BAND☆やろう是 第十章 当日・本番まで 2
どうなる事かと思いきや、あっという間にリハの時間も過ぎ去り、後片付けを終えると後は本番を待つだけとなった。
メンバーは片付けに勤しんでいたので確認していないとは思うが、上手の袖で松平と楽しげに立ち話をしていた男達がいた。多分それが本日のトップを飾る特別待遇バンド『AMD』なのだろうと何となく思った。
楽屋に戻った時、一応智さんに報告しようとしたのだが、どこか興奮気味で話にならない様子だった。「AMDさんらしき人達おったけんね」と言うだけ言ってソファに腰掛けた。やはり声はどこの誰にも届いていないらしく、それぞれが懸命に自分の作業を真っ当していた。
何となく息を吐いて窓の外を眺めると、辺りはすっかりと夕暮れの光に包まれていて、秋を思わす風がカーテンを揺らしていた。
そういえばこの部屋には僕達しかいなかった。多分他のバンド達は本番までの余暇をどこかで様々な想いを馳せ、語らいながら過ごしているのだと思った。
智さんが言っていたように、リハの時にステージから見えた何人かの影は、他のバンドが僕達のサウンドを傍観しに来ていたのだろう。智さんがファミレスを諦めてまで他のバンドのサウンドリサーチをしたいと言った言葉がふと脳裏に蘇った。
「EARTH HEAVEN」と「TOM BOY」の音はリサーチできたと思うが、「VELVET ROOM」と「ホワイト・デヴィル」のリサーチは僕が気持ちを取乱したせいで確実にできていない。そう、僕のせいで…。
そう思うと不甲斐無さと羞恥心にやり切れなくなった。あの川沿いの道を皆で歩いた時間も、ステージ袖で慰められた言葉も、智さんなりに想いを噛み締めて過ごしていたのかもしれない。
本当に居た堪れなくなった。
他のメンバーの方を見ると、先程の興奮冷めやらぬ雰囲気はどこへやら、大ちゃんと智さんは楽器を抱えて何かを話し合っていて、トースは弦にスプレーを吹きながらボディを大切そうに拭き、イータダは膝にパッドのような物を付けて、それにスティックを軽く連打させていた。
それは当たり前のように雑念は感じられず、自らを律して来る本番までの時間を過ごしているように思えた。
「皆、ごめんっ!!」
いきなりの声に皆は驚いた様子で僕の方へと視線を向けた。
「俺が変に取り乱したけん、皆の大切な時間奪ってしもたな。ほんまごめん…。」
「岡田、俺達の事信頼していないのか?」
智さんの妙に冷静な声が返ってきた。
「歌っている時はまあよかったにしても、他の時は何か集中してないというか、どうでもいい事ばかり考えてるというか…。」
「で、でも…。」
「うるせえっ!!!」
テーブルを強く叩いた激しい音がした。
「AMDのメンバーとかTOM BOYの態度とか、そんなんはどうだっていいんだっ!とにかく今は自分の事だけ心配しろっ!!お前の雑念で皆の気持ちを狂わせるなっ!!」
そう言い放つと、智さんは早足に部屋を出て行ってしまった。イータダとトースは何事もなかったかのように、元の作業へと戻っていた。
僕は訳が分からなくなった。ただ、自分の行動を謝罪したかっただけなのに、何故怒鳴られてしまったのか…。しばらく俯いていると大ちゃんが僕の横に座って深く溜息をついた。
「智さん、ステージ袖でも言ってたじゃないか。この期に及んで、もういらない事は考えるなってね。」
「俺はただ…。」
「岡田君が考えてる事くらい他のメンバーも分かってるよ。迎えに行った時に謝ってくれたじゃないか。それで良しとしてるのに他に何を謝る事があるのさ?」
「いや、他のリハのリサーチできなかったなと…。」
大ちゃんはもう一度深く溜息をついた。
「そこで謝ってくれても、もうリハをリサーチする事はできないよ?」
それを理解しているからこその謝罪であったのに…。僕は思わず泣き出しそうになった。
「じゃあさ、智さんが何で怒ったのかは分かってる?」
大ちゃんがそう聞くとなるとその事で怒ったのではないらしい。僕は激しく首を横に振った。
「なるほど…。そりゃ智さん怒るよな…。」
大ちゃんの少し呆れた声に悲しさと苛立ちが心の中で混沌とした。しかしながらそれを声に荒げるほどの気力は起こらず、僕はずっと俯く事しかできなかった。
