クリスの物語Ⅳ #52 最強の守護神
やがて、ボロボロになったラシードがガクッと片膝をついた。
そこに容赦なくトドメを刺そうと、セトが槍を持つ手を振りかぶった。
「ホルスお願い!」
突然、沙奈ちゃんが叫んだ。
セトがラシードの心臓めがけ、槍を突き刺そうとしたまさにその寸前だった。セトの背後にホルスが現れ、セトに向かって貫手を突いた。
一瞬の出来事だった。
気づいたときには、セトの背中を貫くホルスの右腕がゆっくりと引き抜かれていた。手には、セトの心臓が握りしめられている。
セトは何が起きたのかわからない様子で、うしろを振り返った。
ホルスは握った心臓をかざし、セトの目の前でそれを握り潰した。心臓は、砂となってパラパラとこぼれ落ちた。それと同時にセトの体も砂と化し、吹き荒れていた砂嵐もたちまちに治まった。
「まさか、ホルスがなぜ・・・?」
目の前で起きた光景が信じられないというように、ハウエルは呆然と立ち尽くした。その隙を、クレアは見逃さなかった。
「ヴァヌストゥルオ」
クレアがカンターメルを唱えると、ハウエルを覆っていた透明の防御壁が、まるで割れたガラスのようにバラバラになって崩れ落ちた。
続けざまに、ハーディが「スピラーカ」と叫んだ。すると、ハウエルはまるで蝋人形になったようにそのままの状態で固まってしまった。
『石化のカンターメルね。やるじゃない』
クレアが褒めると、『君こそ、ナイスタイミングだったよ』とハーディも返した。
無数にいた黒マントの男たちも、すでに全滅している。広場のあちこちで煙が上がっていた。
かなり大規模な戦いだったけど、広く天井も高いこの広場に影響はなさそうだ。天井が崩れ落ちてくるような様子はない。ぼくたちは全員無事だった。
クレアとハーディがハウエルとの戦いで傷を負っていたけど、沙奈ちゃんの治癒魔法ですっかり完治したみたいだ。
いつの間にか、エランドラもラマルも人の姿にシェイプシフトしていた。それにホルスとラシードも姿を消している。
『ラシードは傷を負っていたようだけど、大丈夫?』
沙奈ちゃんが尋ねると、ハーディは鼻の頭をポリポリとかきながらうなずいた。
『うん。問題ないよ。少し休ませておく必要はあるけどね』
沙奈ちゃんが治癒魔法をかけてあげると申し出ると、ハーディは断った。
『有難いけど、キュクロプスはプライドが高いんだ。だから、二度もサナの手を借りるわけにはいかないよ。まあでも、今日この後もしまた戦いになったら、ラシードは参戦させられないかもしれないけど』
ハーディのその言葉を聞いて、沙奈ちゃんは『え』といって固まった。
『この後まだ戦いがあるの?』
『それは、わからないよ。でも、向こうもこっちの存在に気づいていることがこれでわかったし、戦いを仕掛けてきたっていうことはやっぱり臨戦態勢にあると思う。これで終わりっていうことはないんじゃないかな』
ハーディの言葉に、沙奈ちゃんは『そう』といって黙ってしまった。
無理もない。今回いくら無傷で済んだとはいえ、死ぬか生きるか片時の気も抜けない攻防だった。
それが今後もまだ続くと考えると、ぼくだって逃げ出したくなりそうだ。
でも、たしかにまだ田川先生やスタンが控えているはずだ。それに、他にも敵はもっといるかもしれない。
とにかく本拠地へ偵察に行って、まだ敵が控えているようなら今日はもう撤退したかった。そして、柔らかいホテルのベッドでゆっくり眠りたい。
時計を見ると、あと10分で深夜0時になろうとしていた。
お読みいただき、ありがとうございます! 拙い文章ですが、お楽しみいただけたら幸いです。 これからもどうぞよろしくお願いします!