えているということでは!(アイドルとしてのタイプでいえば、NMBにいた頃の渡辺美優紀。菅井さんはみるきーか……)

菅井さんの職業は将棋のプロ棋士であり、将棋の世界でアイドルであることにどのような意味があるのかと問われると、はっきり申し上げて「ない」。ないけど、それがどうした。人は誰だって魅力ある人に出会ったらいい気分になるもので、そしてそういう人を『将棋の日in関西』で発見したからには皆さんにお伝えしたい、だって将棋関係の読み物でそういうこと書いてるのがないんだもんと思いこれを書いた次第です。ま、そういう読み物がないのは需要がないってことなんだろうけど私は私が読みたいから書く。

(ところで、将棋界のアイドルといえば藤井聡太、なのかもしれないが、私は、藤井聡太はアイドルというよりも「ブラックホール」だと思う。このことについてもまたいつか)
(そして豊島将之のアイドル性というものについては、考えれば考えるほど深みにはまって浮き上がれなくなってしまうのでそれもまたいつか)

アイドルの夜明けが来た  あの太陽は菅井八段だ

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