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超時空ラーメン

 博士はぜひこの日を祝いたかった。しかし研究費につぎ込んでしまったがために、なにせ金がない。仕方ないから、いつもより奮発して、少し高くてうまいカップラーメンをコンビニで買ってきて、それを夜に食べることにした。それに、どうせだから、しょうゆ、みそ、とんこつと三種の味を買い込んで、食べくらべてみようと思ったのである。
 博士の助手だった青年は少し前にクビになっていた。彼は性格がねじくれていたので、博士に意趣返しをすべく、その夜博士が風呂に入っているときに研究所に忍び込んだ。
 研究室には見たことのない機械が。何のマシーンだろう? 青年は近くに置いてあった少し高そうな三つのカップラーメンを機械の中に置き、スイッチを入れた。
 ウイーン。小さく震える機械音。その後、バババと超電磁波が周囲にさく裂し始め、彼は灰となった。
 その音を聞いた博士は急いで研究室へ。しかし時すでに遅し。カップラーメンははるか未来へと旅立っていた。博士は泣いた。青年が死んだからではない、このタイムマシンの発動には、イデオン(ガンダムでもエヴァンゲリオンでもなんでもいいけど)も動かせるレベルの膨大なエネルギーが必要であるため、一度動かしたら最後、十年は再起動することができないのだ。
 しかも楽しみにしていたカップラーメンも、ひとつも食べていない。灰の山となった助手の体を蹴りつけたが、なんの感触もない砂の山。この怒りをどこにぶつければいい?
 博士の受けたショックは尋常ではなく、思わず消費者金融で金を借りて、安いキャバクラに飛び込んでしまうほどだった。

 さて、ここはそれから数百年後の世界。地球はすでに一度繁栄を極めたが、その後の大戦争でほぼ完全に文明は破壊されてしまった。しかしそれでも、なんとか生き残った人間の子孫が、原始的な生活をしながら細々と暮らしていた。
 中空にいきなり現れた三つのカップラーメンを偶然手にしたのは、新しく作られた小国の王子だった。
 王子は持ち帰ったカップラーメンを、国一番の年寄りの学者に渡した。彼は戦前から生き残っている最後の人間であり、なんとかまだ文字を読むことができたのだ。
 注がれるお湯。その国の王はこれらのうちのひとつ「しょうゆ味」を食した。そして、あまりのうまさに落涙し、神をその身に宿したと人々に訴えた。三つのうちのひとつを食べてしまったことを悔い、まだ二つ残っていることを喜び、これを神とあがめることに決めた。
 これを耳にした者たちは、旧文明の遺跡でよくよく同じようなものを見たことがあると思いだした。それでさっそく探してみると、いやはや、出てくる出てくるカップラーメン。神は大量生産されていたのか?
 で、わかりきっていたことだが、カップラーメンはこの国、引いては全世界における真の貨幣としての価値を認められて流通することになった。そしてその味。たまらない。「食える金」「食える神」なのである。なんと贅沢な代物。飛びつかない者はなかった。
 ということで、カップラーメンを求めて歩く「ラーメンハンター」、カップラーメンのために戦う「ラーメンソルジャー」、カップラーメンを手に入れるために男と寝る「ラーメン売春婦」などが世界にあふれた。いろいろなカップラーメンの種類が記された羊皮紙の本が各国で作られ、交易網が発達した。
 しかし、彼らが本意気に求めるのは、今やラーメン王と呼ばれるようになった、あの王が初めて食した「原初のカップラーメン」であった。大戦争直前の近しい世界で生産されていたと思われるカップラーメンは、健康に良いように味の改良がなされていたため、味にパンチがなかったのである。あの神のラーメンはどこにあるのか。
 どこにもなかった。だってあの三つのラーメンは、タイムマシンでやってきたものだったから。
 今や大国となったラーメン大帝国。この国の宝である、残る「みそ」「とんこつ」を手に入れるべく、東の大国・チャーハーンと、北の大国・ボルシッチが連合軍を組織してラーメン国に迫る。これに対抗すべく、ラーメン大帝も、世界から集めた有り余るカップラーメンを見返りとして、ありったけの兵を集め始めた。
 しかし、大帝は知らなかった。年ごろとなった自分の息子である王子が、残った神のラーメンのかたわれ「とんこつ」をひそかに持ち出し、南の小国トムヤムの王女とともに東の海へと漕ぎ出していたことを。

 その後、ラーメン大帝は家臣によって暗殺され、国に残された「みそ」は行方不明に。これを探し出すべく、東の大陸ではすべての国を巻き込んだ大戦争の火ぶたが切って落とされる。一方文明の再建が遅かった西の大陸では、「とんこつ」を神器としてラーメン二世大帝が新生国家を建設。東の大陸の勢力が疲弊したところで、漁夫の利を狙おうとしていた。
 さてその頃現代では、とうとうまた、博士のタイムマシンのエネルギーが溜まったところだった。博士は今度こそ自分自身で未来に向かうべく、大量の実験器具、生活用品、食料となるカップラーメンを携帯し、マシンの中に入って、タイムワープを開始した。
 キュンキュンキュン。ざわめく機械音の中で博士は考えていた。私は時空のゆがみを研究し、世界の謎を解き明かすことで、既成論にまどわされて何もわかっていない、わしをいためつけて学会から追放したやつらをぎゃふんと言わせてやるんじゃ! 
 まさか未来の世界で、時空の研究などもってのほかで、カップラーメンの研究をさせられるとも知らずに。

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