見出し画像

"ソーシャルイノベーション先進国"インドから日本が学べること

2024年2月、大企業の役職者やスタートアップの経営者たち総勢20人とともにインドを1週間訪れた。クロスフィールズが主催するSocial Innovation Missionというプログラムで、ムンバイやバンガロールといった都市やアルワンドといった農村部を訪問し、現地のNGOやスタートアップのリーダーたちとの対話を重ねた。

僕はインドには過去10回ほど訪れているが、前回の訪問は2020年1月だったので、コロナ禍を経た4年間でインドの景色がガラっと変わっていたことに衝撃を受けた。本記事では、インドの人々の変化と、社会課題解決の領域においてインドから日本が学べることを自分なりの視点でまとめていきたい。

「グローバルサウスの盟主」としての迫力

今回まず驚いたのは、街の様子が大きく変化していたことだ。ムンバイなどは、以前のような混沌とした街という印象から、洗練された都市へと変貌していた印象だ。

高層ビルが立ち並ぶムンバイの街並み

ただ、街の変化よりも大きかったのは、人々の考え方の変化だ。コロナを乗り越えたインドの人々の言葉の節々に、「これから世界をリードしていくのは自分たちだ」という自信が感じられた。

現在のインドの立ち位置を象徴する言葉に「グローバルサウスの盟主」というものがある。これは単に国のブランディングのために使われている言葉ではなく、国民レベルでの意識であるということを思い知らされた。

このことを強く実感したのが、Aavishkaarという団体を訪問した時だった。Aavishkaarは社会課題解決に特化したベンチャーキャピタルで、以前は「10億人の生活を変える」というビジョンが掲げられていた。しかし今回のプレゼンでは「30億人の生活を変える」というメッセージに変化していた。

受益者の数が一気に3倍になっている背景には、「我々はインドだけでなく、グローバルサウス全体の課題を解決する」という凄まじい迫力が感じられた。実際、Aavishkaarの投資先は従来のインド国内に加え、ケニア・インドネシア・バングラデシュなどのスタートアップにまで広がっている。

インドから生まれるソーシャルイノベーションが、近しい課題を抱える他のグローバルサウスの国々に広がっていくことは想像に難くない。インドは社会課題解決の分野において、間違いなく「グローバルサウスの盟主」として世界をリードしようとしている。

加速を続けるインパクトスタートアップの迫力

社会課題解決と事業成長の両立を目指すインパクトスタートアップは日本においても注目が高まってきている。ただ、感覚的にインドは日本よりも10年以上は先行してこうしたトレンドが始まっており、社会課題解決の分野へと投資や優秀な人材が集まる動きはますます加速している。その結果として、世界規模で注目を集めるインパクトスタートアップが数多く生まれている。

その代表例の1つであり、今回訪問したなかでも特に印象的だったのが、Niramaiというというヘルステック系のインパクトスタートアップだ。

Niramaiは、独自の熱画像解析技術を使用した非接触型で簡易な乳がん検査ソリューションを提供している。これまでは高価な装置を使って、痛みも伴う接触型の検査が行われていた乳がんの検査に革新をもたらす事業だ。スクリーニングの精度は非常に高く、なんと偽陰性(乳がんの見逃し)はゼロというから驚きだ。

今後は途上国だけでなく日本を含む先進国での展開も視野に入れており、すでに各国での特許を次々と取得しているという。当然ながらNiramaiには世界中のVCが注目しており、日本の独立系VCであるBEENEXTも既に投資を行っている。

Niramaiだけでなく、インドには高い時価総額を誇る社会課題領域のスタートアップが数多く存在しており、事業規模を拡大しながら課題解決を推進している。そして、そうした動きを世界中の投資家が応援するという成熟したエコシステムが形成されている。黎明期の日本からすれば、この文脈ではインドを先進国と捉えたほうがいいのではないだろうか?

