No.029 謙遜家族

ボクはお料理が全然できないからなー。
パパはおみそ汁作れるんだよね？

なにいってんだ。
オレはみそ汁とめしを炊くくらいで、ほかに何もつくれねーんだよ。
ママは煮物でも揚げ物でもなんでも作るけどな。天ぷらなんかホントにうまいよな。
おい母ちゃん、今夜は天ぷらやってくんねーか？

何いってんの。
天ぷらはもちろんやってあげるけど、特別おいしくはないよ。私はありあわせでごまかしてるだけなの、いつも。ステーキとかハンバーグとか、火加減が難しい料理は全然ダメ。
おばあちゃんのハンバーグは最高よね？おかげで外食しなくなっちゃったもんね。
ね？おばあちゃん。

あたし？
言うほどじゃないよ。あたしは長いこと作ってきただけで、別にどうってことないの。ホントだよ。ハンバーグしか取り柄がないんだから、フフ。
それよりおじいさんが田んぼをやってくれてるから助かるのよ。
ね？おじいさん。

フン。
ワシはコメは作るが、だからって自慢にも何にもなりゃしない。料理人がいなけりゃ、コメだけあってもしょうがないんだから。それに田んぼがなけりゃ、そもそも何もできやしないんだ。代々受け継いだ土地があって恵まれていたのさ。
それより向かいの佐藤さんトコはすごいよな。
野菜とミカンと、あとイチジクもやってるだろ？
離れたところで柿もやってるらしいぞ。田んぼと違って手入れが大変なんだよ、果樹は。

へえ、みんなすごいんだね！
おじいちゃんも佐藤さんもホントにすごい。だって食べ物を一から作っちゃうんだもん、農家さんってすごいな。
ボクなんてお米ひと粒つくれないし、ミカンひとつつくれない。料理もつくれないし。お皿とかおはしとか、何もつくれないんだよ。

何いってんだ。
食器なんかワシだって作れんよ。それはその専門がやればいい。
それよりお前はそこにいるだけで価値のある子だ。ワシらの希望なんだから。お前はみんなに希望をもたらすんだ。
ゆっくり時間をかけて成長するのがお前の仕事だ。さすがにこの年ではワシらは誰の希望にもならない。
それはそうと、お前のママもすごいんだぞ。なんせお前を産んだんだからな。子を産むというのは何にも増して尊いことだ。

なるほど！
赤ちゃんを産むってすごい大変なんだよね？聞いたことある、、、とっても痛いんだって。ママってすごいんだ。あ、だったらおばあちゃんもすごいってことじゃない？
ボクのパパを産んだんでしょ？

あたしなんか、赤ん坊を産んだことなんてもう忘れましたよ、ハハ。何十年前かしら、、、3人は産みましたかしらね。
でも子を産んだからって別に偉いわけじゃないし、誰とも比較なんかできませんよ。
母として当然のことをしたまでです。

へえ。
みんなこんなにすごいのに、なんでそんな言い方するの？
ねえ、ママはどう思うの？

みんな恥ずかしいから謙遜してるのよ。
自分で自分を褒めたり認めたりするのは照れくさいのよ。
私だってムリよ。

ケンソン？
へえ、そんなふうに言うんだ…。
みんなすごいのに、なんでケンソンなんてするんだろ？

お前もさっき謙遜してたじゃねーか。
おじいちゃんも佐藤さんもすごいけどぼくは何もできないって。

そんなことないよ、ケンソンなんてしてないよ。
今さっき知ったばっかりの言葉だし、ケンソンのやり方なんか知らないし。
ホントのこと言っただけだし、ボクはただ…

ほらほら、それが謙遜なのよ。
あなたもやっぱり私たちの子ね…。
あなたが生まれたときはそれはうれしかったのよ。やっと私たちのところに来てくれたってね。
でもあなたったら、なんだか申し訳なさそうに生まれてきてね、、、思い出すわね。

え、そうなの？
パパ、それホントなの？

それは知らねーな。
オレなんか落ち着かなくて、おもてで待ってただけなんだから。

そうね、パパは外で待っててくれたのよね。
それで、産まれたばかりのあなたが私の目の前に来てくれたの。
とても感動してね、、、でも、その時の顔が。ふふふ、思い出すと笑っちゃうわね。まるで生まれてきちゃってごめんなさいって言ってるようで…。
勢いよく泣いたかと思ったら、マズイっていう感じで急に首をすぼめたりして。今のあなたそのものって感じ。
お腹から出てくるまでに時間がかかったから、自分でもわかってたのかもね、みんなを待たせたって。

え、そうだったの？
知らなかった、、、ごめんなさい、迷惑かけて。

何いってるの。
出産はみんなそうなのよ。どうせ私一人じゃ産めなかったし、助産師さんたちがいてくれたからね。あの人たちは命を直接取り出すから、母体よりもすごい仕事してるのよ。

へえ、ママのほかにもいろんな人たちがいたのか。
そんなにすごい人たちがいたんだね。パパは手伝わなかったの？

だから外で待ってたって言っただろ。
立ち会う勇気もなかったからな。命が生まれる時は、男なんて何もできねーんだよ。ママも専門家の人たちもみんなすごかったってことだな。

ふうん、そうなんだ。
子どもを産むのは女の人だもんね。
あ、今のパパの言ったこともケンソンでしょ、もしかして。何もできないって言ってたよ、いま。
だってパパがいるから、みんなでこうしてお家に住めるんだよね。
ボクがご飯食べられるのは、パパのおかげなんだよね？

そうよ。
パパがお仕事してお金を稼いできてくれるからなの。パパが居なければ、あなたを産んだり育てたりできなかったし、今もそうよ。

へえ、やっぱりみんな本当にすごいんだ。
それに比べたらボクなんか何もできない。
ケンソンじゃなくてホントにそう思うんだ。

何いってんだ、オレだって仕事以外は何もできねーよ。

私だって、ご飯と子育て以外は何もないのよ。

ワシも今はみんなの足を引っぱるだけのじいさんさ。

おじいさんがそうなら、あたしはもっと何もできないばあさんだよ、ハハ。

ボクわかったよ。
人間って、頭がいいし言葉もしゃべるけど、一人じゃ何にもできないんだね。どんなに偉い人でも、何にもないところからお米をつくれないんだもの。
それに、ボクみたいにやり方をしらない人はお料理もできないし、はたらかないとお金ももらえないし、何もできない。
一人では何も生み出せないし、やり方を知らなければ何もできない。

ボクはほんとに何もできない。
ボクはみんなに感謝することしかできないんだ。

お前はワシの自慢の孫だよ。
そんなふうに一丁前に謙遜するとは、人一倍想像力に長けている証拠だ。
コメの作り方くらい、大きくなったらいつでも教えてやるさ。
そんなことよりも、謙遜したり感謝したりできるのがお前のいいところだ。

究極の謙遜は、幸せをもたらすのかもしれん。
日本人はよく臆病だとか、遠慮っぽいとか言われるようだが、お前を見てるとそれでいいような気もしてくる。
単なる小芝居でなく、真剣に感謝し、謙遜する姿はなかなか美しい。
謙虚な気持ちを忘れるな、などとお前に言う必要など全くなさそうだな。
むしろ我々大人がもっともっと謙虚にならなくては。
近頃の大人は自分勝手になりすぎた。
ワシももっともっと忍耐強く、たくましく生き、最後まで生き切ってみせる。

お前はそうやって、お前らしい態度で生きなさい。
みんなを幸せにし、それを自分の幸せとしなさい。