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糖尿病はそのひとの生きてきた軌跡

11月14日は「世界糖尿病デー」でした。糖尿病の予防や治療継続の重要性について、世界的な啓発活動・キャンペーンが展開されるのに合わせ、「Dらじ」でも「糖尿病」について語りました。大同病院 糖尿病・内分泌内科の寺島康博医師にお話を聞いています。(2023年11月14日配信)《糖尿病について・その1》

糖尿病とはどんな病気なのか。

イズミン 糖尿病とは一体どんな病気なんでしょうか?

テラシマ 血液中のブドウ糖が必要以上に増え、その高血糖の状態が慢性的に続き、その結果としていろいろな合併症や併発症が出てくる病気です。

イズミン 血液中のブドウ糖がどうして増えるのですか?

テラシマ 正常な人はどんなに食べたり飲んだりしても、血糖値はだいたい130~140ぐらいまでしか上がらないことが多いです。これはインスリンという膵臓から出るホルモンが調整してくれているからです。ブドウ糖は、肝臓や脂肪細胞、筋肉といったところに取り込まれますがインスリンは特に筋肉や脂肪細胞がブドウ糖を取り込むときに必要なホルモンです。そして体内のタンパク質や炭水化物、脂肪の代謝を調整してくれます。このインスリンがなんらかの事情で不足したり、効果が発揮されにくくなったりすると、血糖値が高くなってしまいます。

シノハラ インスリンが血中のブドウ糖を、体の組織の中に入れることができなくなって血液中に糖があふれてしまうわけですね。

テラシマ もう一つは「糖新生」といって、体の中で勝手に血糖値が上昇するという現象があります。例えば長い時間ご飯を食べずにいても、普通の人は血糖値が一定に保たれることが多いのですが、糖尿病の患者さんの場合は、だんだん血糖が上がっていってしまうことがあります。わたしたちの体はいろいろな活動をしていてエネルギーを使っているので、血液中のブドウ糖を消費していくため血糖値は下がるほうに傾くわけですが、肝臓などで新たにブドウ糖を合成して血液中に供給し血糖値を維持しようとする仕組みがあります。しかし糖尿病ではそのメカニズムが過度に反応するようになり、食べてもいないのに血糖値が上がってしまうようになる場合があるのです。

シノハラ 運動不足や食べ過ぎ・飲みすぎに肥満も、原因といわれていますね。あれはどんな仕組みによるものですか?

テラシマ 運動不足の方は、筋肉を使わないので、筋細胞のインスリンに対して反応しにくくなったり、筋肉でのエネルギーの消費が減ったりします。食べ過ぎの場合は代謝しなければならない糖分の負担が増えます。肥満というのは、インスリンが一生懸命、脂肪細胞にブドウ糖を入れるので、脂肪の細胞が大きくなっていく状態で、いわゆる「メタボリック・シンドローム(メタボ)」の状況を作り出したという結果なんですね。メタボは脂肪細胞の数が増えるのではなく、一つひとつの脂肪細胞が大きくなるんです。そうすると、その細胞は良からぬものをいろいろ作り出すようになる。例えばインスリンの効果を妨げたり、血圧を上げたり、動脈硬化を進めたりする悪玉の物質を作るようになります。

おしっことはどんな関係?

イズミン 糖尿病という名前ですが、「尿」とはどんな関係があるのですか?

テラシマ わたしたちの血糖値は、血糖値も上がったり下がったりするものなのですが、正常な人ならば食べた後でもせいぜい130~140くらいです。「おしっこに糖が出ている」という状態は、正常な人ではだいたい血糖値180くらいを超えると起きます。おしっこは「糸球体」という、腎臓の中の細い血管で血液中の老廃物を含めいろいろなものがろ過されてから、「尿細管」というところで、またいろいろな必要なものが再吸収される経過で作られるのですが、血糖値が高すぎると、そこで再吸収しきれなくなって尿に糖が含まれるようになります。
 糖尿病は紀元前の昔からあって、「diabetes mellitus(甘い尿)」と呼ばれていました。

イズミン 最近、「糖尿病」という名称をやめて、「ダイアベティス」にしようという動きがあるようですが、あれはどういう意味ですか?

テラシマ よく「あの人は糖尿病だから」みたいな烙印(スティグマ)を押されてしまって、患者さんたちが後ろ向きになってしまうことを何とかしたいという思いがあって、名称変更を検討しているようなのですが、そもそも「ダイアベティス」という言葉自体が、水が体を通りすぎる(すなわち尿)という意味を含んでいるので、それでいいのかな、という気はしています。
 患者さんたちの気持ちが大事であって、糖尿病学会とかで一方的に決めるべきものではないはずですので、これからどうなるか見守っていきたいと思っています。

糖尿病の種類

シノハラ 糖尿病には1型と2型がありますが、どう違うのですか?