「岡田さん、ちょっとええ?」
細い声が聞こえてきた。やっとの想いで顔を上げると、トースが心配そうにこちらを眺めていた。
「智さんな、メンバー一丸となってこのライブに望みたいと思っとるんよな。そりゃ、岡田さんは岡田さんなりに色々考えとるんじゃとは思うけど、なんか違うとこ見すぎと思うんじゃわ…。」
大ちゃんとトースの言葉が僕の胸に突き刺さった。
「岡田君の周りの事をよく見る態度はすごく尊敬すべき点だと思う。でもな、はっきり言うとそんな事、実は周りにとってどうでもいい事だったりもするんだよ。それに、謝られっぱなしだと、いちいち顔色見られてるのかなって逆に不安になったりもするしね。言葉一つ足りないくらいでさ、機嫌損ねるような関係じゃないじゃん?なあ?」
イータダとトースは深く頷いた。
「信頼の元に音楽の形ができて、皆は今それだけを見てるんだって智さんは言いたかったんだよ。まあ、本番前で多感だから声を荒げたのかもだけど、それはもうおあいこという事でっ!」
そう言って僕の肩に手を乗せた温もりと、大ちゃんの笑顔が眩しかった。
「練習の待合とかでも、話し合いでも、いつも冷静に周り見とってくれて皆感謝しとるよ。なかなか決まらんかったヴォーカルを頑張ってここまでやってきてくれた事も。今日、頑張ろうやっ!」
括りつけたパットを叩きながらイータダは涙ながらに叫んだ。
そうだ。その通りだ。
特に何もないところから始まって、様々な人達に支えられて今日に至っ
ている。「ホワイト・デヴィル」の一説じゃないが、今は戦時真っ只中なのである。自分の過ちで周りを狂わす結果を招く。だからこそ同じベクトルに標準を合わす必要があるのだ。
冷静に考えるとライブが始めてなのは他のメンバーも同じ事。なのに他のメンバーと僕のこのかけ離れた差は何なのだ…?
多分それは覚悟なのかもしれない。
ライブに対して漠然とした考えを未だに捨てきれない自分がいる事にようやく気がついた。だからこそ周りの事が気になり、様々な事を思ってみるが、本当に大切な物を感じ取れず、皆を不快にさせてしまった。
こんな自分に愛想を付かせずに諭してくれたメンバーには謝罪の言葉ではなく、感謝の言葉が当たり前だと思った。
本番はこれからである。まだ遅くはない。
「俺な、今晩の本番は地盤をかため…。」
「ちょっとまて…。」
喋り始めた僕を大ちゃんが手を差し出してけん制した。まさかダジャレのようになっていた言葉を突っ込まれたのではないかと内心ヒヤリとした。
「何か変な音、しないか…?」
一同は耳を澄ますと、入り口の向こうから何やら不穏な物音がして、メンバーは思わず顔を見合わせ、首を捻った。
ビニールが擦れあう音と苦しそうなうめき声。そして踵が響く音。ゆっくりと近づいてくる音がどこか生々しく、不安を煽った。そして入り口手前でガタッと一つ激しい音がして沈黙した。
そして…。
『どかっ!!!!』
「あー。重いっ!皆、眞由美さんからの差し入れ持ってきたよっ!いっぱい食べて本番頑張ってってさっ!ん?あれ?どうした?」
音の主は智さんだった。すごい剣幕で出て行ったはずが、そんな雰囲気などすでに微塵もなく、むしろ爽やかな風を身に纏うどこかの少年漫画の主人公のような笑顔を浮かべていた。
手のひらを返したような態度に戸惑っているのは僕だけではなかった。
大ちゃんは座ったままの石像のようになり、イータダは弦にオイルスプレーを掛けっぱなしのまま固まり、イータダはパットではない部分。つまり太もも辺りを連打しながら口をあんぐりと開けて、それぞれ入り口前に立つ智さんの方を見尽くしていた。
「おい、おーいっ!」
上機嫌に大きく腕を振りながら近づいてくる智さんの姿で皆は気を取り戻し、犬のようにふるふると頭を揺らして息を吐いていた。
「と、 智さんっ!!」
「あ、岡田。さっきはすまなかったな。」
「いや、俺は…。」
様々な想いが胸の中から溢れ返り、不意に涙が零れ落ちそうになる。伝えたい気持ちが多すぎて形にならない声。詰まる言葉がもどかしかった。
「俺の気持ち分かってくれたならそれでいいんだ。さあ、せっかくの差し入れだ。冷えないうちに食べよう!」
