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ビーンバッグ製作記 16日目 何をつくりたいのか、あらためて考えてみる

今日も朝練をしてきた。

昨日から、小さめ、軽め(100g)のボールを試し投げしている。

うーん、ちょっと小さすぎかな? 軽すぎかな? とも感じるけど、このボールを100g〜115g付近のどこで着地させるか。その着地点を考えるには、いよいよというか、あらためてというか、「誰に向けて、なぜこのボールをつくっているのか」ということについて、ちゃんと考えないといけないな。

ちょうど、青木くんが生活綴方でジャグリングの展示をするので、声をかけてくれたというタイミングでもある。一度ざーっと書きながら考えてみたい。

昨日、青木くんとジャグリングしていてあらためて思ったけれど、別にこのボール、特別なにかに優れているわけではない。僕にとっては、自分でつくり、自分のジャグリングライフとシンクロさせ、改良を重ねている、思い入れのあるボールだけど、それが他の人にとって「買う」理由にはならない。海外の工場で縫製の上手な人たちが作っている、安くて、いいビーンバッグなんてたくさんある。ビーンバッグ以外にも、いいボールは山ほどある。

そもそも、自分の「ジャグリングライフ」と「道具を売ること」ってどういう関係なんだろう。最近、このnoteを軸に、自分自身のジャグリングライフが盛り上がってしまっているので、その関係性がわからなくなってしまった。というか変化したように思う。PM Jugglingというお店をやることは楽しくて、自分の代名詞だったけれども、それ以上に本質的で、自分がワクワクするもの、自分がクールだと思うもの(=ジャグリングライフ)を見つけてしまった感じがある。ビーンバッグの製作も、このジャグリングライフの文脈で進めてきた

道具を売ることはお金を得ることでもあるし、それはジャグリングで生きるということにおいては(僕にとっては)大事なことだ。そして販売するとそこから新しい展開、つながりが生まれることも知っている。それがお店の醍醐味。でも、それは別にこのビーンバッグに限った話ではないし、道具としてのポイントでもない。それでは自分がワクワクしないし、買ってくれた人もワクワクしない。うん、この「ワクワク」っていうのがとても大事なんだよな。

ここでふと頭に浮かぶのが「人と一緒につくる」というのが、やっぱりワクワクして楽しいっていうことだ。これは昨日、ひさびさに青木くんという「ジャグラー」と会ってあらためて感じた。あまりにも人と、ジャグラーと会わなすぎて、すっかりこの感覚を忘れていたなと思う。

人とのつながり、ということでは、むかし書いたこの記事を定期的に思い出す。

そう考えると結局は僕の(そして一緒にやってくれている青木くんとの)友達づくり、というのがPM Jugglingの活動のイメージに近いのかもしれません。こうして、顔が見えるようなつながりを、ひとつひとつ積み重ねていく。良いとか悪いとかはなく、ただただ、それによってブラッシュアップされていく。それがPM Jugglingの道具ともいえそうです。

うん、これじゃないか。

そしてこれはこの時よりもすこし経験が増えていて、友だちづくりや「一緒につくる」ということは、一生のうち、当然、そんなに数をこなせるものじゃないということがわかったし、そして単に仕様をオーダーされるのではなく、「同じ目線でつくれる」ときが一番楽しいということもわかった。

自分だけではつくれない。相手だけでもつくれない。一緒に新しいものをつくるときが一番楽しいし、結果的に新しいものが生まれる。そこにワクワクがある。気持ちよさがある。楽しさがある。

PM Jugglingのサイトの「製作例」には、そうして、人と一緒になってつくったものが並んでいる。

つまり、その人の「ジャグリングライフ」と僕の「ジャグリングライフ」がシンクロしたときが、一番エキサイティングなのだろうな。

さてそれで、このビーンバッグはどうするのか。

一緒につくる、オーダーメイドを売りにするなら、そんなに数をこなせないし、価格も高くなってしまう。たとえばサイトで、サイズと重さを選択肢の中から選べる・・・というのはすこし違うような気がする(たぶん現段階では)。

なによりまずは、ベーシックなものをつくって、PM Jugglingのサイトと一緒にジャグリングを楽しんでもらいたい、というのがスタート地点だったので、まずは本当に「基本のもの」でいいはずだ。価格もできるだけ安くしたいな、と思う。ジャグリングが誰にでも手に入るもの、そして、続けられるもの、になってほしい。なってほしい、というか「なってみて」ほしい。楽しさを分かち合える人がたくさんいる、そういう世界を僕も見てみたい。

となると「ベーシックなもの」と「オーダーメイド」(なるべくじっくりと共同製作)の二本軸がいいのかなあと思う。オーダーメイドでつくらせていただくためにも、ベーシックなものが必要だ。そしてそのベーシックなものは、本当にベーシックなものがいい。誰にでも、安心して、気軽に手に入るようなもの。そしてそこからまた、いろんな人とともに、一緒に新しいボールをつくっていけたら。そのための、ベースとなるビーンバッグ。そのイメージは、僕個人の視点の問題になるけど、しっくりくる。最初からベーシックなものをつくりたいという思いはあったけれど、その根拠が自分のなかで弱かったかもしれない。結局、再確認のようなかたちではある。

あらためて考えてみると、たまに迷いを感じてしまう原因は、このビーンバッグが、具体的な誰かのためのものでない、誰かと一緒につくったものではない、からなのだろうなと思う。変な言い方だけど、このコロナ禍のなかで「僕が僕と一緒につくった」みたいな、僕だけの道具になっているからだ。僕のジャグリングライフとしか結びついていない。だからゴール地点がふわっとしているし、それを他の人に向けて広く販売しようとなると「なぜだっけ?」 となってしまう。

別の見方をすると、たぶん僕は無意識に、「人とつながるためのボール」あるいは「つながりを絶やさないためのボール」をつくっている、ともいえるかもしれない。もくもくと一人でやっているようで、結局やっぱり、人とつながる方に向かっているのだろう。

まとまりがないけれど、ひとまずこれが、今このビーンバッグについて考えられることだ。もちろんまだこれから変化していくだろうとも思う。

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