テラシマ 血糖が高いからと、みな同じ糖尿病ではないことが重要です。1型・2型と二つしかないわけではなく、「その他」という二次性の糖尿病グループがあります。
 1型糖尿病は、昔は小さい子の病気だと考えられていたこともありますが、80歳、90歳で発症する方もおられます。膵臓のインスリンを作る細胞が、おそらく免疫によって破壊されて減少し、インスリンの分泌が低下します。これが糖尿病患者さん全体の約3~5%くらいです。
 2型糖尿病は、「2型」という診断をするわけではなく、「1型」でも「その他」でもないものを「2型」としています。全体の9割くらいが「2型糖尿病」ですので、いろいろなタイプの人たちがいます。細い人もいれば、肥満の人も、中間の人もいます。
 「その他」の糖尿病は、肝臓の病気や膵臓がん、ホルモンや遺伝子の病気などがあって、そのせいで糖尿病を併発しているケースです。きちんとした診断が必要で、例えば膵臓がんを見逃して、ただの糖尿病だと思って治療していたら数カ月後に亡くなってしまったというようなことも起こり得ます。

イズミン 糖尿病の患者数は、日本国内に1000万人くらいと聞いています。すごい数ですね。だいたい10人に1人くらいのイメージですか。

テラシマ さらに予備軍と言われる人たちとか、診断すら受けてない人たちもいるので、そういう人たちを含めると、2000万人ぐらいはいるだろうと推測されてますね。ただ高血圧は、診断されている人が2000万人ぐらい、気づいていない人を含めると4000万人と言われています。

糖尿病の診断は?

シノハラ 糖尿病の診断はどういう手順でやるんですか。

テラシマ まず血糖が慢性的に高いかどうかは、血糖値や「ヘモグロビンA1c」という血糖値が恒常的に高い場合に高くなる赤血球中のタンパク質の数値で測ります。あと、最近では実施することは減りましたが、「ブドウ糖負荷試験」というブドウ糖を飲んでいただいて、1時間後、2時間後とどのくらい血糖値が上がっているかを調べる検査があります。
 どういう糖尿病なのかを知るためには、1型糖尿病がもつ特有の抗体検査や、腹部のCT検査やエコー検査などを行い、「1型」や「その他」でないかどうかを調べます。1型糖尿病の方に、2型糖尿病で使う薬を使っても効果がないので、最初の病型診断はとても大事なんです。

シノハラ 先ほどのお話ですと、そうやって検査を受けてくださればいいけれど、検査も受けていない方がたくさんいるということですよね。

テラシマ 「自分が糖尿病だ」なんて思いもよらない人もいますし、健康診断でちょっと引っかかってるんだけど何ともないし元気だし、病気であるわけがないと思っているとか、仕事が忙しくて通院できない、という人もいます。でも、とても重要なことなので、ぜひ検査を受けて欲しいですね。
 非常に高血糖になると、おしっこに出てくる糖が増えるので、それに伴って尿の量が増えたり、口が渇いたり、痩せたりしてくるんですね。それで「おかしい」と自覚されて受診する人たちもいます。そういう場合にはかなり血糖が上がってしまっていることが多いのですが、ちょっとでもおかしいなと思ったら、すぐに受診することをオススメします。

遺伝なのか、食習慣なのか?

シノハラ 遺伝もあるのですか?

テラシマ 2型糖尿病は、非常に多因子疾患(いろいろな原因が考えられる病気)なので、例えば家系的に体重が増えやすいとか、糖尿病になりやすい、体重は多くないが血糖値が上がりやすくてインスリンの分泌が低下する人たちもいますので、遺伝性は確かにあると思います。
 ただどれぐらいの浸透性のある遺伝なのかっていうと、食生活とか運動とか、ストレスとかも関係あります。また、遺伝なのかなと思っていると、意外と食習慣とかもあります。例えば親がお米好きとか、炭水化物に偏った食事だとか、果物をすごい食べるとか、そういう家庭では、子さんも似たような生活をしているので、何が遺伝で、何が習慣として受け継がれてるのか、わからないところもあります。

イズミン 小さいころに親もとで培った食習慣って、変わらないですよね。

なぜ糖尿病はそんなにオソロシイのか?

イズミン 糖尿病は生活習慣病の代表的なものといわれており、食べ過ぎ、飲み過ぎ、糖質の摂り過ぎ、それによる肥満が大きな原因になることが多いわけですが、いろいろな意味で、健康に大きな影響を与える病気ですよね。

