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長距離走に必要な能力        ~生理学的な観点から~②


こんにちは。今日はVO₂maxについて、です。

 VO₂max(最大酸素摂取量)はもはやランナーにとってお馴染みの用語だと思います。最近ではGarminなどの腕時計でその数値を推定することができます。しかし、VO₂maxがどのようなものか理解している人は少ないのではないでしょうか。今回はVO₂maxについて解説していこうと思います。

VO₂maxとは



 まず最初に用語の説明です。VO₂maxとは、身体が酸素を利用(消費)できる最大量のことです。ですから、酸素利用量または消費量と考えた方が分かりやすいと思います。「摂取」とあるので、肺活量のように身体に取り込める量と勘違いしやすいですが、「利用」できる量と捉えてください。
VO₂maxは最大心拍出量(循環器系)と最大動静脈較差(筋の抗酸化能力)の積によって決定します。

VO₂maxと競技パフォーマンス



 VO₂maxはパフォーマンスにどのような影響を及ぼすのでしょうか。
VO₂maxと長距離パフォーマンスとの関連は古くから知られています。ランナー全体を見たときに、VO₂maxが高い選手ほど長距離走のパフォーマンスは高い傾向にあります。

 しかし、競技力が高い集団においては、VO₂maxは必ずしもパフォーマンスを決定付けるものではありません(図1)。

図1. VO₂maxとマラソン速度(Applied Physiology of Marathon Running, Bertil S, Jan S)


その理由は、
①長距離走のパフォーマンスを決定する要因は複数存在するから。
 前回の投稿に書いたように、特に大きな要因とされるのはVO₂max、LT、ランニングエコノミーです。これら全てをハイレベルで有する選手はいないとされています(いるとすればエリウド・キプチョゲ選手でしょうか)。
実際にVO₂maxとランニングエコノミーはトレードオフの関係であると言われています。
高いパフォーマンスを有する集団においては、最大筋力やスプリント能力とパフォーマンスの関連性も報告されています。

②距離が長くなるほどVO₂max強度と乖離するから。
 一般的にVO₂max強度で走りきれるのは約10分間とされています。トップランナーであれば約4000m、一般ランナーであれば3000m以下になるでしょう。レースタイムが長くなればなるほどVO₂max強度から離れていきます。トラックの1500mや5000m(3000m)を主戦場とするランナーにとってはかなり重要な要因となりますが、ハーフマラソンやフルマラソンを主戦場とするランナーにとってはパフォーマンスに直結する要因ではなさそうです。
ただし、VO₂maxは有酸素性能力の最大値なので天井は高いなら高い方が良いのは間違いないでしょう。

③VO₂maxに到達する時の走速度が異なるから=ランニングエコノミーの差
 VO₂maxに到達する速度(vVO₂max)は人によって異なります。vVO₂maxが速ければパフォーマンスが高い傾向にあります。VO₂maxが同じ70ml/kg/minであっても18.0km/h(3.20ペース)で達するか20.0km/h(3.00ペース)で達するかで考えれば分かりますね。これがいわゆるランニングエコノミーです。ランニングエコノミーとは簡単に言うと「無駄なエネルギー消費が少ない走り」となります。生理学的な実験では酸素摂取量を基にランニングエコノミーを評価します。そして酸素摂取量は基本的に運動強度に伴い直線的に増加するので、その直線がグラフの右側になればなるほどランニングエコノミーが高い、となります(図2)。
 ただ、生理学的な実験では一般的に、ランニングエコノミーはレースペースよりも遅い速度で評価するため、実際のレースでのエコノミーとなると多少のずれはあると思いますが。
 ちなみにvVO₂max=ランニングエコノミーとしている指導書や論文などは見たことがなく、私がそう解釈しているだけなのですが、もし間違っていればご指摘ください。

図2. 酸素摂取動態の違い

つまるところ、「VO₂maxは高ければ高いほど良いんだけれど、ある時点でのVO₂は低く抑えた方が良い」、というのがVO₂maxの理解でよろしいのではないでしょうか。

VO₂maxとトレーニング

VO₂max(またはvVO₂max)を高めるにはどのようなトレーニングをすべきでしょうか。

ランニング歴が浅い・初級者ランナー
 基本的に低強度練習だけでも上昇するはずです。冒頭でも述べたように心臓の機能×筋の機能なので、jogで負荷をかけるだけで上昇していくでしょう。トータルの運動時間を徐々に上げていくことを意識しましょう。

中級者ランナー
 おそらくjogだけでなくペース走やインターバルトレーニングにも取り組んでいるランナーだと思います。VO₂maxに最も刺激が入るのはVO₂max強度ですのでインターバルトレーニングによって高めることができるでしょう。
 ただ知っておいていただきたいのは、最も刺激が入るのがVO₂maxペースというだけで、それ以外の強度で走れば刺激が入らないのか、というとそんなことはありません。VO₂maxペースで1000mのインターバルをする場合(リカバリーを取りすぎないと仮定して)、おそらく3本から多くて5本程度しか走れないのではないでしょうか。そこから少しペースを落として、6本~8本ほど走ることができる設定にした場合、もちろん強度は少し落ちますが、トータルの走行時間は長く取れますよね。トレーニングの効果は時間によるので刺激時間を長く取ることで、強度が少々落ちても同じまたはそれ以上の効果を望めることができます。

 よくインターバルトレーニングにおいて400mでは効果がない、と言われます。その理由は色々と挙げられますが、生理学的な理由としてはVO₂maxで走った場合VO₂maxに到達するのに2分ほどかかるからだとされています。たしかにこれはその通りで、運動開始後は無酸素性エネルギー代謝が先に立ち上がり、有酸素性エネルギー代謝は遅れて立ち上がります。そのような理由から400mでは有酸素性エネルギー代謝が立ち上がる前に走り終わってしまうそうです。1本や2本ならそうかもしれませんが、だいたい400mのインターバルは10~20本くらい走りますよね。リカバリーを取りすぎないようにすればVO₂maxへの到達時間は早くなっていくので、400mのインターバルが効果がないというのはあまり考えない方がよいと思います。
※もちろん、400mのインターバルだけで良いかというと話は別です。

上級者ランナー
 おそらく上級者ランナーになるとVO₂maxの数値はほとんど頭打ちになっていると思います。数値を向上させるのではなくvVO₂max=ランニングエコノミーを高めることを目指しましょう。
 v VO₂max(RE)を高めるために、当然ながらインターバルトレーニングを筆頭に走トレーニングは重要ですが、筋力トレーニングやプライオメトリクストレーニング、ヒルトレーニングが有効だと多数報告されています。このあたりのトレーニングについては別で書こうと思います。
 エリートランナーになればなるほどトレーニング全体の数%しかないこのような補助トレーニングに対して、地道に取り組んでいることを周りを見ていて感じています。

今回もご一読いただき、ありがとうございました。


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