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或る日の夢日記

(過去ブログからの移植です)

(※暗いお話です)


自分には妹がいる。

妹はだいたい三歳から五歳差で生まれてくる。その瞬間、自分も『その世界』で目覚める。自分は兄として存在し「お兄ちゃん」と彼女に呼ばれるが、容姿や才能はその世界ごとに毎回違う。が、妹はいつも同じ顔で同じ性格だ。

はっきりと書いてしまうと、妹は『自分の目の前で死ぬ』運命にある。何度も人生を繰り返し、今度こそはと妹を守るためだけに生きようとも、たいてい貧乏だし両親は役に立たないし、どうしても勉強だけはあまり出来ないし、恋人もできたことがない。そして、妹は成人することなく死ぬ。その瞬間、『その世界』の自分はブラックアウトし、『次の世界』で目が覚め、目の前には妹がいる。

妹はなにひとつ覚えていない。だけど、自分は全て覚えている。どの世界までも記憶の全てを持っていかされる。最愛の妹が死んだ瞬間、また次の世界で妹が生まれる。

これが、自分が知る『世界のルール』の全てである。


印象的だった人生がいくつかある。

ある時、自分は妖怪ハンターだった。とはいえ、学生の身分なので非正規雇用である。

妹はこの世界では珍しい「妖怪が見えない」という特異体質だったため、妖怪がウジャウジャいるこの世界で妹を守るのは至難の業である。毎日が闘いの連続だし、それは妖怪ハンターの勤務時間の内外かはもはや関係ないレベルだ。妖怪の体液で全身をベトベトにして登校するので友達もできない。

その世界の妹は病弱で、学校に通うことも難しかった。それでも「おかえり」は毎日欠かさず言ってくれるし、妖怪と闘って汚くなった自分の制服を洗ってくれる。そうしながら「いいなあ、学校」とよく呟いていた。

持ち家の一軒家だったので家賃は払わなくていいものの、妹を妖怪の手から守りつつ食費を稼ぐのは骨が折れた。というか、なんでこんなに妖怪とのエンカウント率がやたら高いんだ?この家が呪われているのか?それとも妹が引き寄せているとでもいうのか?何もわからなかったし、日々をがむしゃらにやり過ごすのに精一杯だった。

妹の十五歳の誕生日、カットケーキをひと切れだけ買ったが、帰り道に妖怪と出くわしてその箱を汚してしまった。買い直す金はない。仕方なくそのまま帰宅して、玄関で「おかえり」と笑う妹に、ハッピーバーズデー、と小声で言って箱を差し出した。

妹は嬉しい時、花が満開に咲くように笑う。ケーキの箱を持ってくるくると踊る。

「お兄ちゃんありがとう、これ一緒に食べようよ。ね、早く着替えてきて」


制服を洗ってくれている間、湯を沸かして茶を淹れた。カップに注ぎ終わったので妹を呼びに行ったら、妹はちょうどその時に目の前で殺された。水の妖怪が水道管を辿ってこの家に侵入し、洗面台で制服を洗う妹の前に現れて襲ったのだ。

妹を守ることができなかった。復讐をする間もなく、世界は閉じてループをはじめた。


ある時は、世界に奇病が蔓延した。植物にだけかかる病で、感染した木や草花は『食人植物』と化す。解っている対策は、燃やしきることだけだ。

自分は火炎放射器を片手に、食人植物やそのウイルスを燃やすアルバイトをして生活費を稼いだ。学生の身分なので当然非正規雇用である上に、燃やした食人植物の数や凶悪さに応じた完全歩合制である。火炎放射器は雇用先からレンタルする形なのでレンタル料もかかる最悪のバイトだった。でもそれしか自分にやれることがなかった。

この世界は植物たちのせいで空気が悪く、妹は呼吸器系の病気にかかっていた。入院費用が必要なのだ。妹を死なせるわけにはいかない。どんな危険な大木でも、悪臭を放つ花でも、歩合が良ければ燃やしまくった。

