見出し画像

無知の知を持つ

孔子は、「これを知るをこれを知るとなし、知らざるを知らずとなす。これ知るなり」と述べています。きちんと知っていることを「知っている」とし、きちんと知らないことは「知らない」とすることが「知る」ということであり、中途半端に知っていることは、知らないのと同じであるという意味です。


五輪3連覇の偉業を成し遂げたレスリング吉田沙保里選手を育てた栄監督は、「僕は結局、何が理想の指導かわかっていない」とおっしゃっていたそうです。結果を出しているにもかかわらず、常に探究し、疑い、確かめる。もし間違っていたら変化も厭わない。だから結果が出せるのだと思います。


私もサッカーコーチとして日々己の指導のあり方を探求し続けるわけですが、流行りのTRやメソッドを追いかけるあまり、何が本質なのかを見失いそうになったり、選手たちのモチベーションを削ぐようなコーチングをして猛反省することもしょっちゅうです。でもそれでいいと思っています。なぜなら昨日良かったことが今日通用しないことがわかっているからです。


私たちを取り巻く社会環境は日々変化しますので、昨日の成功が今日成功になるとは限りません。昨年監督として率いたチームはプレシーズンから基盤作りを徹底的に行うことができましたが、今年、途中加入したチームはその前提がありません。ないので私自身を変化させるしかありませんでした。なぜなら昨年のやり方ではそもそも前提が違うため上手くいかず、行き詰まってしまうからです。逆に言うと、人間独善状態(自分が一番正しいと思い込んでいる状態)になってしまうと変わることが非常に難しくなってしまいます。


残念なことに、私の地元熊本県八代市の高校で、指導者による暴力事件が起こりました。メディアやsnsによる切り取られた報道を鵜呑みにすることは危険ですし、真相はわかりません。ただこれだけコンプライアンスや暴力に世間が敏感な昨今でもこのような事件が起こるのは異常だと思います。


過去には暴力による支配によって結果を出せたのかもしれません。しかしそれはもう過去の話。私たち指導者は常に今に目を向けて、変化し続けていかなければなりません。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?