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2週間、家電無しで生活してみた話


離婚をして、我々はふたりとも引っ越しをすることになった。となると、必然的に家電をどう分け合うかという話になるわけだ。私は身軽な方が色々動きやすかったので、ドライヤーとかカメラ等の小さいものだけ貰って、あとの大物は全て元夫が持って行くことになった。ただ私が家を出るのは彼の引っ越しの2週間後なので、その期間は家電無しで生活をすることになる。

私がしばらく使えない家電を具体的に上げると、

・冷蔵庫

・洗濯機

・電子レンジ

・トースター

・炊飯器

・ケトル

である。ちなみに2週間のうち後半分は光回線インターネットとWi-Fiも無くなるというスケジュールだ。友人に話したら「もうそれ被災者じゃん」と言われて思わず笑った。が、私はこれも人生経験として面白そうだなと思ったので、しばらくの家電無し生活をやってみることにした。実際にそういう生活を選んでいる方も世の中にはいらっしゃるようだし、電気もガスもあるのだから死ぬことはなかろうという軽い気持ちだった。


食事のこと(前半)

ガスと鍋はあるので、パスタにレトルトソースをかけたものや、袋ラーメンにわかめや乾燥野菜を入れたものなど、序盤は乾麺が中心になった。野菜やお肉が食べたくなったらその日に使い切れる分だけ買って調理すればいいか~と思っていたけれど、実際には離婚に伴う手続きや荷造りの中にそんな余力はなく、栄養不足が懸念されたのでビタミン剤と粉末を溶かすタイプの青汁を義務として毎日摂取するようにしていた。

もともとは冷凍食材や卵や余り野菜などで簡単な自炊をして栄養管理をするのが好きなタイプだったので、食事面ではけっこう精神的に消耗した。普段はあまり食べないようなスナック菓子を食べる頻度も上がった。人は空腹ではなく栄養不足によって「口寂しい」という感覚になるそうだが、私もその状態になったのだろう。明らかにビタミンもたんぱく質も食物繊維も不足していた。

それと本当に恋しくなったのは、アイスと牛乳。これには飢えた。毎日のリラックスタイムのお供にしているココアやミルクティーが飲めないし、食後のお楽しみの棒アイスも食べられない。さすがにこれはちょっとすさむ。

そしてパンも買わなくなった。安物のパンもトースターで焼けばけっこう美味しくなるけど、常温でそのまま食べるならちゃんと美味しいパンを買わないとつらいものがある。節約のためにもパン屋には行かないと決めて過ごした。


飲み物のこと

基本的には水道水か、鍋でお茶を煮出したものを飲んでいた。友人が送ってくれたハーブティーには本当に助けられた。美味しいお茶は気持ちもやわらぐ。食べ物でちゃんと満足できないなら飲み物でQOLを上げた方がいい。大好きな牛乳はないけど…。

冷蔵庫がないので冷たい飲み物は飲めない。氷も作れない。夏だったらだいぶ辛かったと思うが、自分はとりあえずは苦にはならなかった。ただ、冷蔵庫のある家に来た日は即行で紙パックのジュースを買った。やっぱり冷たいジュースもたまには飲みたい。


洗濯のこと

洗濯機がないので、必然的に手洗いとなる。私は入浴のついでに洗濯をして、夜から部屋干しして、朝に外に出して日光に当てるというサイクルでまわしていた。

手洗いの大変さは洗う事そのものではなく、人力でのすすぎと脱水にある。洗剤が布に残っていると布が傷んでしまうので、きちんとすすぎきるというのは意外に神経を使う。脱水は甘いと本当に乾きづらいし、逆に雑巾しぼりみたいに脱水に力を入れすぎると服が型崩れを起こす。

ということで、着る服や使うタオルは「手洗いに向いているもの」に偏っていくこととなる。ガーゼのタオル、ユニクロの扱いやすい加工のされたTシャツ、シーチング布で自作したズボンで生きていた。ジーンズやスウェットなんかは人が日常的に手で洗うものじゃない。寒い日はタイツやヒートテックで補助して暮らした。薄さとは乾きやすさであり、それすなわち正義である。

それとやはり大変だったのはシーツだ。頑張って脱水しても人力には無理があり、抱えて通った跡には水滴がこぼれていた。冬や梅雨の時期だったらコインランドリーのお世話になるしかなかったと思う。春の陽差しよありがとう…


睡眠のこと

睡眠と家電は関係なかろうと思われるかもしれないが、電子レンジがなくなったことによって私の愛用品「レンジでゆたぽん」が使えなくなってしまった。私はストレスが増えると慢性的な腹痛に悩まされるので、入眠の際に腹部をあたためてくれるものが無いのはつらかった。腹巻では補えないぬくもりがそこにある。ブランケットで腹部をぐるぐるに巻いて胎児のように眠った。


掃除のこと

大きなものが無くなった分、掃除は格段にしやすくなった。これだけは明確なメリットである。家を賃貸に出すということもあり、洗濯パンとか冷蔵庫の裏とか、引っ越しで物がどかされた時に「おおう…」となるような場所を細々と時間をかけて掃除できたのは良かった。


一週間が経過、インターネットとWi-Fiが無くなる

インターネット中毒で配信ジャンキーの私は、序盤の一週間は引っ越し作業よりも優先的にとにかく毎日配信をした。その後はしばらく休止せざるを得ないということもあり、普段よりモチベが高く楽しんで活動した。

そして7日目、契約が切れる日の夜にぷつんと家からインターネット回線が消失した。〇日まで、という契約でもその日の0時をまわる前にネットは切れるのだと知らなくて普通にびっくりしてしまった。直前までしるだちラジオ(というコラボ配信)をしていたので後から冷や汗をかいた。ラジオはちゃんとやり切れて本当に良かった…

家事をしていても食事していても何らかのYoutubeを流している程度にはYoutube中毒なので、やはり暇を持て余すことになる。ソシャゲのイベントでもやるか~とソシャゲを起動すると「アップデートパッチがあります(※Wi-Fi環境での読み込みを推奨します)」と言われて思わず天井を見上げた。あれ…?私は何をして生きればいいんだ…?


