クリスの物語Ⅳ #25 追跡
「こんなにたくさん買い物したの、生まれて初めて」
両腕にいっぱいショップバッグを提げた沙奈ちゃんが、声を弾ませた。満面の笑みを浮かべ、見るからに幸せそうだ。
金髪にサングラスをかけた沙奈ちゃんは、どこからどうみても外国人の女の子だった。
「本当」
笑顔でうなずき返した桜井さんも、両手はショップバッグでふさがれている。そんな桜井さんは、髪も眉も赤茶色に染められていた。
ぼくたちは美容室でそれぞれイメチェンした後、昼食を取ってから思う存分買い物をして回った。
服なんて自分であまり買ったことのないぼくは、ハーディのコーディネートのもと勧められるままに試着した。そしてハーディがいいといったものは、次々にレジへと運ばれた。
おかげで片手では持ちきれず、ベベのリードを引く手にもぼくは紙袋を提げている。
そんなぼくの髪型はどうなったのかといえば、金と茶が混じったような色に染められ、ゆるいパーマがかけられている。
髪を染めるなんてまるで夏休みにハメを外した不良みたいだけど、沙奈ちゃんや桜井さんからも似合ってると褒められたし、気分はなかなか悪くない。
なんだか、クリスタルエレメントを奪い返すという重要な任務を果たしに来たというのに、そんなことは忘れてしまうほどぼくたちはこの滞在を満喫していた。
でも、それがハーディの狙いだったようだ。
すべての支払いをしてくれたハーディに礼をいうと、『礼には及ばないよ。喜んでもらえて何よりさ』とハーディは微笑んだ。
『緊張しっぱなしだと、うまくいくものもいかなくなるからね。リラックスして与えられたミッションは観光ついでだと思って取り組んでみてくれよ』
そういうハーディも、帽子をいくつか購入していた。ハーディは帽子に目がないらしく、帽子屋を見かけるとつい買ってしまうらしい。
歴史的建造物のような建物に入ったブティックがどこまでも軒を連ねる通りに、ハーディが呼んだ迎えの車がやってきた。
大きな4WDの車は、人通りが多い中時折クラクションを鳴らしながらも、慣れた様子でするすると近づいてきた。
ぼくたちの真横で停まると、運転手はすぐさま車を降りてきてドアを開けてくれた。
助手席にハーディが乗り、後部座席に桜井さんと沙奈ちゃんが乗ってからぼくが乗り込もうとすると、ベベが突然ぐいっとリードを引っ張った。
紙袋を持つ手の指先に引っかけていただけだったから、引っ張られた拍子にリードが手から離れてしまった。
リードを引きずりながら、ベベが走り出した。
「ベベ!」
ぼくは、大声で呼び止めた。
「どうしたの?」
桜井さんと沙奈ちゃんが、心配そうにこっちを見た。
「ごめん、ベベが走って行っちゃった。ちょっと連れてくるから待ってて!」
ぼくは手に提げていたショップバッグをシートに置いて、ベベの後を追いかけた。
「ベベ!」
人ごみをよけつつ、ベベの後を追った。
周りの人たちが、逃げるベベと追いかけるぼくを笑いながら見ている。
恥ずかしかったけど、でもそれどころじゃない。こんな外国で迷子になられたら大変だ。
通りの角を、ベベは左に曲がった。ぼくも後を追って左に曲がった。
その通りはレストランやカフェが多く建ち並び、狭い通りながら通り沿いにはテラス席も設けられている。さっきの通りに比べれば、人通りは少ない。
『どうしたんだよ、ベベ!』
ぼくが思念で呼びかけると、ベベはようやく立ち止まってレストランの窪んだ入り口に身を潜めた。
『何やってるんだよ。こんなところでかくれんぼなんてしてる場合じゃないだろう?』
建物の陰に身を隠すベベにそういうと、ベベは前方をのぞき込んで『クリスも隠れて』といった。
『何?どうしたの?』
『いいから、隠れてよ』
ぼくはいわれた通り、ベベと同じように建物の窪みに隠れた。
目の前のテラス席に座っていたカップルが、驚きながらも笑いかけてきたのでぼくはぺこっと頭を下げた。
『ほら、あの人』
ベベの視線の先には、黒のミニスカートに赤いカットソーを着てさっそうと歩く女の人のうしろ姿があった。
『うん?あの人がどうしたの?』
聞き返すと、ベベはまたタタタッと走り出した。それから交差点に差し掛かると、角のブティックの陰に身を潜めた。
赤いカットソーの女性は、通りをそのまま真っ直ぐに進んでいる。
『あの人、あの女の先生だよ』
ベベの後を追ってうしろに立つと、振り返らずにベベがいった。
女の先生?女の先生ってまさか―――
お読みいただき、ありがとうございます! 拙い文章ですが、お楽しみいただけたら幸いです。 これからもどうぞよろしくお願いします!