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12月1日は「世界エイズデー」でした。これをきっかけに「Dらじ」では、HIV/エイズに関する話題を取り上げました。ゲストは、大同病院 感染症内科の林 雅医師。
エイズといえば1980~90年代に、不治の病として現れ、著名なアーティストなどを含め、多くの人たちのいのちを奪いました。その後治療薬が開発され、完治はできないまでも、エイズの発症や感染性の制御ができるようになりましたが、いままた新たな課題が浮かび上がっているといいます。(2023年12月1日配信)《エイズについてその1》

12月1日は「世界エイズデー」

イズミン 「世界エイズデー」はWHO世界保健機関が1988年に定めたもので、世界レベルのエイズの蔓延防止と、患者さんやエイズの前段階であるHIVの感染者に対する差別や偏見の解消を目的に、各国で啓発活動を行うと、そういう日でした。
 エイズは、1980年代から90年代にも本当に数知れないくらいの偉大なアーティストがたくさんいのちを落としまして、世界中のカルチャーシーンに大きな影響を与えたことが、わたしは鮮烈に記憶に残ってます。

シノハラ 一番有名なのはやはりクィーンのフレディ・マーキュリーかな。

イズミン そうですね、わたしはバレエダンサーで、モーリス・ベジャールのバレエ団の「ボレロ」で有名なジョルジュ・ドンが亡くなったときに結構衝撃を受けた記憶があります。
 昔は本当に不治の病という印象がありましたし、また触れただけで感染するのではないかとか、海外旅行に行くときには「トイレの便座にも座るな」みたいなことをいわれたりもしました。よくわからない病気だから、たくさんの偏見に満ちていたともいえます。

イズミン 林先生、まずエイズとはどんな病気なんですか。

ハヤシ エイズ(AIDS:Acquired Immuno-Deficiency Syndrome後天性免疫不全症候群)というのは、HIV(Human Immunodeficiency Virusヒト免疫不全ウイルス)というウイルスが感染することで、ゆっくりと体内の免疫力が低下していく病気です。長い年月を経て、免疫力が低下していくと、本来の免疫力が正常の人たちではかからないような感染症を発症してしまいます。
 歴史としては1980年代頃にアメリカで男性の同性愛者の中で原因不明のカビによる肺炎が流行して、それが話題となりました。これは免疫の低下が原因だということがのちにわかって、その状態が後天性免疫不全症候群、すなわちエイズと名付けられました。その数年後にはこのHIVというウイルスが原因であるということが判明しました。   
 日本においては1983年から85年に血友病患者さんたちのための血液製剤の中にHIVウイルスが混入していたということで、約2000名の方々がHIVに感染し、大きく知られるきっかけとなりました。その後、初めて国内で血友病患者さん以外のHIV感染が発覚した際にはエイズパニックと呼ばれて新聞でも大きく取り上げられ、それに伴って2次感染への恐怖から、偏見や差別が高まることとなりました。

イズミン なぜ男性の同性愛の方に多かったんですかね。

ハヤシ 異性間の接触でも性的接触でも感染するリスクはあるのですが、特に同性間の性的接触の方が、感染率が高いということを知られています。やはりどうしても男性同士だと、避妊具の装着がなくなってしまい、より感染のリスクが上がってしまうとことが背景にあります。

イズミン そういう性差別っていうのも、病気に対する差別の原因になってたんですよね。

HIV/エイズは制御可能な病になった

イズミン エイズの治療法はかなり進化したとのことですが、いま標準的にはどんな治療がなされているのですか。

ハヤシ そうですね。まず最も大事な目標はHIVに感染してもエイズを発症させないということ、すなわち進行させないことです。
治療の一般的な目標というのがいくつかあります。まず体内のHIVを抑え込むことですね。それから、免疫機能を回復させること。HIVに関連する病気の発症やそれらによる繋がる死亡率を低下させ、生存期間を延ばすこと。さらに生活の質(QOL)を改善するが目標とされています。

イズミン HIVに関連する疾患とは、例えばどんなものですか。

ハヤシ 例えばHIVに感染するだけで、生活習慣病にかかりやすくなったり、がんにもかかるリスクも上がったりします。肺炎にもなりやすい。

シノハラ 免疫機能が落ちていることが、その原因ということですね。

ハヤシ そうですね。あとHIVの治療薬については、HIVというウイルスがエイズの原因であるとわかってから数年後に承認されたのですが、その開発はアメリカの研究所にいた日本人医師によるものだったんですよ。
 でも当初は、非常に多くの薬を1日に数回内服しなければいけなくて、水もたくさん飲まないといけないし、もう本当に治療のために生きているっていうような状態でした。イメージとしては両手に山盛りいっぱいの薬という感じでした。

シノハラ 薬だけでお腹パンパンになっちゃいますね。

ハヤシ はい。しかし研究も重ねられて2000年代になってからは、かなり薬も進歩して、1日1回1剤でいいというところまで来ました。さらに先ほど目標として言ったようなQOLの改善という点が重視されているので、1~2カ月に一度注射を打つだけで良いという治療法も昨年には開発されました。

シノハラ エイズを発症してしまった方でも同じような治療ですか。

ハヤシ そうですね、基本的に治療内容は変わりないですね。もちろん他の薬との飲み合わせの関係もあって、1日2回飲まないといけない薬に変わるといったことはありますが、安定してきた方であれば、1日1回の薬を選ぶこともできます。

シノハラ QOLはだいぶ改善しているということですね。

ハヤシ そうですね。HIVの治療薬がなかった時代は、HIV感染者の余命は当然厳しいものでしたが、現在は、エイズ未発症の状態である程度の免疫機能が保たれていれば、HIVに感染していない人々と比べて余命は変わらないところまで来ています。

シノハラ ですから早期発見してHIV治療がちゃんとできていれば、体内にHIVがいたとしても、免疫不全状態に進行させず、定期的にお薬さえちゃんと使っていれば、普通と同じ生活ができるということですね。

ハヤシ はい。治療開始後は指標として、血液中にウイルスがどれぐらいいるかを見るのですが、目指すのはウイルスを検出しないことになります。そして、その体内にもうウイルスがいない状態までもっていくことができます。

イズミン 完治できるということですか?

ハヤシ 薬を止めてしまうと、その後にまたウイルスは出てくることが明らかになっているので、完治とはいえませんが、完全に抑え込んでいる状態にはなります。5、6年くらい前のデータでは、感染性ゼロの状態まで持っていけるということが証明されています。
 患者さんに、治療によって感染性がゼロになったということをお伝えできるというのは、すごく嬉しいことだと思うんですよね。可能性は低いですよ、ではなくて「ゼロ」ということで安心できると思うんです。

シノハラ 確かにそうですよね。

イズミン そうやって治療できる病気になったということは非常に喜ばしいのですが、実は患者数は増えていて、差別や偏見というのが未だにあるということで、そういったお話を次回は伺っていきたいと思います。林先生、今日はどうもありがとうございました。


ゲスト紹介

林 雅(はやし・まさし)
大同病院 感染症内科および総合内科に所属。研修医時代にたまたま遭遇したエイズ患者さんの「病名」に対する不安に心を痛め、エイズ診療に取り組みはじめた。ほかに感染症内科としては、院内の感染症に関するコンサル、耐性菌対策、新興感染症への対策などを行っている。
趣味は野球観戦、阪神タイガースの熱烈なファンである。


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