智さんはそう言って、机に置かれたやけに長く太いビニール袋から無駄にでかいナイロン製の器五つを並べた。蓋の部分は透明で、中身はどうやらカツとじ丼らしい。戦に勝つに因んでの事なのだろう。そこに眞由美さんの歳…。否、ユーモアさを感じる事ができた。
一括して狂った歯車を正常にさせる行動や、今し方場を盛り上げる為に明るく振舞う仕草。それは全てバンドを思う気持ちであり、智さん自身の優しさだと思う。僕はこれ以上それに甘んじる事などできないのは明白である。もちろんイータダやトース、大ちゃん達に対しても然り。
記憶に残る情景や、この胸にある想いを纏めて皆に伝える唯一の言葉。そう、この言葉に尽きる…。
「み、皆んなっ!!!」
僕は満面の笑顔をメンバーに浮かべ、叫んだ。
「本当にありがとうっ!!ライブいいものにしようっ!!」
僕は深々と頭を下げて皆を見渡すと、器を持ったまま今にも弾け飛びそうな笑顔になっているメンバーの中、何故か大ちゃんが男泣きに泣いていた。
「だ、大ちゃん…?」
声を出さず、止め処なく溢れる熱い涙もそのままに、じっとこちらを見ながら泣き腫らしている。
イータダとトースも器をしっかりと持ったまま、しくしくと泣き始めてしまった。これはまさか小学校でまれに起こる、取り乱して泣き始めた子の周囲にいる子達も何故か泣き始めてしまうという、いわゆる釣られ泣きという現象なのか…?
せっかくいい場面なのに男三人が泣いているのではうまくない。何とか気の利いた台詞はないものかと、僕はぐるぐると考え巡らせた。
「ごめんなさい…。こんな時、どんな顔をすればいいかわからないの…。」
件の毎週欠かさず見ているアニメの中の名台詞である。この言葉しか思い浮かべる事ができず、口から出任せた。
すると大ちゃんは、くしゃくしゃの顔のままで言葉を詰まらせながら何かを呟いた。
「うぐっ…。わ 笑えば…いいと…思うぜ…?」
そう言って何を想っているのか、瞳を閉じて拳を硬く握らせていた。というよりも、大ちゃんからあの名場面を彷彿させる続きの台詞が聞けるとは思ってもみなかった。
どこか異様な雰囲気を感じ取り、ふと隣に目をやると、何故か智さんが目の周りに影を宿らせて小刻みに震えていた。そして…。
「ひどいじゃないかっ!これでは道化だよ…。」
いきなりの叫び声に、イータダとトースは泣くのを止めて、何が起こったのか理解できない表情を浮かべながら、何かを探すように天井の方へ指差しながらきょろきょろとしていた。大ちゃんは相変わらず泣き顔のまま、どこか悲壮感のような雰囲気を醸し出しながらぼんやりと智さんを見つめていた。
いや、ちょっと待って欲しい。智さんの言葉に疑問を感じる者は誰一人としていないのかという事が何よりの驚きである。何がひどいのかさっぱりわからないし、どうして道化になるのかさえよくわからない。
確かにこれも名台詞には違いないのだが、それよりも違うアニメの台詞をしなりと引用した智さんの、なんと申せばいいのか…、いわゆるアレに僕は困惑した。
混沌とした雰囲気が立ち込めるこの場所を、なんとか元に戻さなければならない。そうしなければ、眞由美さんが用意してくれた愛情たっぷり(?)の差し入れを食せないではないか。まあ、買ってきたものだとは思うが…。
とりあえず、止まった時を元に戻すように僕は大げさな声を上げた。
「と 智さんっ!どしたんよっ!?」
「だ…大ちゃんが…。大ちゃんが…。」
相変わらず目を窪ませて肩を戦慄かせながら智さんは呟いた。
「だ、大ちゃんが…どしたん…?」
「…台詞の続きを…、言った…。」
「…はっ?」
この人が何を言ったのか、はっきり理解できなかった。
確かに大ちゃんが某アニメの名場面を知っていたのは僕も驚いたのだが、それに対して智さんがここまでショックを受ける意味も理解し難い。
そんな大ちゃんは聞こえていない振りをしているのか、遠くの空を見つめながら、変わらず泣き腫らしていた。
「と 智さん?ええやんそれくらい…。どしたんな?」
すると智さんは目に光を宿し、やがて激昂した。
「よくないよっ!!大ちゃんはいつもいつも俺の事、オタクだなんだって言ってきてたんだよっ!?なのに…なのにっ!なんだかんだ君も知ってんじゃないかっ!?どうなんだねっ!?説明したまえっ!!」
叫びながら大ちゃんの肩を掴みぶんぶんと揺さぶっていた。
