クリモノ4タイトル入

クリスの物語Ⅳ #82 犠牲

 生まれてきた子供は、バラモスが断言した通り男の子だった。
 カールした髪と形の整った鼻は、バラモスにそっくりだった。グレーがかった理知的な瞳は、アルタシアのものを受け継いでいる。
 決めていた通り、子供はファロスと名付けられた。

 ファロスは、まさに愛の結晶だった。ファロスを手放し、母親が自分であることを忘れられるなんて耐え難い苦痛だった。
 しかし、この子のためにもわたしは使命を果たす必要がある。アルタシアは、何度も自分にそういい聞かせた。
 わたしのいない世界を自然に受け入れられるようになるためにも、早い方がいい。

『ごめんね、ファロス。心から愛しているわ』
 アルタシアは腕の中で眠るファロスをぎゅっと抱きしめ、額に口づけをした。

 その後、アルタシアは父親から二本のマージアディグスを受け取った。
 一本は長剣で、もう一本は短剣だ。柄には、赤く輝くドラゴンの石“ルーベラピス”がはめ込まれている。望みの場所へと導いてくれる、通常“導きの石”と呼ばれているものだ。
 かつて、イビージャとドラゴンの石調達の仕事をしていたときに入手した。
 そのとき、ちょうどそこで出会った旅人が、より輝きが増すようにと術を施してくれたおかげで、石はとても美しい輝きを放っていた。

 スパイとして闇の勢力に潜入することを決めたとき、このルーベラピスをはめ込んだマージアディグスの製作を父親にお願いしていた。
 子供を授かった記念に、揃いの紋様で長剣と短剣それぞれ一本ずつ作ってくれ、と。

 受け取ったマージアディグスの短剣の方を、アルタシアはバラモスに渡した。バラモスは、それを受け取ると不思議そうな顔をした。

『きれいな石でしょう?これはね、導きの石といって、望みの場所へ導いてくれるという力があるのよ』
『そうか。でも、なぜこれを僕に?』
『もし・・・もしも、わたしたちが離ればなれになったとしても、お互いにこれを持っていたらいつかはまた導かれるんじゃないかと思って』
 いきなりそんなことをいい出したアルタシアに、何バカなことをいってるんだとバラモスは笑い飛ばそうとした。しかし、アルタシアの顔を見て思い留まった。いつになく真剣な眼差しを向けていたからだ。
『ありがとう。それなら、これを持っていれば心配いらないな』
 バラモスは、アルタシアを力強く抱きしめた。


『それではよろしいですか?』
 ハスールが、アルタシアに今一度確認した。

 アルタシアは、銀河連邦のマザーシップ内にいた。仕事へ行くといってホーソモスの家を出た後、アラミスによって連れて来られたのだ。
 アルタシアは、さっき別れたばかりのバラモスの笑顔を思い出した。そして、バラモスが胸に抱くファロスの顔を思い出した。

『はい。お願いします』

 二人のために、わたしは戦う。イビージャのような犠牲を出さないためにも、地球を闇の勢力から救い出すためにも、わたしはアルタシアを捨てる。
 アルタシアの頬を、一筋の涙が伝った。

『それでは、あなたの全情報はここで抜き去ります。これからは、あなたはアイリーンとしての道を歩んでもらいます』
 ハスールのその言葉を最後に、目の前が真っ白になった。



お読みいただき、ありがとうございます! 拙い文章ですが、お楽しみいただけたら幸いです。 これからもどうぞよろしくお願いします!