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自己紹介

だいちゃんです。
わたしはコーチングを次の生業として学び、実践していくことで、人との深くて熱い関わりを多く築きたいと願っています。わたしとコーチングの道を一緒に歩んでくれるクライアントを募集しています。
まず、わたしについてよく理解してもらうため、自己紹介させてください!


わたしは、こんな人間です。
生い立ちから仕事観まで。

両親と姉との4人家族。産まれたときになかなか泣き出さず、親には心配されたようです。
昭和の典型のような、亭主関白で怒りっぽい父と、献身的で働き者の母、そして、軽度の障害で生きづらさを抱えた姉という家族の中、わたしは甘えることや駄々をこねることがあまりなく、自然と「おとなしく、手のかからない良い子」として育っていました。

子ども時代は、クラスの雰囲気・ノリが良ければつまらないギャグを放つお茶目が出せる半面、多くの場面では、打ち込めるものも見つからず、淡々と過ごしていたような記憶があります。素直で無邪気な夢を表すわけでもなく、文集の将来の夢は「平凡なサラリーマン」。少年よ、47歳で、その夢をするりと手放せたことを報告しておきます(笑)。

中学に進学すると、ほどなく姉が学校でいじめに遭い始め、家に引き籠るようになります。家の中で泣いたり叫んだりの毎日。それに対し怒り出す父と、四六時中かかりきりの母。そんな家庭の中で、両親の苦労を感じてか、反抗期といえるような時期も迎えず「おとなしく、手のかからない良い子」をし続ける思春期でした。

勉強は比較的得意だったので、ほぼ希望どおりに高校・大学へと進学し、学校環境や友人に恵まれました。古着屋巡りが好きで、アルバイトでお小遣いを貯めては、原宿渋谷のお店を歩き回り、宝探しをしている時間が好きでした。また父の仕事がIT関係で、そしてWindows95の登場もあり、自然とコンピュータやインターネットが好きになっていた青春時代。

希望通りの会社に就職でき、外資系ITソフトウェア企業でのキャリアにはある程度満足していました。その後キャリアアップを志し2度の転職を経る中で、同僚や上司など、周りの環境やひとに大きく影響され、やりがいや心身の状態のアップダウンを経験しました。

ほとんどの場合、とても素敵な人たちに囲まれて仕事ができたのですが、まれに、正論を突き付けられ管理・束縛される、あらゆることを否定されマウントされる、際限なく高まる要求を突き付け続けられる、などなどに出会います。そのたび、いい子として我慢して工夫して乗り切ろうとするものの、頑張り切れずに心身を病んでしまうことも何回か。

ただ、そのような時に毎回、私の中のしなやかな強さが産まれてくる体験をします。仕事とは別のコミュニティに飛び込み新しいものの見方を得たり、そのコミュニティの仲間に励まされ助けられたり。まるで、何かに踏みつけられ倒れた草木が、大地のエネルギーをもらって、再びお日さまを目指してグングンと力強く背丈を伸ばすような!

これまでの人生を振り返ると、わたしは「周りの環境やひとに大きく影響を受けてしまう、強い感受性」の持ち主のようです。その一方で、「一度始めたことならば、困難から逃げず、がんばって続ける」という自然と身に付いたこだわりが災いして、無理しすぎて苦しんでしまったことも多々ありました。一方で、そんなときには必ず、「救いの手は、必ず現れるし見つかる」というある意味楽観的でただでは起きない(笑)側面が現れてくれる。そんな人生です。

そして、コーチングとの出会い。
自分ひとりでは、気づけなかったこと。

自分で自由になる範囲内では精いっぱいがんばり、それなりのやりがいも感じられた一方で、自分ではどうにもならないこと(家庭環境や、会社の方針、上司との関係など…)に苦しむ日々の中、このままではきっといけないのだろう、と常に感じていました。自分が尊重され、束縛や対立がなく、良好な関係性が理想なのに、現実はそうはいかない。

そんな中2023年、姉が生死をさまよう大病を患い、緊急入院。生きづらさを抱えたままその命が終わりつつある姉、日々刻々と変わる容体の心配や治療方針の決定を迫られたときの父と母の感情の揺れ動き、そして最悪のケースを踏まえたお見送りの準備など進める中で、「自分自身の人生の終わり方」についてはじめて深く考えます。