最後に、Niramaiの創業者/CEOであるGeetha氏に「なぜインドから多くのソーシャルイノベーションが生まれるのか?」と聞いてみた。すると彼女は「それは簡単な質問よ」と前置きしたうえで、「Necessity is the mother of innovation(必要は変革の母である)」と答えてくれた。混沌とした課題だらけの国だからこそ、この国からソーシャルイノベーションが生まれるのだという、そんな最高にカッコいい回答だった。

この言葉、インドという様々な開発課題を抱える国のリーダーだからこそ発せられるようにも感じた。でも、どうだろうか?

ここから一気に人口が減少し、世界で最も進んだ超高齢社会に突入する成熟国の日本においても、私たち日本人はこうした姿勢で社会課題分野でのイノベーションを生み出していけるのではないかとも、僕は思う。

“もう1つのソーシャルイノベーション”としての戦略的フィランソロピー

今回さらに驚いたのは、このようにインパクトスタートアップが事業性を持ってソーシャル・イノベーションを生み出すのと同時進行で、いわゆるフィランソロピーの力で社会を変えていこうという動きが起きていることだ。

今回訪れたDasraという団体は、長い歴史を持つ非営利分野専門のシンクタンクのような存在だ。ビジネスでの解決がどうしても難しい「資本主義が取りこぼしてしまう課題」を、個人や法人による寄付を戦略的に活用することで解決することを後押しする団体だと言える。

日本にも非営利分野のシンクタンク的な組織はいくつか存在する。ただ、Dasraは数百人の職員を雇用するなど文字通り桁違いの規模で、非常に優秀な人材が大量に集まってきているようだった。プレゼンで使うデータや資料も洗練されていて、これならビジネスの世界の人々から見ても高い説得力を持てるものだと唸ってしまった。

Dasraが寄付者セグメントを分析した資料の一部

一例ではあるが、Dasraは個人寄付をいくつかのセグメントごとに分類して分析している。ファミリービジネスなどで巨額な財産を持つタイプの富裕層には長期間のコミットが必要なNPOを紹介する一方、上場益をもとに寄付を始めるスタートアップの経営層向けには、画期的なソリューションを生み出す団体を紹介するなどといった戦略的なアプローチを取っている。

また、Dasraが直近でフォーカスしているのは企業寄付のマーケットだ。この背景には、2013年に制定された「CSR法」がある。インドで一定の売上がある企業は、純利益の2%をCSR活動に投資しなければいけないという先進的な仕組みだ。

インドではこの法律を起点にNGOへと多大な寄付金が流れ込み、5000億円規模の市場が新規で形成されている。Dasraはこの新たな市場をどのような形でNGO業界全体で活用すべきかを設計し、それを戦略的に各企業にコミュニケーションするといった動きもリードしているとのことだ。

日本においても、インパクトスタートアップの隆盛とともに話題になってくるのは、「スタートアップが取りこぼす社会課題は誰が解決するのか?」という問いだと僕は思っている。その問いに対するヒントが、現在のインドにあるような気がしてならない。

「2047年の未来」からバックキャストするインドの人々

インドの人々に「SDGsがターゲットにしている2030年はどんな社会になっている?」と問いを投げかけると、「2030年はピンと来ない。でも、2047年の未来は明確に描いている」とみな口を揃えた。

1947年にイギリスから独立したインドにとって、2047年は独立100周年の節目の年だ。「グローバルサウスの盟主」の国に暮らす人々は、ビジネスパーソンもNGOのリーダーも、スラムで暮らす若者も、みなが2047年を「理想の未来を実現するとき」として捉えていた。

あるNGOのリーダーは、「2047年までにインド国内の貧困を完全になくしている」と力強く語った。その目の輝きと強さが、僕は忘れられない。

10~20年先の理想の未来を描き、そこからバックキャストして様々な人々が日々を懸命に力強く生き抜く姿勢。私たち日本人がインドから学べることはあまりにも多い気がする。


※ 2020年にインドで開催したSocial Innovation Missionの映像

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?