テラシマ そうですね。糖尿病がどうしてそういう合併症を引き起こしていくのかはいろいろ研究されています。濃度の高いブドウ糖が血液中を流れていることっていうのがそもそもの問題で、それが血管壁の細胞や、血液中のいろいろな物質に影響して、例えば血管壁に炎症を起こしたり、動脈硬化を進めたり、血管を狭窄させてしまったりといったことが出てきます。特に毛細血管が影響を受けやすい。「最小血管障害」というんですけど、いわゆる三大合併症(網膜症、腎症、末梢神経障害)はだいたいそういう影響を受けているのです。
 中でも動脈硬化は大きな問題です。高血糖は血管に大きなストレスを与えます。しかも血糖値の変動が大きい人たちは余計に動脈硬化が進みやすいことがわかっているので、うまく治療しないと動脈硬化を進めてしまうことにもなりかねません。
 動脈硬化が引き起こすものには、心筋こうそくや脳卒中、大動脈解離、足の血管が細くなって詰まるなどがあります。

イズミン 三大合併症について少し詳しく教えてください。

テラシマ 「糖尿病性網膜症」は、目の毛細血管が閉塞して酸欠状態になってしまうため、酸素を求めて新しい血管がどんどん出てきます。そういう新しい血管は弱いので、すぐ出血しちゃうんですね。よくレーザーで新しい血管ができないように眼底を焼く、という治療が行われます。
 「糖尿病性腎症」は、腎臓もやはり毛細血管の塊なんですが、おしっこに糖とともにタンパクがたくさん出るようになって、むくんだりして、だんだん、いらないものを排泄する機能が低下し腎不全になっていきます。だからコントロールが悪いと人工透析を必要とする人が増えるのです。
 「末梢神経障害」は神経に栄養を届ける毛細血管の問題もありますが、ほかに、血糖値が高くてブドウ糖の代謝サイクルが目いっぱい動いちゃってるとブドウ糖が違う機序でも代謝されていくようになります。そうすると「ソルビトール」という糖類が、神経の線維の中にたまっていき神経障害を引き起こします。

イズミン 足切断に至るのはなぜですか?

テラシマ 足切断の理由は二つあって、感覚が鈍くなるので傷ができても気づかないとか、細い血管を調節している神経の動きが低下すると傷ができたところに白血球を動員する機能も落ちていきます。それで傷がどんどん拡大し治らない、そこでばい菌の感染が進んでしまう。それとは別の成り立ちですが、足へいく動脈の硬化が進み血行障害が起こり、血液が不足して壊死していく(動脈硬化性の壊疽)というケースもあります。

シノハラ 整形外科のほうにね、いまだにまあまあ頻繁に足を切断する患者さんはいらっしゃいますね。

テラシマ そういう方たちって、傷ができて気づいたら一気に症状が進んでしまっていて、どうしようもなくなっていることが多いですね。一生懸命、皮膚科の先生が悪くなった皮膚を削ってくれたりするのですが、創部の環境が悪いとなかなか治らない。

イズミン 糖尿病はなかなか怖い病気ですが、そうした合併症にならないようにコントロールすることは可能なのですよね。

テラシマ はい、今の考え方はとにかく早期介入です。例えば20年ぐらい前だとヘモグロビンA1cが7%ちょっとくらいなら、食事で良くなっていくはずだからと待っていることもありましたが、今はなるべく早く治療開始することが、その後の血糖コントロールとか、合併症に対して非常に有意義であるってこともわかっています。

シノハラ 確かに、悪化して取り返しがつかなくなってから治療しても、もう悪くなった組織は、元々に戻らないですもんね。硬化した動脈も柔らかく戻ることはありません。

テラシマ 「遺残効果」と言って、血糖が高かった時期が何年続いてたかを累積したものがその合併症に反映されるんです。だから血糖値が5年、10年悪くても、あとで改善すればいいや、ということでは全然なくて、ずっと良かった人と10年くらい悪い状態が過去にあって今は改善してヘモグロビンA1c値が7%以下です、という人を比べたら、合併症のリスクはまったく異なります。やっぱり常にコントロールされた状態にしておかなきゃいけないんですよね。

シノハラ 悪い時期がどんどん蓄積されて、それは後からキャンセルできない、帳消しにできないってことですね。

イズミン 糖尿病の身体はその人の人生を刻印したかのように覚えているわけですね。

テラシマ 例えば患者さんのお腹のCTを撮るときに、心臓や冠動脈、お腹の大動脈も見えるんですけど、けっこう石灰化が進んでいたりしてね。この患者さんは血糖コントロールが悪い時期が長かったからなあ、こんなものかな、なんて思ったりすることがありますね。

イズミン なるほど、ありがとうございます。今日はこのあたりにしまして、次回はその治療について伺っていこうと思います。寺島先生ありがとうございました。


ゲスト紹介

寺島 康博(てらしま・やすひろ)
大同病院 副院長、糖尿病・内分泌内科部長。
愛知県瀬戸市出身。子どものころは野山を駆けめぐり、育つ。内分泌学に興味を持ち、この分野を志すが、圧倒的に患者数が多く、どんどんサイエンスとして病気の仕組みが解明され、新しい治療薬が開発される糖尿病に魅せられていった。
日本糖尿病学会認定研修指導医・専門医、日本内分泌学会内分泌代謝科指導医・専門医、ほか。


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