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クリスの物語(改)Ⅱ 第二十四話 アメジストの洞窟

 水の中に落ちた衝撃はなかったが体がふわっと軽くなる感覚があり、クリスは目を開けた。
 そこは、四方が岸壁に囲まれた泉の中だった。握っていた手を離すとダルミアは振り返り、『ついてきてください』と言って水中に潜った。

 クリスとボラルクは、互いに顔を見合わせた。
 明らかにそこはカタラランの下の滝つぼではなかった。

 二人は、どちらからともなく後ろを振り返った。そして壁の上部に隙間穴を見つけた。
 穴の向こう側では、勢いよく滝が流れ落ちている。
 どうやら、滝から落下する途中に流れから逸れて隙間穴からこの泉に飛び込んだようだ。

 隙間穴は、悪魔が口を開けているかのようにギザギザと尖った岩で縁取られていた。
  猛スピードで落下する中、もしあの猛獣の牙のような岩にぶつかっていたらひとたまりもないだろう。二人はぞっとして、首をすくめた。

『まさかカタラランの裏にこんな空間があったとはな。聞いたこともなかった』
 前に向き直るとボラルクが言った。それから行こうと、目で合図した。

 薄暗い水の中を、ダルミアに続いてどんどん下へ潜った。このまま進んでいったら海底に出てしまうのではないかというほど、泉は深く長いトンネルとなってどこまでも続いていた。
 途中道が分かれ、迷路のように入り組んだトンネルを、ダルミアは後ろを振り返ることなく黙って突き進んだ。
 そしてようやく出口が見えると、反転して振り返った。

『水中から上がります。足元にお気をつけください』
 ダルミアはそう言った矢先、吸い込まれるようにして出口から出て行った。

 ボラルクはクリスに視線を向けると『俺が先に行く』と言って、ダルミアと同じように反転して下に降りていった。
 ボラルクの姿が見えなくなってから、クリスも二人を真似て足から降りた。

 出口に足先を突っ込むと、少しずつ水の外に出ていく感覚があった。下には、黒く平坦な地面が見える。
 体が水から完全に抜け出ると、すとんと落下してクリスは地面に着地した。

 降り立った場所は、地面も壁もアメジストで覆われた洞窟だった。それが発光して、洞窟内を紫色に照らしていた。

 クリスは天井を見上げた。そこには、水たまりを逆さまにしたような丸い穴があった。
 そこに水をふさぐような隔たりはないが、穴から水が流れ落ちてくるようなことはなかった。

『なんでグレン王子はこんなところに呼び出したんだろうな?』
 しきりに周囲を見回しながら、ボラルクが聞いた。

『ボラルクさんは、目的をご存じないのですか?』
 ダルミアがそう言ってクリスを見た。
『目的って?』
 ボラルクも振り返ってクリスを見た。
 疑いの眼差しを向けられ、クリスは下を向いた。

『いえ、どこまで話していいのか分からなかったんです』ボソッと言ってから、クリスは顔を上げた。

『誰を信用していいのかも分からなかったですし。でもあの海底にひとり取り残されて、それでフォーヌス広場へたどり着くためにはボラルクに頼らないわけにはいかなかったんです。ひとりじゃ到底無理でした』

 ボラルクに真実を伝えていなかったことで自分が責められているような気がして、反発するようにクリスは自分の思いを訴えた。
 クリスの話を聞き、ダルミアは2,3度うなずいた。

『たしかにそうですよね。お心遣いをありがとうございます』と言って、ダルミアは頭を下げた。
『でも、ボラルクさんにはお話して問題ないでしょう。ここまでクリスさんを導いてくださったのですから』
 怪訝な表情でふたりのやり取りを聞いていたボラルクが『どういうことだ?』と、問い質した。

 クリスが伺うようにダルミアに視線を向けると、ダルミアはうなずき返した。
『実は、ぼくがオケアノースに来た目的はアクアを手に入れるためなんだ。黙っていてごめん』
 クリスが謝ると、ボラルクは怒りと驚きの混じったような険しい表情を見せた。

『それは本当か?だって、お前クリスタルエレメントのことは知らないって言ってたじゃないか』
『うん、ごめん。ぼくの存在はあまり知られない方がいいとグレンさんに言われていたんだ。だから・・・』

