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クリスの物語Ⅳ #78 呪詛

 イビージャの抱く思いなど露ほども知らずに、アルタシアは順風満帆な生活を送っていた。
 バラモスと生活を共にしてこそいないものの、頻繁に会っては愛を深めた。
 仕事も順調で、公私ともに充実した日々を過ごしていた。
 そして、いつしかお腹にはバラモスの子を宿していた。

 妊娠したことをバラモスに伝えると、これで正式に夫にもなれたといってバラモスは泣いて喜んだ。
 地底世界では、契約を交わすような結婚という風習が特にない。二人の間に子供ができたら、自然と夫婦関係とみなされる。

 懐妊したことを家族にも報告すると、皆大喜びで祝福してくれた。
 しかし、子供ができたら仕事を辞めようかという意向には、誰ひとり賛成しなかった。
 使命を持って取り組む仕事があるのであれば、その使命が果たされるまで完遂するというのが地底世界の習わしだった。
 出産や育児によってそれを断念することは、あまり良しとはされない。地底都市では、育児を支援する環境が充実しているのもそのためだ。

 いずれにしても、子供ができたらホーソモスから通うことにしよう。生まれてくる子供のことを考えると、自然と心が弾んだ。


 その頃、イビージャはどうやって二人を不幸に陥れるか、それだけに没頭していた。仕事をしている間もそればかりを考えた。
 男遊びなんて、もはやどうでもよくなっていた。そんなことより、何としても二人を不幸に陥れるのだ。

 でも、これといって何も思いつかなかった。
 人を不幸にする魔法なんてなかったし、人を不幸にする方法なんてものは養生校でも教わったことがなかった。

 そんなある日、街を歩いていると見知らぬ男に声をかけられた。様子がおかしいがどうしたのか、と。
 イビージャは、その男に胸の内を打ち明けることにした。誰かにこの憎しみを理解してもらい、それを晴らす方法を教えてもらいたかった。
 それほどまでに、イビージャは憎しみの感情に侵されていた。

 イビージャの話を聞き終えると、男は一冊の本を渡して寄越した。
 それが何かと尋ねれば、地表で行われている呪詛についての本だと男はいった。

 呪いというものをイビージャは知らなかった。その概念すら聞いたことがなかった。
 しかし男によれば、この本によって自分の望みは満たされるだろうということだった。

 イビージャは謎の男の言葉を疑いながらも、家に帰って早速本を開いた。そして、読み進める内に興奮が抑えきれなくなって狂喜乱舞した。
 呪いとはつまり、人を不幸にすることができる魔法のようなものだ。まさに自分が求めていた物だった。

 イビージャは、一心にその本を読みふけった。
 呪いにも、魔法と同じように色々な種類があった。
 くしゃみが止まらなくなるような小さなものから、様々な方法での人の殺し方や、果てには国家を衰退させるような大規模なものまで様々だった。

 殺してしまってはつまらない。やはり、わたしのそばでずっと不幸を背負ったまま生きてもらわないとね。

 まずは、わたしより優れている魔法を使えないようにしよう。それから、年齢とともに老いる体にしてあげよう。そして、極めつけは両目を失明させるのだ。
 まずは、それくらいでいいだろう。そしてうまくいったらまた考えよう。

 呪いにかかって失意のどん底に落ちたアルタシアの姿を想像しただけで、イビージャは心躍った。

 待ちきれず、イビージャはただちに呪詛の儀式に取り掛かった。 
 本に書かれた通りに儀式を終え、オーラムルスで早速アルタシアの様子を探ろうとしてイビージャは異変に気付いた。

 手が、やけにしわくちゃだった。それに、なんだか体が少し臭う。
 顔に手を触れると、肌もボロボロで無数の皺が刻まれていた。
 クローゼットの鏡をのぞき込んで、イビージャは愕然とした。そこには、これまでマルガモルでしか見たことがないような醜い老婆の姿があった。

 一体、どういうことだ?
 アルタシアに呪いをかけたはずが、自分にかかってしまったとでもいうのか?

 イビージャは、わめき散らした。
 目が燃えるように熱い。
 両目を押さえたまま、イビージャはのたうち回った。そして、意識を失った。

 
 人の入ってくる気配があって、イビージャは目を覚ました。
 目の痛みは引いている。しかし、両目の感覚がない。目を開けたつもりでも、何も見えない。
 イビージャは、自分が失明していることを悟った。

『イビージャ』
 部屋に入ってきた男がいった。
 この声は、誰だったか。中央部の人間であることには違いないが。

『お前は、極めて低波動な感情に侵されてしまったな。極め付けには、呪詛を試みようとまでした。よって、中央部の裁きにより、地底世界からの追放が決まった。そして、地底世界へ足を踏み入れることも、今後一切禁じられることとなった』
『そんなバカな。アタシは悪くないよ。悪いのは、全部アルタシアだ。あの女に陥れられて、アタシはこんな風になってしまったんだ―――』
『残念ながら、お前のそのいい分は通らんよ。クルストンですべて調査済みだ。バカな女よ。クリスタルで覆われたこの地底都市で呪詛を試みれば、すべて自分に跳ね返ってしまうというのに』

 そんな・・・。
 そうか。これは全部、あの女の仕組んだことなんだ。あの本を寄越した妙な男も、あの女の差し金か。
 アルタシアめ。永遠に呪ってやる―――


お読みいただき、ありがとうございます! 拙い文章ですが、お楽しみいただけたら幸いです。 これからもどうぞよろしくお願いします!