ボーイズ・ネクスト・ドア

明日は土曜日。つまり僕の住む杉並区では燃えるゴミの日です。なので夕方、仕事がひと段落したところでゴミを出そうと思い、二階建てアパートの階段を降りると、見覚えのある顔に遭遇しました。彼は一瞬僕の顔を見てから、僕の降りてきた階段を上り、我が家の隣の部屋へと入っていきました。彼と会うのは実はこれが初めてのことでした。

ではどうして僕が彼の顔を知っているかというと、彼が部屋を出たり入ったりするのをドアスコープから見ていたからなのです。うちのアパートは変わった造りをしていて、こちらの部屋のドアと隣の部屋のドアが垂直に取り付けられており、彼が鍵を開け閉めするのをじっくりと見ることができるのです。

こういう書き方をすると、僕がまるでストーカーのようですが、実際にドアスコープを覗いたのは数回で、隣に住んでる人はどんな顔をしているんだろう、というのが気になったからなのでした。

彼の前には、中肉中背の眼鏡を掛けた男が住んでいました。彼はいかにも気弱そうで、よく独り言で弱音を吐いていました。深夜にかかってくる親御さんからの電話が彼の救いのようでした。うちのアパートはボロいので壁越しに声が聞こえてくるのです。しかし彼は、職を失い、おそらく実家に帰ってしまいました。それが今年の初めくらいのことです。

それからしばらくの間、隣人のいない生活が続きました。それはとても快適なものでした。夜遅くに電話の声で起こされることがないというのはありがたいことです。それに隣を気にすることなく声を出すことができるのです。僕は久しぶりに朝から晩まで歌をうたいました。

しかし平穏な日々はあっという間に終わりを告げます。第二の男が越してきたのです。彼の特徴は低い声でした。まるで重たい机を動かしたときのような低音は、けっして大きくない声であっても、壁を伝って部屋中、いや建物中に響き渡ります。そして彼もまた、よく電話をする人間だったのです。

この地震の震源はどんな顔をしているのだろうと、ドアスコープを覗くと、顔見知りではあるものの一度として話をしたことのない僕の知人に、彼が似ていて、少しだけその知人のことが嫌いになりました。

さらに彼は短髪でした。実は最初に声を聞いた瞬間から、この人はきっと短髪だろうという確信が僕にはありました。というのも彼の声は低いのに加えて、真っ直ぐなのです。何を言うにしても言い淀むことがなく、一音一音が均等にはっきりと聞こえるのです。そういう声の持ち主が髪の毛を少しでも伸ばすわけがないのです。

お気づきの通り、僕は彼が割と嫌いです。悪意を持って何かされたわけではないのですが、オンボロアパートに住んでいる以上、隣人を憎んでしまうのは、避けがたい運命なのです。そして彼と目が合った一瞬で、彼に対する嫌悪感が漏れ出してしまわなかったかどうかだけが心配でした。そんなことを考えながらゴミを出し、階段を上るとドアの前で隣の部屋が少し静か過ぎる気がしたので、できるだけそちらから顔を背けるようにして自分の部屋に入ったのでした。

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