「あはははははっ!あはははははっ!」
激しく揺さぶられながら笑っている大ちゃんはどこかブリキ細工のようで、先ほどの泣き出した時といい、今といい、まるで何者かが彼の身体に憑依していると思わせるほど、いつもと違う有様である。もしかすると、ライブというプレッシャーが皆を…。もとい、智さんと大ちゃんでさえここまで狂わせているのかと思った。…が、はたまたこれが素なのかもと思わざるを得ない。人は境地に立たされると己を出すものだと昔読んだ本であった気がする。いや、今は想いに浸っている場合ではなかった。
揺さぶる手を跳ね除け、大ちゃんは前のめりの体勢で静かに言った。
「ああ、そうさ…。君が俺の側で四六時中アニメの話をしているもんだから、俺もいつしか染まっちまったんだよ…。でかい人造人間のアニメだけじゃなく、あのロボットアニメもなっ!!!」
「ロボット…だとっ…!?。せめてMSと言いたまえっ!!!」
智さんが大ちゃんの肩を強く弾くと、そのままソファーへと吹っ飛んだ。そのまま静寂の時間が訪れて、お互い激しく睨み合いながら、指折り数えるような時が過ぎていく。
この類のやり取り、前にもあったような気がする…。どうでもいい内容での二人のいがみ合い。安いドラマのような展開…。
「あっ…。」
「どうした岡田…?」
「いや、なんでもないっす…。続きをどうぞ…。」
不機嫌そうに視線を向けた智さんを、もはや相手にする気すら起きなかった。練習後のミーティング内で勃発した二人のやり取りを思い出したからだ。それに何の意味があるのかは未だ理解できないのだが、おそらくこれは特殊な二人のコミュニケーションか何かなんだろう。とりあえず飽きるまでこの茶番劇を傍観する事にしよう。
二人の沈黙を破ったのは智さんの方だった。
「大ちゃん…。ならば改めて尋ねる事にしよう。君はオタクの仲間入りをしたという事なのか…?」
ソファーにふてぶてしくもたれ掛かっている大ちゃんは、薄笑いながら智さんを睨みつけた。
「オタク…?俺を君と一緒にされては困るよ…。俺は君に感化されただけだと言っているっ!!!」
「なん…だと…!?君は俺に合わせているだけだというのか?ならば何故岡田が君に与えたあの謎を容易く解明する事ができたのだ…?明確に答えよ…。」
んっ?謎?話の流れが推理ドラマか何かにリンクしたらしい。どこか面白そうな展開になりそうだと思った。
「ははっ…。オタクじゃなかったらあの謎を解けないだなんて、あんたどうかしてるぜ。あんなもの、今となれば誰でも分かる事なんだよっ!!」
大ちゃんの訴えに智さんは、小刻みに肩を揺らしながらも、まるで平然を装うように髪を掻きあげながら笑顔を浮かべていた。僕は『誰でも分かる事ではないと思うよ』と素早く突っ込みを入れたかった。
「誰でも分かる事か、言ってくれるじゃないか…。アクマで君は自分をオタクじゃないと言い張るのだな?」
「ああ…。俺は決してオタクじゃないっ。君に騙されていただけなのかもしれないな…。」
んっ?また少し話の展開が変わったぞ?というよりも前回よりも話が長すぎてどこで収集を着けるつもりなのか分からない。
いきなり智さんが大ちゃんに掴みかかった。
「騙されたとは何だっ!!君は既にオタクの仲間入りをしているんだっ!認めたまえっ!」
大ちゃんの首下を締め上げて怒鳴り散らす智さん。それに対して特に動じず薄笑う事を止めない大ちゃん。
「認められないな…。俺はオタクじゃない。」
「君はオタクだっ!」
「オタクじゃないっ!」
「なんだとっ!」
「何をっ!!」
遂にコラボレージョンの真骨頂。ここまでいったら一体どうやって収めるのか予測不可能となった。二人は掴み合いながら転がり合うだけで、特に拳を上げる事はない。いい加減見飽きたら仲裁に入ろうとしたその時…。
「君達、やめなさいっ!!!」
入り口の方から何者かの声がして振り向くと、そこには丸刈りで学ラン姿の五人組が横一列でそれぞれこちらに手を翳しながら立っていた。
「話の一部始終は聞かせて頂いた。」
「一つ、一見モテそうな容姿で。」
「一つ、人前ではオタクを語り。」
「一つ、しかしながら問われれば否という輩を…。」
チョーン、チョーン、チョーン。チョチョチョチョチョっっっ!!!!