これまで悶々と感じてきた、いい子で生きてきたゆえの「健康・仕事・金銭などは自由に生きるに足るくらいは持てているが、わたしの心が自由ではない」という課題、そして、このままの私で一生を終える時に「わたしの望む人生を謳歌した」と言えるのだろうか。これ以上避けては通れない自分の課題と向き合うことになりました。

仕事を続けながらの介護や入院サポートでは、この問いにしっかり向き合える余裕がないと感じ、えぃやっ!と姉の介護の名目で2か月半にわたる休職期間を取りました。姉や両親のサポートを続けながら、私自身にも矢印を向け、これまでやったことのなかった「心の赴くままに、その日、やりたいこと。やり残したこと」だけをやる、を毎日実行してみました。

心残りを一つひとつ晴らし、心惹かれる土地に赴き、興味がある人に会い、日々内省を進めるなかで、私がこれまで心の真ん中に確かに存在していた、けれども落ち葉が積もるように覆い隠していた想いが、少しずつ一枚いちまい、解けて現れてきます。

どうやらわたしは、これまで、わりと人との関わりは淡泊に振舞っていたのですが、実は、「人との深い関わり、熱い関わり」こそ、本当は一番求めているということに気が付いたのです。これは、長らく「おとなしく、手のかからない良い子」だったから、なかなか言い出せなかったことです。そこからのわたしの人生は、徐々に心から望む方向に歩み始めます。

このことは、ひとりでは気づけませんでした。どの様にして気づいたか、それはひとに心をやさしく触ってもらい、開いてく体験でした。その中でも、友人からのコーチングの勧め、森やアートに囲まれたコーチング体験、コーチング講座の受講、などなど。これまで自分はなかなかできなかった、ひとに助けてもらいながら、発見できたこと、内省できたこと、気づけたことは書ききれないほどありました。

コーチングでわたしが願うこと。
人との関係から、人生をつくる。

このように振り返ると、人や環境に振り回され傷つきがんばりすぎたことも多かった一方、人との出会いや助けに何度も救われてきました。みなさんもそのようなことはあるのではないでしょうか。

自分自身のことなのに、いや、自分自身のことだから、分からないことだらけ。自分で自分を苦しめているからこそ、そこから脱出する方法を自分ひとりで気づくことにも限界があることを知りました。年齢を経るほどに、いつの間にか素直にひとに相談できなくなっていました。これは大きな気づきでした。

見失ってしまった自分らしさ、一人で考えてもなぜか消えないモヤモヤ、普段の忙しさにかまけてつい見て見ぬふりをしたくなる、たくさんの途方もないこんな悩み。

今いる場所で、いつも我慢している、あきらめてしまっている、疲れてしまっている、誰かのせいにしてやり過ごしている…。それでも、どうにも隠し通せない、「本当の自分は、どうあって、何をしていたら幸せなのかな?」を、一緒にたぐり寄せ、見つけたいのです。そのようなプロセスを経て「人との深い関わり、熱い関わり」をこの地球に残したいのです。

コーチングというと、「指導され、鼓舞され、導かれる」といったイメージを持つ方もいるかもしれませんが、わたしのイメージするコーチングとは、上下などなく、常に肩を並べて歩く、同じように苦しみを味わい共に解放を願う「伴走、並走」するパートナーです。

こんなことに共感してくださる方、ぜひお会いしたいです。

私のこれまでの人生、コーチングとの出会い、そして願いを、私なりに勇気を出して表現してみました!

現在、わたしはプロコーチとしての今後の活動に向けCTIジャパンでコーアクティブ・コーチング®の基礎・応用を修了しました。次に、国際コーチ連盟 (ICF) 認可のプロフェッショナルコーチ資格であるCPCC®の取得に向け、多くのコーチ経験を積みたいと考えています。
詳しくは、CTIジャパンのホームページをご覧ください。https://www.thecoaches.co.jp

そこで、わたしとコーチングの道を一緒に歩んでくれるクライアントを募集しています。特にこんな方と、生き方が変わるときの隣に居られたらうれしいです!

  • ひとりではどうにもならない社会・組織・人間関係などに悩んでいるかた

  • 慣性に流されずほんとうに願う生き様がどんなものか向き合う時間が欲しいかた

  • 望む人生に向けて一歩踏み出す勇気や応援が欲しいかた

心惹かれたかたは、お気軽にご連絡ください。

コーチングとはどんなものかがよく分からないかたは、無料の体験セッションもできます。その場での秘密は守る、ゆったりと安全でリラックスしてあなたのこと何でも話せる、あなた自身が願う人生に向け一歩を踏み出す、そんな場です。

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