第39回文学フリマ東京で売る本 製作日誌12
文フリの本が届き、完成の余韻に浸り終え、最近私はポケポケを息子とやっている。ポケポケは20枚のポケモンカードで手軽に対戦できるポケモンカードのアプリで、パックの開封感がリアルだし、開けたカードは自動で整理してくれ、手に入れたカードのファイリングもアプリでできるので、紙のカードよりもこっちのほうがいいんじゃないかとさえ思えてくる。
そこで思うのだが、電子書籍が新しい技術としてやってきた頃のことだ。ソニーや楽天のコボ、バーンズノーブル書店の端末など沢山の電子書籍リーダーが作られ、電子書籍書店が乱立した頃のこと、kindleの自費出版がまだ日本語に対応していなかった電子書籍元年とも言えるような2010年、文学フリマならぬ電子書籍フリマ、略して電書フリマというイベントがあった。パズルゲーム「ぷよぷよ」の生みの親米光さんが主催するイベントだった。まだ牧歌的でフレンドリーだったツイッターでの出会いをきっかけに、私も一冊の電子書籍を作り出品した。電子書籍の即売会のようなイベントだ。
青山のレンタルスペースが会場だった。ブースなどはなく、受付は一つのみ、欲しい電子書籍をiPadで購入するというような即売会で、長蛇の列ができた。本の文化のなかで、これまでなかった何か新しいものが生まれているような気がしていた。
今思えば、電子書籍といっても、結局はEPUBファイルは拡張子を変えれば、中身が開けてしまうhtmlの一種だったし、FIX型は、平たく言えばPDFだった。リーダーはスマホで充分だし、販売するプラットフォームが重要なものだったと気づいた。
しかし、ポケポケは違うと思った。紙のカードの不便さ、カードの整理や試合の運びなどが電子化することでとてもスムーズだし、データでも所有感が感じられた。紙では表現できない、カードに書かれていない部分の世界を眺めることができる特別なカードの存在も良い。それにカードが折れたり汚れたりしないのも良い。
いずれは、ポケポケのカードを仮想通貨で売買できたりしたら尚良いと思う。現行の日本の法律ではできないのかもしれないが。ポケポケこそ私たちが思い描いていた理想の電子書籍的な存在だと思う。
ポケポケのカードの中にプテラというカードがあるのだが、カードの効果は、エネルギーを2つつけると、技が出せて、コインを投げて表が出ると、相手のカードを倒すのではなく、山札に送り戻すことができる。戦いに勝つというよりも、プテラのカードで、勝つか負けるかのスリリングな盤面で相手の進化した強いカードを山札に戻す、というのがうまく成功する瞬間が好きだ。
今回の文フリは、私は書かなかった。編集に徹した。家族が書いた文章をできる限り、良いものになるよう追走した。ポケポケのプテラのカードのようにスリリングな綱渡り、独特な時間の流れ方、けれど心地いい瞬間がある、そんな編集のやりとり、そんな本が完成した。
12/1の文学フリマでブース(n33-34)にきてくれた人は、私の作った本を買った後に、気軽にこう話しかけて欲しい。
「バトルしようぜ!」
スリリングなバトル、ポケポケをぜひ一戦やろう。