「これぞ許すまじとしてなんといようぞっ!!!」
『いよぉぉぉぉぉぉぉっ!!』カカーンっ!!!
五人同時に首を回して右足をどかっと前に出した。
「許すまじっ!!!」
大ちゃんに向かい五人が首を揃えて叫んだ。
まさかまさかのホワイト・デヴィルの予期せぬ登場であった。これには流石の二人も驚いた様子で、まるで狐に摘まれた子供みたいに口をパクつかせながら呆然と五人を眺めていた。
それでもホワイト・デヴィルの進撃は留まる事を知らない。
いきなり、一番右側にいる胸元に緑のワッペンを付けた男が一言。
「大ちゃんさん。オタクを馬鹿にしちゃいけんよ。」
続いてその左隣の黄色いワッペンを付けた男が一言。
「それなりに人の役にもたっているのだ。」
真ん中にいる男を避けてそのまた右隣にいる青色のワッペンを付けた男が一言。
「智さんとやらはなかなかその手に精通している様子で…。」
一番右側にいる紫のワッペンをした男がまた一言。
「貴方、グッジョブだっ!!」
そして、真ん中にいた赤いワッペンを付けた男が最後に締めた。
「智さんとやら、先ほどはステージでの無礼、誠に申し訳なかった。そこではそうするしか術はなかったのだ。」
そう言って足を肩幅ほど広げて、腰を割って頭を下げた。それはまるで仁侠映画のワンシーンのようで、このご時世にこんな侘びの入れ方をする人がいるんだと思ってしまった。
「いや、いいんですよ!お気になさらず!!」
いつの間にか気がついた智さんは、額に薄く汗を浮かべて両手をぶんぶんと振りながらどことなく照れた感じで言った。そしてどこか嬉しそうでもある。
赤ワッペンは満足そうに一つだけ力強く頷くと、すぐさま真面目な顔つきになり智さんを睨んだ。
「ならばよかった。下世話かもしれないが本番前に内輪もめは止した方がいい。」
「ああ、あれね…。まあ、うちのちょっとしたイベントのようなものでして…。」
勝手知ったる仲間からすると、とんでもない爆弾発言である。何となく気がついていた僕はさておき、イータダとトースは絶句して智さんの方を見尽くしていた。後のお二方はというと居た堪れない様子で俯いている。
「この期に及び言い訳はいい。見るに見かねて老婆心で立ち入っただけだ。お互い本番を控えている。これにて…御免。」
赤ワッペンの言葉を合図に、ホワイト・デヴィルのメンバーはまるで風が煙を運ぶように次々とどこかへ消えていった。残響だけがその場をこだまして、彼らの消えた後をなぞるように呆気に見尽くしているZEALメンバー達。
開いた窓から入る風はすっかり夜風に変わり、生温い感触が舐めるように僕達の側を通り過ぎていく。
「あ、弁当…。食べよっか。」
智さんの声で改めて時が動き出した。
「うん…。」
皆は改めて、その無駄にでかいカツとじ丼を手に取り、それぞれソファーに腰掛けて食し始めた。
一体全体、どこからどこまでがリアルなのか分からなくなってしまったが、とりあえずホワイト・デヴィル達が僕達の混沌を治めてくれた事だけは確かである。彼らのステージは袖横で拝見する事になるだろうから、感謝の念を込めて曲を聞かせてもらおうと思った。
冷えたご飯も温かく感じるのは眞由美さんの心遣いだと思い、本番への意気込みを硬く心に誓いながら、やがて完食させた。
時は確実に、近づいている。
当日・本番まで 2おしまい 第十一章 本番に続く
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