とりあえず、PS4を遊ぶためだけに存在していたテレビを久しぶりにつけてみた。録画したままになっていた年末の番組をなんとなく消化してみたり、久しぶりに月9のドラマなんかも見てみたりした。イチケイのカラス、HEROを彷彿とさせるような感じで私は結構好きです。

普段まったくテレビを見ない人間がテレビをつけっぱなしにしてみると、あまりの情報量の多さに少し疲れる。ニュースでしつこいくらいに深刻な数字を何度も聞くことになるのは精神衛生的にあまりよろしくなかった。でも無音の中でタスクの山に埋もれているともっと気持ちがつらくなるので、それでもテレビはずっとつけていた。バラエティ番組はうるさいから苦手だなあとずっと思っていたけれど、うるさいことにも意味はあるのだなと初めて思った。人生はうるささに助けられることもある。

やはり人間は忙しかったり疲れていると受動的なコンテンツしか享受できないものだ。気になっていたswitchのゲームの体験版をいくつもダウンロードしておいたのにひとつもプレイしなかった。録画していた映画も体力的に見れなかった。

でも布団に入って、少しでも心を和ませたい…凪の状態になりたい、あるいは何かしらの「人間」に触れたい…でも普段見ているような配信は見れない…となったら、通信的に負荷の低い文字メインのコンテンツによく触れるようになった。noteを毎日更新するようになったのも、自分が配信したり、誰かの配信でコメントをしたり、そうして発していた自分の言語や感情を代わりにアウトプットしたいという欲求が大きかった。noteは自分にとってかなり使いやすくて、出会えてよかったツールだと思っている。

ちなみにソシャゲのアップデートは区役所の手続きの待ち時間に公共Wi-Fiの下でやらせて頂きました。区の行政、Wi-Fiをありがとう。


食事のこと(後半)

さて後半には乾麺類も無くなったが、「引っ越し前にわざわざ買うのもなあ」という気持ちだったので、クリーム玄米ブランやカロリーメイトや非常用の缶パンなど、食事はいよいよ被災者じみたものが多くなっていった。食器や大きい鍋の梱包も並行して行われているので、最終的には琺瑯の小鍋と木製のお椀ひとつで全てをなんとかしていた。普段はあまり口にしないカップ焼きそばやカップうどんも食べた。とにかくとにかく米が食べたい日々だったが、まず米自体がないから鍋でも炊けないし、安直に外食してしまおうという程まだ金銭的な予定感が定まっておらず、もともと外食にお金を使うことが気持ち的に負荷があるタイプなので牛丼屋にすら行かなかった。

一度だけ「本当にあったかいものが食べたい、野菜を食べたい」という気持ちでいっぱいになり、食事のデリバリーサービスの初回特典を使って野菜たっぷりスープの定食を届けて頂いた。それを食べていたら無性に泣けて泣けて、自分がいかにさもしい気持ちになっていたかを思い知った。あとから体重計に乗ってみたら36キロ台になっていたのでかなり痩せてしまっていたのだろう。(ちなみに身長は150センチです)


今引っ越した友人宅では、いつもは小食な私が米をよくおかわりするのを見かねてか、多めに炊いて米が気軽にいつでも食べられるように小分けに冷凍保存してくれている。本当にありがたい。いっぱいお米たべたい。お米だいじ。牛乳もあるからココアも毎日飲める。幸せだ。


家電もWi-Fiもあるおうちに引っ越して思う事

私は今、友人宅で家電とWi-Fiの恩恵をありがたく受けている。冷蔵庫で食材が保存できる。冷凍もできる。レンジもトースターも使える。ボタンひとつで洗濯物が脱水までされる。野菜とお肉をおかずにお米を食べてお腹いっぱいになれる。Youtubeで大好きな動画を見てにやにやしながらアイスが食べられる。それだけで心のすさんでいた部分があたたかくなっていくのを感じている。文明は心を豊かにしてくれるのだ。

ただ、文明が無かったら心は豊かになれない、ということでは無いとも思う。どれだけ自分や自分の大切なものを大事にして暮らせるかが肝要であり、いくら便利なものに囲まれてもそれが自分の肌に馴染まなかったら、それはむしろ負担にすら成り得るんじゃないだろうか。

だから、どれだけ便利に生きるかは自分で決めていいことなんだなあと改めて考えさせられた。私は食洗器も洗濯乾燥機も欲しいと思ったことがない。単純にお皿洗いや洗濯物を干す時間が好きだからだ。でも食洗器や洗濯乾燥機を使って「これ無しじゃ生きていけない!」と思っている人を否定する気持ちは全くない。私も人から見たら取るに足らないようなものを「これ無しじゃ生きていけない!」ときっと思っていて、みんなそれは選んでいいことなんだと思う。納得は全てに優先するってジャイロ・ツェペリも言ってた。


次の家では私は何を選んでどんな風に暮らすだろう。まだ決まっていないことも本当に多いけれど、自分と自分の大切なものを大事に出来る暮らしに根を下ろせたらいいなと、いま心から思う。


だちこ

最後まで読んで頂きありがとうございます!頂いたサポートはだちこがnoteを書きながら食べるおやつなど、活動の励みにいたします(*´ω`*)