【論文紹介】学歴・金融教育・行動バイアスが金融リテラシーに与える影響
★引用論文★
鈴木明宏,高橋広雅,竹本亨.2020."学歴・金融教育・行動バイアスが金融リテラシーに与える影響――「金融リテラシー調査(2016年)」を利用した分析".山形大学大学院社会文化システム研究科紀要,第17号(2020),53-68
◆論文のポイント◆
これまでの研究から,著者は消費者の金融行動については合理的でない意思決定が行われている懸念があり,行動経済学的なバイアス(以下「行動バイアス」)と金融行動・金融リテラシーとの関連について関心を持っています.だからこの論文で,4つの行動バイアス(横並びバイアス,近視眼バイアス,損失回避バイアス,自信過剰バイアス)が金融リテラシーに与える影響と消費者の属性要因(学歴など)が金融リテラシーに与える影響の両面から調査しています.
調査手法は,「金融リテラシー調査(2016年)」のアンケートデータ(全国の18~79歳の個人25,000人)を用いた定量的な分析です.
調査結果としては主に,「行動バイアスが金融リテラシーを引き下げてい
ること」ですが,これは「従来の金融教育では,消費者は必要な情報・知識さえあれば,自らの意思によって,ニーズに見合った合理的な意思決定や行動ができるということを暗黙の前提」(金融広報中央委員会(2012))がそもそも間違っている可能性を示唆している.
調査結果から,著者は「これからの金融教育においては,自らの意思決定
において行動バイアスがあることを認識させることも重要である」とし,「現状維持バイアスを利用した確定拠出型年金における望ましい投資対象を初期設定とするようなナッジの考え方を金融商品にも導入することを検討すべきである」と結論付けています.
◆私見◆
出ましたね,ナッジ(笑)社会科学系だとよく出てくるテーマの1つだと思います.
ナッジ(nudge:そっと後押しする)とは、行動科学の知見(行動インサイト)の活用により、「人々が自分自身にとってより良い選択を自発的に取れるように手助けする政策手法」,出典:第311回 消費者委員会本会議資料
ちょっとしたきっかけを与えることで,消費者に行動を促す「ナッジ」ですが,投資行動にも適用させていこうというインプリが述べられていました.そもそもナッジとは,その物や現象の良し悪しに対する客観的な絶対評価よりも,物事をどう感じるかという主体的な比較評価により消費者の選択が左右される心理傾向を利用したものになります.
男性の方々にはおなじみのやつですが,利用者は無意識にハエを目掛けて用を足すので,清掃員の作業が減ったという結果もあります.単に「トイレを綺麗に使ってください」と張り紙を貼るよりもハエの絵は効果的だと言えます.これがナッジです.利用者は"なんとなく"行動するのです.
さて話を戻すと,本稿は「行動バイアスが金融行動における合理的な意思決定を妨げる」という話でした.消費者に対して地道に金融教育を行うよりも,ナッジ理論を活用してうま〜く資産形成をさせた方が手っ取り早いのでは?という切り口になります.(私の飛躍的な解釈ですw)
著者は,ナッジの例としてiDeCoを挙げていました.確かにiDeCoは節税効果もあり元本確保型の商品もあるので,現状維持バイアスには適していそうです.ただ,iDeCoやNISAで初期設定で(自動的に)するというのはもはやナッジではなく,めちゃくちゃ予算がかかりますし国家戦略並の政策の位置付けになります.ナッジとは,そういうハードウェア的なデザインとは違うような気もしますので,ナッジ理論の範疇では語るのは無理があるなと個人的に感じました.
じゃあ何がナッジ理論の範疇でできるかと言うと,思い当たるソフトウェア的な解決策としては「証券会社のオススメ商品に手数料が高くパフォーマンスが悪いものを置かない」ことでしょうか?(笑)実際問題,証券会社がそこまで優しくするわけはないので,政府(金融当局)が圧力かけたり規制をかけたりする必要があると思うので,一筋縄ではいかなそうです.
あとは単純に,「周りがやってるから自分もやってみる」という同調圧力(バイアス)も考えられそうですが,日本社会で投資の話は何かとタブーになることも多いので,現段階ではなかなか難しいところですね.
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