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人間関係を考える

その日、一日を通して利用者Aさんが落ち着かなかった。

 
朝から午前中にかけては暴言や攻撃的な行動が目立ち
午後は逆にハイテンションになった。

社交的で人が好きな方なため
どちらのテンションでも周りに片っ端から絡み出す。
嫌がる利用者も少なくない。

 
帰り際はテンションが高く
後ろ向きで別の利用者と関わっていた私に思い切り体当たりしてきてヒットした。

「いたっ!」

本気で痛かった。
はずみで倒れた。

 
このやろう、と思った。
これはよくない、と思った。

 
私は派手に痛がった。
女優になったのだ。

これは仕事柄たまに使う手だった。

 
骨折した足がまだ完治していないのだと訴え
私は痛がりながらわざと別室に行った。

これくらいしなきゃダメだろう。反省しない。

 
毎日毎日何回も何回も利用者にも職員にも攻撃的だし
ちっとも反省はしていない。
もしくは反省は長続きしない。

たまにはこらしめなきゃいけない。

 
私の隣には利用者がいたし
私がいなければ利用者がやられていた。
本気で痛い。これは利用者がやられたら大変だった。

 
そんな演技派の私に前施設長が心配して駆け寄った。
どうやら演技と分かっていないらしい。

まぁ痛かったのは確かだから本当と言えば本当なのだ。

 
前施設長の話によると
私がやられた後、利用者Bさんが怒って机を叩いて怒鳴ったらしい。

「フォローに入って。」

と言われ
慌てて私はBさんの元へ行く。

 
Bさんは動かなかった。
話さなかった。
殺気というか、怒りのオーラがものすごい。

もう少し落ち着いてからフォローに入った方がよいと言われ
私は一旦別室で仕事をした。

 
Aさんは反省し、帰る前にしきりに謝った。
その反省は長くは続かないと分かってはいても
今日はきちんと反省していたのでよかったと思った。

例え反省が長続きしないにしても
根気強く言っていかなければいけない。

 
Aさんが帰った後はBさんが待つ個室に行き
さっきは演技だったと伝えたが
声にならない声でBさんが泣いてしまった。
私ももらい泣きした。

Aさんのことばかりで
私はそれを見たBさんがどう思うかの配慮に欠けていた。申し訳ないことをした。

私を思って怒って泣いてくれたと思うと嬉しかった。

 
Bさんは言った。
Aさんのように攻撃的な言動で感情コントロールができない人が何故施設利用をしているのかと。
不穏ならば、施設を休んだり、辞めてもいいのではないかと。

それは利用者の立場なら言いたくなる時もあるだろう。

 
「家に帰りたい。」「作業や活動やりたくない。」と言い、不穏になる時も多々あるし
今日だけ不穏なわけではない。

あまりにそう言われると
職員の私でさえ
他の施設のが合っているのではないかと思ったり
じゃあ帰ったらいいと思ってしまう。

施設はたくさんあるし
そんなに嫌がってまで、周りに迷惑をかけてまで
この施設を利用する意味はあるのかと。

 
ただ、施設は利用を拒めない。
基本的には来る者拒まずだ。
施設を選んでくれて、契約を上が結んだ以上
私はそれに従うだけだ。

 
私はBさんに伝えた。

人にはそれぞれ長所も短所もあって、施設とはいいところを伸ばし、課題や苦手なことを減らしたり、協力する場であること。

自分の気持ちを言葉で上手く伝えられない場合、態度で伝えることもあること。
本人の行動には理由があり、本人も苦しんだり、困ったりしていること。

どんな利用者であれ
施設を選び、来てくれている以上
誰のことも休んだり、辞めてほしいとは思っていないこと。

三点目については職員として利用者に伝えることで言ったから心から100パーセントで言ったわけではもちろんない。

 
本音で言えば私は
あまりに不穏な場合は本人や周りのストレスになるし、施設が合っていない場合もあるから
他の施設利用を検討もありだと考える派だ。

 
そしてこれは職員故に言えなかったが
同じ施設を選んでいる以上
Bさんにも何らかの障害や課題があり、同じレベルであると私は思っている。

 
誰かの休みや退所を願い、口にすることはすなわち
誰かにも思われたり、言われる可能性があるのだということを
Bさんは気づいていない。

 
こういった人間関係は二人だけの問題ではなく
福祉の仕事をしている10年以上の間に
今までも何回も色々な人であったことだ。

 
「あいつは障害者だ。」と、知的障害が重く、こだわりが強い人を見下す利用者がたまにいるが
私から言わせてもらえば
何らかの障害や病気で“同じ施設の利用者”である以上、五十歩百歩だと。

そしてこれは本人は知らないことだが
見下す発言がある利用者は
案外見下されている利用者よりも厄介な何かを抱えていて、職員が気を使う存在である率が高い。

 
私がBさんと話している内に前施設長が保護者に一部始終話していた。

「本当に申し訳ありません。よく言って聞かせます。」

保護者はぺこぺこ謝った。
スパルタな保護者だ。

きっとBさんは自宅でお説教をくらうだろう。

 
一方、Aさんちはと言えば
保護者はケロッとしているタイプだ。
今日の件もよくある日常でしかないのだろう。

なんだかなぁと思う。
職員なら体当たりされても仕方ないのか。
施設内の出来事だから大事にいたらないのかと。

 
保護者に怒られることで
おそらくBさんは余計に怒られる理由を作ったAさんを嫌いになるだろう。

なんとも言えなかった。

 
傷つけられて怒った方が悪く
上手くスルーできない方が悪いなら
できることはなるべく関わらないことしかなくなってしまう。

 
結局はAさんの件で誰かしら利用者が怒ると
「いつものことだよ。」とか「Aさんの件はあなたに関係ないでしょ。」とか周りは言い
職員や保護者は距離をおくことを推奨する。 

私はそれでいいのかな、といつも胸の内で思う。

周りが大人にならなきゃいけないのが
我慢しなきゃなりたたないのが
そもそも問題なのではないかと。

 
余談。
前施設長は私に湿布を貼ったり冷やすように何回も言い、心配していた。
私が怪我をした時や体を痛めた時、ほおっておけない人なんだなと改めて思った。

 
その場にいなかった他の職員に報告した際、リーダーはポツリと「俺がやられてもBさんは泣いてくれるのかな。」と言い、みんなで笑ってしまった。

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