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毎朝起き上がる、これだけでも人類は素晴らしい偉業を成し遂げていると、男は考えていた。
そうしてボヤボヤと蠢きながら、
体感10分ほどの時間をかけて、ようやく起き上がる。
のそのそと、面倒くさそうな、くたびれた面持ちで洗面所に向かった。
ささっと顔を洗い、口を濯いだ。
その後、いつものようにコップ一杯の水と卵かけご飯を、
食べるというよりも摂取した。
それから窓辺に座り、歯を磨いた。
「なんだか今日は、モヤがかかっているようだ」
窓の外を見てそう思った。
例の如くお手洗いを済まして、
大体この時点で出勤時間になっているはずなので、出勤をする。
ここまでほとんど自動運転のようなものである。
働く場所に到着すると、
まず、いつもの通り昼食と飲み物を購買所で購入した。
「うーん、たまにはいいか。」
会話する者もいないので、そう1人呟き、普段より多めにパック詰めされた食材を購入した。
外は相変わらず靄がかかっているようだ。
今日もオフィスは明るい。
私の特徴だと、このままいけば、午前中は最も集中できる気分である。
「さて今日もぼちぼち働きますか。」
しかしデスクに座ってみると、とても集中できない。
普段よりも何かぼーっとしてしまう。
「このままじゃまずいよな。」
そう感じ、近くに置いてある機械で簡単にコーヒーを手に入れた。
それをあっという間に飲み干して、
集中してみせた。
ポチポチポチ。カタカタカタ。
人々は多いが会話はほとんどない。
軽いタップ音だけが仕事場に鳴り響いていた。
気づけばお昼休みになっていた。
今朝購入した食事を取り、一服してから午後の作業に取りかかる。
「なかなか調子がいい日もあるもんだ。」
この日は仕事が捗った。
打ち合わせも数多をこなして、それでも普段よりか早く就業の目処がついた。
「たまにはご褒美があってもいいか。一杯飲みに行こう。」
今まで一度も無かったことだが、
この日は近くの席に同僚が座っていた。
その方を誘い、共に飲み歩くことにした。
・・・
話が弾んだのだろうか。
数軒は渡り歩いたはずだが、ぼんやりとしていて定かではない。
気持ちは浮ついていた。
気づくと、いつの間にか1人になっていた。
「まずい!」
手元の時計を見ると、日を跨いでいた。
男にはどうやらもう帰るすべがなく、急に頭が冴え始めた。
「明日もまた仕事があるのに!」
夜は深い。
こうなると少し厄介である。
夜の時間帯は、移動手段がほとんど停止しているのだ。
これでは帰れずに困ってしまう。
男はあれやこれやと考えた末に、ある移動業者に声をかけた。
そこは旧式のマシンで無許可営業している業者だった。
連絡をして数分もすると、
鳴り響くエンジン音と煙で、
近くに到着したことがすぐにわかった。
ギシギシ、ガタッ。
ドアが開く。
男は急いで乗り込んだ。
「お客さん。人に見られないうちに早く乗りな。
しかし、あまり遅くまで遊んじゃいけないよ。まぁ、我々にとってはありがたいのだがね。」
運転手のニヤリとした口元がバックミラーに映っていた。
移動中に、うたた寝をしてしまったのだろうか。
気がつくと、目の前に家のドアがある。
とにかく家に着くことができてホッとした。
「しまった。」
室内が明るい。そうか。
今朝はモヤがかかっており部屋が暗かったのて、
電気をつけたのだったと思い出し、
少しばかりの罪悪感を覚えた。
しかしその考えもすぐに頭から消え、
シャワー室の湯を沸かし、
サッと入浴してベッドに倒れ込んだ。
たくさんお酒を飲んでいたからだろうか。
男は思ったよりもすぐに入眠していた。
・・・
男は瞼を開けた。
意識を取り戻したというのか、思い出したというのか、ただ目を覚ましたというのか。
どのようなものか、定かではない。
まるで頭の中にモヤがかかっているようだ。
「あれ…。」
体がずんと重たい。
二日酔いの気もするが、どうやらそうではない。
体全身が痺れて動けないのだ。
