クリスの物語Ⅳ #61 終戦
ピカッと横で閃光が走った。
見ると、田川先生がさっきサタンを倒したのと同じ、光の龍を放っていた。それに飲み込まれたスタンは、塵と化して壁を突き抜け外の闇へと消えていった。
「ヴァグラデュース」
隙をついて、イビージャが田川先生に攻撃を仕掛けた。
すんでのところでそれをかわすと、先生はイビージャの懐に入り込んで剣を突き立てた。剣は、イビージャの胸を打ち抜いていた。
田川先生は後ずさりしながら、ゆっくりと剣を引き抜いた。
「おのれ、アルタシア・・・」
口から血を流すイビージャは、田川先生をにらみつけたまま地面に膝をつき、その場に倒れ込んだ。
気づくと、ぼさぼさだった白髪は赤毛に戻り、顔つきも幼い少女に戻っていた。
「優里」
治癒に向かおうとした沙奈ちゃんに対して、そうさせまいとソレーテが攻撃を放った。
沙奈ちゃんは、防御魔法を解除することができなかった。でも、早くしないと桜井さんが死んでしまう。
沙奈ちゃんに攻撃する隙を与えないよう、ぼくは精一杯立て続けにソレーテに攻撃魔法を浴びせかけた。そこへ田川先生もやってきて、ぼくたちの攻撃に加わった。
「沙奈ちゃん、早く」
先生が加わったことで、ソレーテも防戦一方になった。
沙奈ちゃんは「プントービオ」と唱え、桜井さんのところへ瞬間移動した。桜井さんのそばにはエンダが寄り添い、ベベが頬をなめていた。
それから、剣を振りかざした先生がソレーテの元へ瞬間移動すると、二人の一騎打ちが始まった。
二人の動きはあまりに速く、ぼくたちは加勢することすらできない。見ているしかなかった。
ソレーテは強いけど、それでも田川先生の方が一歩上をいっているようだ。サタンも倒し、スタンとイビージャも相手にしてなおこの強さ。敵だったなら、本当に恐ろしい存在だ。
ついに、田川先生がソレーテを追い詰めた。ソレーテは地面に片膝をつき、肩で息をしている。
『闇のドラゴンを従えていただけあって、やはり強いな』
剣を杖に立ち上がると、ソレーテは笑っていった。
それから『仕方ない』といって、剣を自分の喉に突き立てた。田川先生が、はっという顔をした。
「スーラ・カーマ」
「ラニグマ」
田川先生より早くカンターメルを唱えると、ソレーテは自分の喉元に剣を突き刺した。
剣を突き刺したソレーテを、一瞬遅れで田川先生の放った電流が襲った。
それと同時に、室内が暗くなって稲妻が走った。
暗闇の中、人の倒れる音がした。
部屋が再び明るくなると、地面に倒れるソレーテと田川先生の姿があった。
そして、さっき田川先生によってぶち抜かれた壁の向こうに、大きな翼を生やした髪の長い男の人が立っていた。
「ルシファーね・・・。サタンの・・・もうひとつの化身・・・」
倒れたままうしろを確認して、田川先生がいった。
先生の背からは、とめどなく血が流れ出ている。
ぼくは、先生のもとに駆け寄った。
「上村・・・君・・・」
先生は痛みに耐えながら苦しそうに体を返すと、仰向けになってぼくを見上げた。
「先生」
ぼくはひざまずいて、田川先生の顔をのぞき込んだ。
先生の瞳には、涙が浮かんでいる。
「優しい・・・瞳・・・そっくり・・・。ゆる・・して・・・。会えて・・・よかった」
田川先生はそれだけいうと、ぼんやりとした視線を沙奈ちゃんに向けた。
沙奈ちゃんは桜井さんのそばにひざまずき、涙を流していた。
治癒魔法をかけても、もう間に合わなかったみたいだ。
その姿を見て、田川先生は最後の力を振り絞るように「ホルス!」と叫んだ。
すると、沙奈ちゃんの守護神であるはずのホルスが目の前に現れた。
先生はわずかに腕を持ち上げて、沙奈ちゃんの方を指差した。ホルスに何か指示を出したようだ。
ホルスは先生に向かって頭を下げると、すぐに桜井さんのもとへ行ってひざまずいた。
それから首にかけた♀のような形のペンダントを首から外し、ホルスはそれを桜井さんの傷跡に当てた。
すると、ペンダントの輪っかの部分から桜井さんの傷に水が降り注がれた。
桜井さんの胸の傷は、たちまち塞がっていった。そして、体全体を光が包み込んだ。
光に包まれた桜井さんは、ゆっくりと体を起こした。
その光景を見届けて満足そうに微笑むと、田川先生はゆっくりと目を閉じた。ぼくは、地面に転がった先生の剣を拾い上げた。
敵だと思っていた田川先生が、実は味方だった。ただそれだけだ。ただそれだけだったけど、なぜかぼくはとても悲しかった。
溢れ出す涙が止まらなかった。
ぼくは剣を振り上げ、力の限り叫んだ。
「オンドーヴァルナーシム」
導きの石“ルーベラピス”がはめ込まれた田川先生の剣。ファロスが父親から譲り受けた短剣と、まったく同じ紋様の剣。
その剣から、巨大な光の龍がルシファーに向かって放たれた。
それは、先生がサタンを木っ端みじんに吹き飛ばした龍にも引けをとらない大きさだった。
光の龍は、大きな口を開けてルシファーを飲み込もうとした。
ところが、ルシファーはその光の龍を片手で受け止めると、ブンと振って投げ飛ばしてしまった。
唖然とした。
渾身の一撃だった。これで倒せないなら勝ち目がない。そう思った。
ぼくは、膝から崩れ落ちた。
ところが、ルシファーはそんなぼくを見てふっと笑うと、スッと消えていなくなってしまった。
どういうことだろう?
見逃してくれたとでもいうのだろうか?
ぼくは、振り返ってみんなを見た。みんな呆然としていた。
床にはソレーテと田川先生、それにミデルとテイゲンが倒れていた。
長い戦いがようやく終わった。
お読みいただき、ありがとうございます! 拙い文章ですが、お楽しみいただけたら幸いです。 これからもどうぞよろしくお願いします!