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【読書感想文1】大人の道徳

YouTube・電車の中吊り広告・書店に並ぶ平積みの本の表紙などが私たちに毎日のように語りかけてくる。「やりたいことをやれ」と。しかし、と著者はあっさりと、そしてバッサリとこれを否定する。

「やりたいことをやりましょう」は「奴隷の道徳」である。

今回の読書感想文はこの本。

『大人の道徳』古川雄嗣著 東洋経済 2018年

「やりたいことをやりましょうは奴隷の道徳」だなんて言われたら、こんな疑問を持つかもしれない。たとえば、奴隷なんて私たちの日常生活に登場することはない。それなのに、「奴隷の道徳」だなんてどういうことだ?奴隷なんていないじゃないか!とか、

いろんな社会的な成功者たちが(そして自分が信じて尊敬して時にはお金さえ払っているあの人たちが)口々に言っている「やりたいことをやれ!」を全否定するなんて。この著者はきっと自分が成功者になれないからって成功者たちをこきおろして満足しているだけなんじゃないの?とか。

この本は、こういう疑問や批判などが出ることをおそらく織り込み済みで、ほとんど意図的に『「やりたいことをやれ」は「奴隷の道徳だ」』と主張し論戦を挑んでいるのである。

「大人の道徳」というタイトルの中に難しい言葉は何一つ使われていない。でも、よく考えてみよう。「大人」とはどういう人間のことか?、また、「道徳」とは何か、きちんと説明できるか?と聞かれると、実はなかなか難しいんじゃないだろうか?

「大人」とは一体なんなのか。生物学的に成長して体が大きくなった人間は自動的に「大人」になるのだろうか?そうでないとしたら、子どもと大人は、いつ、どこで、どういう要件によって区別されるのか?

また、小学生の頃には「道徳の時間」というのがあったけれど、何を教わったのかきちんと覚えているだろうか?時代は流れ、もはや道徳は教科となっているけれど、そこでは一体何を教えるべきなのか?「道徳」と聞くと、「◯◯すべき」とか「△△してはいけない」とか、そういう行動規範を思い浮かべるけれど、それは一体どういう基準で、どこの誰が内容を決めたのか?

このように、ちゃんと考えようとすると、「大人」も「道徳」も実は理解が曖昧で、「大人の道徳」というタイトル自体の輪郭も実はぼやけているのが分かる。

この本の内容は、こうしたふわふわして曖昧な理解に留まりがちな「大人」や「道徳」というものを確固とした定義と論理で説明し、大人が身につけるべき道徳を説くというものである。道徳が教科となることが決まったのはいいが、そもそも道徳に関してきちんと考え、教えることができる人がどれだけいるのか。今こそちゃんとそれを考えてみようというのが著者の意図であり、決して、経済的成功者に対する妬みを動機として書かれた本ではないのである。

※道徳の教科化は小学校で2018年度、中学校で2019年度から始まっている。この本が出版されたのは2018年なので、本書は道徳の教科化が議論されているときに書かれている。

本の内容を解説することが目的ではないので、以下内容をかいつまみながら感想文を書いていく。

現代社会における「奴隷」

奴隷とは人間扱いされない人間のことだ。現在私たちが暮らす社会の構成員は一応全て人間ということになっているので、現代社会に奴隷はいない。しかし、本書では明確に以下のように述べている。

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