昨夜、どこか頭でも打ちつけてしまったのだろうか。
一気に不安な気持ちになる。
全く自らの状況が読めなかった。
男はなんとか首を回し、周りを見渡すと、
そこには白服に身を包んだ男性と女性が複数名、整列気味に立っている。
しかし、ここは私の部屋だろう。
動けない身体と、見知らぬ人々。
恐怖と不安で押しつぶされそうになり、一気に汗が吹き出した。
「これはこれは。貴重な栄養分を。ありがたくいただきましょう。」
1人の侵入者がそう呟き、私の身体へ何かを被せた。
いよいよ、終わりだと、私は震えた。
・・・
数分が経過した。
布のようなものを私に被せたっきり、侵入者たちは何かを一所懸命に計算するばかりだ。
どうやら、この者達は、悪いことをしに来た人たちとも、思えない気分になってきていた。
そのような類いの人間ならば、この時点でもう男は何かひどい目に遭っているか、もしくは、彼らは金目の物などを奪い早々に立ち去っているはずだ。
男は、必死に観察した。
冷静になってよく見てみると、彼らはさながら役所仕事人といった雰囲気である。
「すみません。インターホンを押したのですが、お返事がなかったもので。」
侵入者のうちの1人が男に優しく語りかけた。
「あなたは多く借りていらっしゃるので、我々としても、いなくなられては困る。なので、地球条例に従い、立ち入らせていただきました。」
すんなりとは入ってこない言葉と、状況である。
ただ、体は動かず、返事もできないので、しばらく聞くことしかできない。
男の不安そうな表情を全く気にせず、侵入者たちは一方的に話しかける。
「この度は、地球条例N563-E01-RS279 により、あなたはしばらく緑化されます。」
さて、一体どういうことなのだろうかと、脳に血流がグンと周る。
「昨晩、この近辺で大幅な炭素排出換算量の出力が計測された為、調べてみると原因はあなたのようですね。」
聞き馴染みのあるような、ないような言葉だ。
彼らはさらに一方的に話を続けた。
「よって、先の条例に従い、緑化指数は、、ざっと見積もってこのくらいでしょう。はい。」
そう言うと彼らは装置らしきものを操作し、駆動させた。
おそらく使い古されてはいるが、大きな音を立てて、しっかりと動き始めた。
その装置が見たこともない機構をしていることは、機械に疎い男でもすぐに理解した。
装置が動くと、みるみるうちに、私の体と、私周辺が緑で溢れていった。
辺り一面が緑で埋め尽くされた後、
彼らは誇らしく、満足げな顔をしていた。
「これで、借炭素は、、、こちらです。」
侵入者たちは何か小さく薄いガラスのようなモニターを見せてきた。
よくわからない単位に、数字が8桁程度、書かれている。
「では我々はこれで失礼します。借炭素を返し終わったら、また来ますので、それまでは緑化とさせていただきます。」
そう言い残すと、彼らは早急に部屋を後にした。
男は死んでいるような、生きているような、不思議な感覚を抱きながら、緑色の天井を見つめていた。
・・・
男は再び瞳を開けた。
体は重い。
仕事へ行く前の朝のような、普段の感覚だ。
目をこすりながら上体だけを起こして辺りを見渡すと、
乱雑にものがおいてある、いつもの部屋の光景が広がっている。
直感的に、さっきのは夢だと理解した様子である。
しかし昨晩のことについては、どうも記憶が薄い。
確かに飲み歩いたような気もしている。
しかし、仕事はどうだっただろうか。
はっきりしてこない。
「一体私は飲み過ぎてしまったのだろうか。」
全てがまるで夢だったかのような、
居心地の悪い気分になった。
「まずはコップ1杯、水を飲もう。
きっと、二日酔いなのだ。」
重く感じる体を持ち上げて、キッチンに向かい、蛇口を捻って水を注いだ。
男はそのコップを持ち、ダイニングの椅子に腰をかけた。
「ピンポーン。」
男はモヤのかかった窓の外を眺めながら、
再び偉業をなすまいと瞼を閉じた。
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