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Phantosmia(2019)

台風が近づき、時折強い風が窓を震わせた。
棚の上に置いてあるグラスが、カタカタと音を立てている。

今夜、家は台風に飲み込まれてしまうというのに、僕はある時からずっと、奇妙な匂いがし続けている。

自転車に乗っていても、どこにいても、いつも同じ匂いが僕の周りをつきまとっている。
この匂いが、僕の内側にあるのか、外側にあるのかわからないけれど、僕だけが、その匂いを感じることができる。

そっと自分の鼻をつまんでみる。一瞬その匂いは消えたような気がするが、やはりまだ、僕の中に残っているような気がした。

-

僕は夜道を、男と手を繋いで歩いている。
僕はとても久しぶりな、懐かしい気持ちになっている。

その男は、もうずっと会っていない中学の同級生だったのに、なぜか昔からこの人と暮らしているような気がしている。

彼はだんだんと歩くスピードが速くなって、僕は手を繋いだまま、彼に手を引かれて走っている。

いつの間にか、何者かに追われているような気持ちになる。

そうしてたどり着いたのは家だった。
僕は初めて見るこの家を疑いもせず、僕たちの家だと思った。

息を整えて、彼の顔を見るが、僕は今まで一緒に走っていたこの男が一体誰だったのか、思い出せなくなってしまっている。

男は僕の目の前に近づいて「危なかったね」と言った。一体何に?と思うが、僕はすっかりその言葉を受け入れてしまっている。

男の匂い。嗅いだことのある匂いだと思った。

その匂いは僕の中で、いつまでも残り続けた。

-

目を覚ますと、まだ外は暗く、時折風で家が揺れた。

僕はまだ、夢の中にいるような、曖昧な流れの中にいる。そしてまた、あの匂いがする。

僕はそのとき、この匂いが、夢の中で嗅いだ男の匂いと同じであることに気がついた。

僕だけがずっと匂い続けていたもの。それは夢の中にいた男だった。

僕は夢から覚めた今も、あの男と手を繋いで歩いているような気がしている。

つきまとっていたのは僕の方で、そして今いるこの家は、夢で見た家かも知れなかった。

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