【酒と料理の因数分解】苦手な”いかの塩辛”を食べやすくし、日本酒と合わせる
いつもの家での食事も、ちょっと一工夫するだけでよりお酒にマッチする極上のおつまみに変身させることができます。お店でも実践しているそんなワンポイントのご紹介、今回のテーマは最近は居酒屋さんでは見かけなくなってきた「いかの塩辛」です。
●いかの塩辛が存亡の危機!?
最近は大手チェーンの居酒屋でもいかの塩辛をメニューに載せているお店は少なくなってきています。私がちょっと調べた範囲では、ワタミ、金の蔵、土間土間、甘太郎等といった上場している大手チェーン居酒屋の中では庄やで存在を確認できるくらいでした。代わりに人気を博しているのが”たこわさ”だったりするのですが、大手チェーン居酒屋の客層、年齢層が比較的に若いことからこのような傾向があるのかもしれません。
一方でセブンイレブンではセブンオリジナルのいかの塩辛が販売されていたりもします。好む人は自分で買って家で楽しむもの、好き嫌いもあるため会食の場では周りへの気遣いから頼まれにくいもの、になってきているのかもしれません。
●いかの塩辛の歴史
いかの塩辛の歴史は古く、平安時代の書物にも記録が残っているそうですが、保存食としての歴史はそれよりも古くからあったのではないかと考えられています。
現在流通しているいかの塩辛は、昔のものとは製法が変わってきているようです。以前はいかの身、いかの内臓をともに10%程度の塩で2週間~1か月ほど漬けこんで事故消化酵素の働きで熟成させる製法が主流でした。いかの身は仕込んだ後徐々に熟成がすすむことで、生臭みがなくなり、肉質も柔らかくなり、塩辛らしい味わい、香り、色みが備わってきます。これは熟成に伴い含まれるアミノ酸、有機酸、揮発性塩基などが増加するからです。
しかしこの30~40年ほどは食塩10%以上の伝統的な塩辛は少なくなり、塩分2%~7%という減塩塩辛が主流となってきています。新しい製法の特徴は、いかの肝だけを塩漬けにして熟成させて身と和えるようにする、熟成期間を0日~数日程度に大幅に短縮する、というふうに変化しています。
こうすることで伝統的な塩辛の持つ癖が緩和され、より食べやすく現代の嗜好に合わせた味わいになっています。
伝統的ないかの塩辛は、10%程度という高い塩分濃度で常温であっても食中毒につながる細菌の繁殖を防いでいます。一方で現在主流の減塩型の塩辛の場合は細菌の繁殖を抑えることができないので、要冷蔵であったり、防腐目的の添加物が用いられることが多いです。添加物が入ると余分な味わいも入ってしまうので敬遠されることも多いですが、添加物が用いられていないものも流通しているものはあり、賞味期限が短くなっていたり、冷凍で流通していたりします。
過去には大規模な食中毒の事件も起こっています。製法の変化から保存方法も変化していることが十分に浸透していなかったことが要因だと思われます。保存方法にはご注意ください。
●いかの塩辛と日本酒の相性
いかの味の特徴はタウリン、グリシン、プロニン、アラニンといった遊離アミノ酸が多く含まれていることによって独特な甘みを感じる点にあります。他にはグルタミン酸や乳酸、コハク酸等を含んでいて、高たんぱく質、低脂質であることから非常にヘルシーであることも気になるポイントです。塩辛にして30日、60日と熟成させていくことで旨味成分の遊離アミノ酸がそれぞれ数倍に増加し、風味の元である有機酸が醸成されてきます。
いかの塩辛と日本酒という組み合わせも定番と思われていますが、世の中に出回っている「同じ発酵食品だから相性がいいよね」という根拠についてはあまりに浅いと思うので、もうちょっと深堀りして考えてみようと思います。
●高塩度、無添加、長期熟成タイプのいか塩辛
このタイプのいかの塩辛は、長期熟成に伴って遊離アミノ酸の含有量が何倍にも増加している、風味に影響すると有機酸が生成されている点があげられます。うま味も癖も他のタイプに比べて強い為、チーズで言うとまさにブルーチーズのような立ち位置で、好きな人は好きだけど苦手な人は苦手とはっきりと好みが分かれるタイプ柄です。味も濃いので単体で食べる場合には食後にお酒と一緒に少量を嗜むほうが後の料理に影響を及ぼしません。桃屋の塩辛に代表されるこのタイプは玄人向けなので、いかの塩辛を好んで食べる方はチョイスしてもいいかもしれません。合わせるお酒は同じく旨みたっぷりの純米酒を合わせても合うかと思いますが、重い肴に重い酒を合わせると胸焼けして箸と盃がすすまない方もいるかと思います。キレのいい本醸造酒などで後口をサッパリさせて、箸が進むように合わせるのもオススメです。
●低塩分、添加物添加、短期熟成タイプ
このタイプは先述のものに対して保存性を高めるために添加物を添加しているタイプです。このタイプは添加物由来の後味の苦味です。特にお酒と合わせた場合にはこの後味が強調されるためお酒と合わせるのは非常に難しくなります。お酒との相性を考える際には、このタイプの塩辛は避けたほうがベターだと思います。
●低塩度、無添加、短期熟成タイプ
このタイプは短期熟成なので、風味の有機酸、うま味の遊離アミノ酸もそこまで増加しておらず、いかの刺し身の肝和えに近い味わいとなっています。チーズで言えばカマンベールチーズのような立ち位置と言えるでしょうか。いかの身が元来持っている甘みと、いかの肝によるコクが味の特徴です。このタイプには塩辛にゆずをトッピングして、爽やかな香りをもつ純米酒などと合わせるとマッチします。
ちなみに、いかの塩辛とワインの相性に関してはワインを題材にしたマンガ「神の雫」の続編、「マリアージュ」の第1巻で描かれていたりします。ご興味のある方はどうぞご一読ください。
●ちょい足しには柚子
市販のいかの塩辛でも柚子を加えた物は出回っています。お酒と合わせることを考えた場合には、特にゆず入りのものの方が合わせやすくなります。食用としてのゆずの特徴は、その酸味と爽やかな香りにあります。塩辛に加える場合は特に酸味がポイントになります。酸味のもととなっているクエン酸の働きによって生臭み成分の揮発が抑えられ、後味の臭みを感じずに食べやすくなります。柚子を加える際には果汁による酸味が加わるように、粉末状のものよりもゆずの皮自体を刻んだものや、ペーストになっているものを加えることをお勧めします。
参考文献
藤井建夫:発酵と腐敗を分けるもの,日本醸造協会誌,2011年,p174-182
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