 クリスがそう言ってうつむくと、ダルミアがフォローした。
『クリスさんは、選ばれし者のひとりだと考えられているのです』
 それを聞いて、ボラルクは目を丸くした。

『まさか、お前みたいなガキが・・・』
 そう呟いて、ボラルクはクリスをまじまじと見つめた。

『それで、お前はアクアを手に入れてどうするんだ?まさか、それを使って海を支配しようってんじゃないだろうな?』
 クリスは苦笑いして首を振った。

『ボラルクは少し勘違いしているみたいだけど、クリスタルエレメントにはそんな力はないんだよ。クリスタルエレメントは、一つひとつ単体で持っていてもあまり効果はなくて、5つ集まって初めて絶大なパワーを発揮するんだ。地底世界の中央部の人はそう言っていたよ。そうですよね?』
 クリスの意見に同意するように、ダルミアは黙ってうなずいた。

『クリスタルエレメントが5つ揃うと、地球を次元上昇させることもできれば、消滅させることも・・・』
 クリスが説明していると、ボラルクが手で制した。

『5つ揃った時、地球が次元上昇するという話は俺も知っている。負のパワーを用いれば、消滅させられることもな。でも、アクア単体でも海を支配できるほどのパワーがあるのは、間違いないはずだ。こっちじゃ、昔からそう言い伝えられているんだからな』
 ボラルクの意見に、ダルミアが口を挟んだ。

『たしかに、こちらではそのような言い伝えがあります。しかし、それらは単なる迷信でしかありません。恐らく、闇の勢力が人々を使ってクリスタルエレメントを探させるために、かつて流した噂話でしょう』

 柔和な笑みを浮かべながらも毅然とした態度で話すダルミアに、ボラルクは言い返すことなくうなずいた。
 それから下を向いて『マジかよ』とつぶやいた。

『それじゃあ、お前はそれを手に入れて次元上昇させようっていうのか?』
 顔を上げ、ボラルクはクリスに尋ねた。

『今、地球はアセンションの時期が来ているらしいんだ。でも、それを阻止して地球を消滅させてしまおうと、闇の勢力が躍起になってる。だから、闇の勢力に奪われてしまう前に、クリスタルエレメントを手に入れる必要があるんだよ』

『ふーん。だから王子も、こそこそ行動しているというわけか』
 ボラルクは顎に手を当て、納得するようにうなずいた。それからふと疑問に思ったことを口にした。

『でも、それならなんで王子は、海底にお前をひとり置いていくようなことをしたんだ?選ばれし者だっていうのに、モンロリーゴに食われちまったらどうするつもりだったんだろうな?』

 それはクリスが疑問に、そして不満に思っていたことだった。
 ボラルクに出会えたから良かったものの、そうでなかったら怪物の餌食となり今頃は海の藻屑となっていたかもしれないのだ。

『グレン王子があなたを海底に残して、フォーヌス広場へ来るように指示したのは、実はクリスさん、あなたを試すためでもあったのです』
 二人の疑問に答えるように、ダルミアが説明した。

『当然、危険に晒してしまうことは、王子も承知の上でした。しかしクリスさんが選ばれし者であることを信じていたからこそ、王子はあえてひとり残していったのです。選ばれし者であれば必ず導かれる、と。
 そしてその導き手となったボラルクさんは、運命共同体であるということです。ですから私も王子から、もしお連れの方がいるようであれば一緒にご案内するようにと仰せつかっておりました』

 なるほどとうなずきながらも、いささかの横暴さをクリスは感じていた。
 実際こうして導かれたわけだからグレンの考えは正しかったとも言える。でももし読みが違っていた場合、ひとりの人間の命が犠牲になっていたかもしれないのだ。

 しかし、そもそも海底人や地底人とはあらゆる面において感覚がだいぶ違う。だからきっと悪気はないのだろうと、クリスはあまり考えないようにした。

『それでは、王子が待っています。先へ行きましょう』
 アメジストの紫の明かりに仄かに照らされた通路を示して、ダルミアが言った。


第二十五話 ルーベラピス発動


お読みいただき、ありがとうございます! 拙い文章ですが、お楽しみいただけたら幸いです。 これからもどうぞよろしくお願いします!