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生き写し
生まれて間もなく、長男の顔立ちは「父親にそっくり」と周りから言われるようになった。最初は「そうか?」と疑ったが、どことなくムスッとした表情、やや受け口気味の大きめの顎、ほっそい目の仏頂面は父親と瓜二つ。不名誉この上ない。
そしてそれは顔だけではなく、やや卑屈な性格と注意欠陥、それでいて何かに集中するとなかなか抜け出てこない、極度の負けず嫌い、寝付きが悪い、などなど。これは父親である自分が自覚しているものとほとんど一緒であった。
ここのところ北海道の家に戻ると、しばしば部屋の中を何かの空き箱や、トイレットペーパーやラップの芯などをガムテープで固定した、得体の知れない制作物が立ち並び、奥さんが呆れた顔でそれを片付けるというシーンが増えていた。長男が「制作」に没頭しているらしく、家の中はその作品で埋め尽くされている。その制作物は主に「武器」である。これは明らかに、うちの家系を継ぐものの特性である。ちなみに長男の祖父つまり自分の父は手先が器用で、ゴム板に十二支の絵を彫らせたら右に出るものはなく、毎年の年賀状のクオリティたるや凄まじいものがあった。そしてその長男は商社へ就職したがすぐ辞めて大工に転身した。その弟は、大した教育も受けないまま独学で音楽を仕事にしてしまった。皆、勝手に何かに没頭してそれなりに極めてしまう特性の持ち主である。生粋の職人家系。これがいわゆる発達障害によるものなら、うちの家族の過半数はそれに該当するだろう。
この、周りから見れば少々危うい特性に、父親としては大いに共感を覚えてしまう。それが何かの障害に起因するものだとしても、価値のある個性に思えるし、そうでないと自身の存在も危ぶまれてしまう。これは良し悪し以前に生存本能に起因する自己防衛なのかもしれない。
ただただ増えるゴミやガラクタに辟易する奥さんを尻目に、僕は長男にいくつか忠告をした。「どうせ作るなら上質なものを作れ」「手は抜くな」「人の役に立つものを作れ」「疲れたら休め」などなど。たかだか折り紙や指編み、トイレットペーパーの芯を切り刻んで遊んでいる最中に親父からこんな訳の分からないことで説教されていたらたまったものではない。しかしながら、これらはおそらく、本人の人生において軸になってくるはず。そしていま現在作られているガラクタについては、傷つかないように「いいじゃん〜」と適当に持ち上げておいた。
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