クリスの物語Ⅳ #77 憎悪と遺恨
セテオスに戻り、アルタシアは真っ先にイビージャのもとへ出向いた。
バラモスのことを正直に伝えるためだ。
バラモスによれば、イビージャの気持ちはすでにバラモスにないとのことだった。その証拠に、バラモスがイビージャの部屋に滞在していた間も、他の男とよくデートをしていたとバラモスはいった。
しかし、イビージャの場合、それでバラモスに対する気持ちがなくなった証拠にはならないだろうとアルタシアは思った。他の男とデートすることと、愛する男を思う気持ちはイビージャの場合別物なのだ。
でも、アルタシアはバラモスの言葉を信じることにした。自分のした行為によって、イビージャを傷つけたくなかった。
イビージャは自宅にいた。
玄関に上がると、リビングのクテンサに座る長身の男性が目に入った。どこかで見たことのある人だった。たしか、イビージャと同じ監視局の人間じゃなかったか。
それはともかく、イビージャが男といることでアルタシアの気持ちにも少し余裕が生まれた。
『どうしたの?』
玄関に立ったまま、イビージャが聞いた。
『うん。ごめんね、突然。イビージャには正直に伝えておこうと思って』
アルタシアは、バラモスとの成り行きを包み隠さず全部話した。
イビージャは腕を組み、壁に寄りかかってアルタシアの話をただ黙って聞いていた。
『それで?』
アルタシアが話し終えると、顔色ひとつ変えずにイビージャがいった。
『え?』
思わず、アルタシアは聞き返した。予想していた反応とは違って、イビージャの態度があまりにも冷めていたからだ。
『なんでわざわざそんなこといいに来たの?』
『えっと、イビージャにはやっぱり知らせておかないと、と思ったから』
『そう。それだけ?』
『あ、うん』
『それならもう帰ってくれる?ちょっと今忙しいから』
『あ、ごめんね。それじゃあ、またね』
引き返そうとすると、イビージャが呼び止めた。
『良かったじゃない。あなた男性とおつき合いするの初めてだったわよね?』
『うん・・・まあそうだね』
『最初の相手としては、ちょうどいいんじゃない?あのくらい一途な感じの男が。ちょっと遊んであげたけど、うぶすぎてやっぱりわたしには無理だったわ。でも、あなたならお似合いよ』
完全な負け惜しみだ。何かいってやらないと気が済まなかった。
アルタシアを帰した後、イビージャはその場にいた男に八つ当たりして部屋から追い出した。
悔しかった。
すべてにおいてわたしの方が優れているのに、なんでアルタシアばかりが思い通りにいって幸せになっていくのか。
父親の工房にバラモスが偶然勤めていた?そんなことあるわけがない。
そんな見え透いた嘘を信じるとでも思ったか。わたしの知らぬ間に、二人は逢瀬を重ねていたに違いない。そして、父親に頼み込んで工房で働かせてもらうことにしたのだ。
今回、バラモスと一緒だから実家には帰省できないとアルタシアの誘いを断ったことも、わたしが見栄を張った嘘だと二人でこそこそ笑っていたに違いない。
悔しい。
許せない。
わたしを笑い者にして、幸せになろうとする二人とも許せない。
何とかして二人を不幸に陥れなければ・・・。
イビージャは自分でも気づかぬ間に、これまで感じたことのない憎悪と遺恨の念を抱いていた。
お読みいただき、ありがとうございます! 拙い文章ですが、お楽しみいただけたら幸いです。 これからもどうぞよろしくお願いします!