大木の生涯だけでなく、後半部で描かれる著者自身の半生も本書の魅力です『忘れられた詩人の伝記 ―父・大木惇夫の軌跡』(宮田毬栄/中央公論新社)

450ページを超え、しかも2段組み。読み始める前は、ちょっと大変かなと思ったものの、実際にスタートしてしまうと、スムーズに読むことができた。文章が分かりやすいことに加え、註がないこともその一因だろう(時にある註は、大木の詩集の詩とともに引用されたもののようだ)。

大木惇夫のことは名前すら知らなかっただけに、その生涯は興味深かった。慶子という女性との初恋と最初の別離までは、まるで昔の小説を読んでいるようで、かなりロマンティックかつ印象的。慶子とは最終的には結婚したものの、この恋が大木の生涯につきまとう。この初恋の顛末に加え、著者の母との出会い、戦争中に戦意高揚の詩を作ったことに端を発する戦後の不遇と借金、「カギ」と著者が姉妹と名付けた愛人のこと、晩年の宗教関連の仕事などを、ほぼ時に流れに沿いながら辿っていく。
ただ、後半あたりから著者にかかわる部分が増えてくる。高校・大学時代の交友関係、文学への関心、内灘闘争のデモに参加したときのこと。さらには中央公論社に編集者として入社した後の仕事内容、作家との交遊関係だけでなく、60年安保のこと、自身がかかわった金芝河の詩集の出版などにも触れていて、自身の半生記という要素もある。大木と直接関係ないことも多いのだが、これはこれで面白く、本書の大きな魅力となっている。

著者は実の娘であるが、寄り添うべき時は寄り添い、突き放すべきことは突き放して書いており、素晴らしい伝記だと思える。
ただし、大木の伝記部分ではないが、著者自身に関する部分で疑問が一つある。1959年4月に入社しているのだから1961年2月には在職中だったはずだが、嶋中事件について全く触れていないことである。ひたすら大木の伝記であれば書く必要はないが、自身の人生をかなり細かく追い、特に1970年代に金芝河の詩集に深くかかわったことを考えると、明らかに不自然だ。
それはそれとして、戦争中に大木が書いた詩に触れながら201ページに記した「表現される言葉はつねに危険に晒されている」という言葉はより強く胸に響く。

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