クリスの物語Ⅳ #74 嫉妬
男の存在が頭から離れず、アルタシアはその日一切仕事が手につかなかった。
ぼーっと窓の外を眺めては、自分へ向けられた誠実で優しそうな男の眼差しを思い出した。
とっさにオーラムルスで確認していたから、男の名前はわかっている。服装からしても、地表からやってきたばかりなのだろう。
きっと、次元の狭間に迷い込んでここへたどり着いたのだ。それを監視局のイビージャが見つけた。
監視局へ連れてきたとなると、イビージャが気に入ってまた自分の家に滞在させるつもりなのだろう。
イビージャが複数の男性と関係を持つことについては、わたしが口出しすることでもないし特に何とも思わない。
でも、彼に関してだけは違った。なんというか、イビージャとそういう関係になってほしくなかった。
だって、彼の気持ちはわたしへと向けられていたのだ。
男性に対して、こんな感情を持つことは初めてだった。
でもきっと、あれだけオープンに感情を表現されたから、わたしも戸惑っているだけなのだろう。忘れよう。
わたしには、闇の勢力を地球から追放するという野心がある。そして、それがわたしの今世における使命なのだ。仕事に専念しよう。
イビージャは、バラモスを自分の思い通りにさせることに手を焼いていた。
これまでは、自分の家に滞在させてこちらがその気を見せさえすれば、どんな男もすぐに物になった。
でも、バラモスは違った。一向に自分に興味を示さない。
一緒にいる間は街を案内したり、食事や身の回りの世話をしたりした。しかし、それでもダメだった。
寝ている隙にベッドに潜り込んでも、すぐに起き出して部屋を出ていってしまう。
逆に世話を焼きすぎなのかと思いしばらく放っておくと、バラモスは自由になったとばかりにひとりでどこへでも出かけてしまう。
そんなバラモスに、イビージャは苛立った。
なぜそんなに自分に興味を持たれないのか。
理由は明白だった。アルタシアだ。バラモスの中は、アルタシアでいっぱいだった。
事あるごとに、バラモスはアルタシアのことを聞いてきた。名前や生い立ち、趣味から好みに至るまで、なんでも知りたがった。
最初の頃は、イビージャも聞かれるまま何でも答えた。いずれは、自分に振り向くと思っていたからだ。
しかし、そんな様子がまったく見られそうにないと悟ってからは、アルタシアのことを聞かれることにイビージャは辟易した。
次第にイビージャは、アルタシアのことを悪く伝えるようになった。性格も悪く男遊びも盛んで、平気で嘘をつくし平気で人を裏切る悪女だ、と。
しかし、そんなことをいってもバラモスは耳を貸さなかった。彼女はそんな人じゃない、目を見ればわかるといい張った。
なぜいつも一緒にいて世話をしてあげる自分ではなく、ひと目見ただけの女のことをそんなに思うのか。イビージャは悔しくて仕方がなかった。
自分がアルタシアより劣っているなんて、認めたくなかった。わたしの方が、すべてにおいて優れているはずだ。
『実は、彼女には夫も子供もいるの』
気づくと、イビージャはそんなことを口走っていた。
『今まで黙っていてごめんなさい。でも、それを伝えてしまったらあなたは地表へ戻るといって、わたしのそばから離れていってしまうんじゃないかと思って、怖くていえなかったの。あなたが彼女のことを愛していることは知っていたわ。でも、一緒にいられるならそれでもいいと思ったの』
バラモスはうつむいていた。下唇を噛んで、何かをいいたそうにしている。自分で確かめるとでもいい出しそうだ。
そこで、イビージャはさらなる嘘をついた。
『それに、これは本当は口外できない内容なのだけど、彼女、実は闇の勢力の人間かもしれないの。それで、ここへはスパイとしてやって来ているのかもしれないのよ』
あり得ない、というようにバラモスは首を振った。
『だって、君は子供の頃から彼女と一緒だったんだろう?』
『そうだけど、その・・・いつからかすり替わったようなのよ。だから、今彼女には中央部の監視が付いているわ。そんな人に外部のあなたを近づけたとあったら、わたしも中央部から追放されてしまうわ。だから、お願い。彼女のことはもう忘れて』
イビージャは必死だった。そして、必死にそんな嘘をつく自分がみじめで仕方なかった。それもこれも、全部アルタシアのせいだ。
しばらく黙り込んでいたバラモスだったが、最終的には納得してくれた。
しかし、それ以後バラモスはあまり口をきいてくれなくなった。地表世界へ戻るといい出すかと思ったけど、それもなかった。仕事を探しているようだ。
わたしが仕事を世話するといっても、自分で探すといって断られた。
お読みいただき、ありがとうございます! 拙い文章ですが、お楽しみいただけたら幸いです。 これからもどうぞよろしくお願いします!