永遠の0に寄せる、春馬くんのこと
永遠の0の映画を観ている
なぜ今 永遠の0なのか
土浦の旅で見た、鹿島神社で
第二次世界大戦で亡くなった
町の若者の名前を刻んだ慰霊碑を
見たせいもあるかも知れない。
私は映画は当時映画館で見て
原作本も読んでいた
原作本の終わり方が衝撃で
映画でも再現されるのかと
少し畏れながら映画を見た気がしている。
映画のラストシーンは、
陸橋のうえで佇む健太郎である春馬くんがいて
健太郎が今いる世の中が平和で、
戦時中の宮部たちがこの戦争が終わったら
未来はどんな日本になっているんだろうと
話していたような世界で
そこに宮部の飛ぶ零戦がやってきて
孫である健太郎と出会うという
ラストシーンだった。
監督はどうしても祖父と孫であるふたりを
出会わせたかったと言っていた。
私もふたりが出会えて良かったと思えた。
永遠の0ストーリー
この映画はおばあちゃんになった
松乃が亡くなったところから始まる。
健太郎は、その時まで自分の祖父が
本当の祖父だと信じていて、
お葬式で実は亡くなったおばあちゃんの
松乃は、再婚したのだと知る。
戦争未亡人だったのだ。
松乃は先の戦争で亡くなった
ご主人との間に一人娘を産んでいて
その一人娘が健太郎のお母さんの清子だった。
松乃と再婚した大石の二人は仲睦まじくて
二人の間で戦争の話や先のご主人の話は
出てこなかったから
健太郎は松乃が亡くなるまで
自分の本当のおじいちゃんのことを
知らなかったことになる。
健太郎には、ライターをしている
姉の慶子がいてある日健太郎に持ちかける。
「本当のおじいちゃんのことを知りたくない?」
健太郎は祖父の大石を尊敬していたので
本当の祖父の宮部のことを知りたい
調べてもいいかと大石に聞いてみる。
大石は是非お前たちに調べて欲しいと言う。
そこから、過去への旅は、始まった。
生き残った海軍の元軍人のツテを辿って
二人で宮部がどんな人であったのかと
聞いて歩くふたり。
そこでの宮部は腕は良いのに戦闘を回避した
臆病者だ腰抜けだと散々な言われようで
健太郎は、特攻志願をして
亡くなっているのに
どうしてこんな言われようなのか
わからなくて混乱する。
そこでだんだん見えてきた宮部久蔵という
ひとは凄腕の零戦の戦闘乗りでありながら
命を惜しむ軍人だったということだった。
戦時下において
命を惜しむ行為は
天皇陛下、日本国を守るために
命を捧げるという意識から
恥ずべきものと言われ、周りには受け入れがたいものだった。
いろんな人に出会い
健太郎はだんだんと宮部久蔵の人となりを
理解していく
宮部が、ただ自分の命を惜しむだけの行為で
この行動をとっていたのではないこと。
軍人としていかに無駄死にせず
戦争の行方を追っていたこと
無駄死にしたくなかったのは
自分の家族のため。
自分は海軍の軍人ではあるが、軍人は数多いても、家族にとっての自分は、唯一無二の人であって自分が戦死したら家族が路頭に迷うこと。
そのために必ず生きて帰ると約束していること。
命のストーリー
健太郎の意識の中で戦争は遠いもので
今、自分の目の前のことが全てで
国のことや命のことや家族のことや
仕事のことやそんなことを真剣に考えたこともない自分が覆るような話ばかりで意識が少しずつ変わってくる。
それは先の戦争で日本人だけで
220万人死んだのだという数からの
たった一つの命のストーリーだった。
私たちは戦争で何百万死んだ、
交通事故で何万人死んだと聞かされても
それは数の上のことで
そのひとつひとつにある膨大なストーリーに
まで想像するチカラがないといつも思う。
気の毒には思うがどこか遠い他人事なのだ。
健太郎にとってもそうだったであろうと
想像できるし
そのひとつのストーリーになにがあったかを
知ることが戦争や震災や交通事故の悲しい別れに心を寄せることができると思う。
それは他人ごとでは決してないことだから。
健太郎が会ったこともない宮部久蔵に心を寄せてその人がどんな人であったのか
聞いて歩くシーンを見ているうちに
ふと私も会ったことがなかった
三浦春馬という人がどんな人であったのか
知りたくて訪ねていた自分と重なってきてしまった。
いまは、会えない人を知りたくて
その人がどういうふうに生きていたのか
生きようとしていたのか
知りたくて 訪ねていく気持ちは
健太郎でなくても私もわかる。
宮部久蔵は、戦争が激化していく中で
特攻を志願して亡くなる。
健太郎は生きるために全力を傾けていた
宮部が最後に選択した死がどうしても腑に落ちなかった。
宮部は自分よりも年下の学徒要員が特攻隊員になっていくさまを見続けるうちに
彼らの犠牲のうえに自分の命があることに耐えられなくなってくる。
家族に帰ると約束した。
だから何を言われても、何をされても生きてきた。
でも戦争の終わった後の未来を担う彼らが
次々に死んでいき、そのうえに生き残って
いてもいいのか。
今 特攻志願することは
自分の命を自分で閉じること
狂気のような葛藤の末、
宮部は、決断する。
自分は特攻として差し違えて軍艦と死んでいくが未来の若者をひとりでも残したい。
そしてそんな若者に家族の存在を伝えたいと。
宮部は、松乃と約束していた
必ず生きて戻ると。
足が無くなっても手が無くなっても
命が無くなっても生まれ変わってでも
あなたの元へ戻ってきます。
松乃は、戦死した宮部に世話になったから
と通い続けてくれる大石に
大石に懐く清子に
ある日生まれ変わってでもあなたの元へ戻ると
言った宮部の本当の気持ちを理解して
戦後、大石と生きていく選択をしました。
その選択のうえに
清子の命があって
健太郎たちの命につながっていきます。
春馬くんの戦争への想い
春馬くんは自分の出番がないのに
戦時下のロケ地に参加して
宮部たちの演技を見守っていたということ。
将来、特攻の役がやりたいと言っていたこと。
そのことが「太陽の子」の裕之に
つながっていたのではないでしょうか。
ひとつひとつのストーリーに目を向けると
数字ではなく、それは本当に自分にも
つながるストーリーなのだと想像できます。
映画はそれを具体的に観せてくれるもの。
その映画の中に春馬くんの
戦争への想いも確かにあったのだと思うのです。
だから靖国にずっと参拝を続け
土浦に帰ったら鹿島神社に行っていたのかなと思うのです。
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