妹の見舞いに行くとき、病院の入り口で消毒液まみれにされる。植物を燃やして暮らす人間は未知のウイルスを持ち込まないか警戒されるので、その他一般の患者より念入りに消毒されるのだ。そのせいか、ひどい乾燥肌とフケの多さが悩みだった。

妹はいつも、「消毒液くさーい」とからかうように笑って自分を出迎える。空気を綺麗に保つため、部屋に置いてあるものは空気清浄機とベッドのみだ。

妹が普段どうやって暮らしているかはよく知らないが、病院の食事の時に付いてくる紙ナプキンを収集するのが趣味のようだった。紙ナプキンで作ったものを披露しては、自分にそれをプレゼントしてくれる。薔薇を折るのが一番得意で、入院している間もどんどん上手になった。作品の披露が終わると、消毒液のせいでボサボサの自分の髪を指に巻き付け遊ばれながら、他愛もない話をして過ごす。一日に許される面会時間は十五分。その時間と、妹の笑顔のためなら、なんだって頑張れると思った。


ある日、雇用先から緊急連絡のメールが届いた。こういうのはだいだい食人植物の大量発生を知らせる連絡だ。一気に稼げるチャンスだと喜んだのもつかの間、その発生場所の位置情報はどう見ても妹のいる病院だった。

到着した病院は地獄そのものだった。主戦場は屋上なのだが、そこではもう自分が今燃やしているのが植物なのか他人なのかわからない。熱さと空気で目を開けられないからだ。喉も焼けるように苦しい。

病院内には植物を入れまいと、緊急用の火炎放射器で看護師たちが必死に応戦している。耐えてくれと祈るしかなかった。何よりも大切な妹を守ってくれるのなら誰でも良かった。自分の火炎放射器がどんどん軽くなっていくのを感じる。燃料はもうすぐ尽きるだろう。ああここで死ぬ、と思った。

その時、足元がグラグラと揺れ始めた。病院内からの悲鳴が異様だったので直感的に地震ではないと解り、痛みと血でかすむ目を必死に開けた。

おびただしい程の植物の根が、病院を持ち上げていた。

崩れた病院の瓦礫をかきわけ、死んだ妹を見つけた。

妹を守れなかった。おそらく他人も殺した。世界は閉じてループをはじめた。


ある時、妹が双子で生まれてきた時は驚いた。容姿はまったく同じだが二人の性格は正反対で、でもそれを全て合わせると妹なのだなと理解した。人間の多面性そのものを見ているような、不思議な体験だった。

世界そのものは平穏で、妹たちは病弱でもない。それは喜ぶべきなのだろうが、貧困は常に付きまとってくるので社会的弱者であることには変わりない。両親にはどうせ期待できない。学校には通いながらもとにかくバイトを掛け持ちして、カレーの作り置きで食事した。

バイトが終わったら、妹たちを学童に迎えに行く。いつも遅くなって申し訳ないのだが、妹たちは良い子に宿題をしたり年下の子の面倒を見たりして過ごしているようだった。バイト先から自転車をとばして、息が切れたまま「ごめん遅くなって」と声をかけると、姉の方は弾ける笑顔で、妹の方は不機嫌そうな顔で、「待ってたよ」と言う。その瞬間、疲れが吹き飛ぶように心がほっとするのだ。

妹たちが中学に上がっても学童通いなのもほとほと申し訳ないのだが、妹たちはやはりそれなりに過ごしているらしかった。ある日迎えに行った時、同じ宿題で同じ英文を和訳しているようだったが、よく見てみると二人は全く違う答えを書いていた。うまく言えないが、なんだかそれがものすごく嬉しかった。双子で生まれてきてくれてありがとう、二人の妹の兄であることが本当に幸せだ、と思った。


その三日後、学童からの帰り道で、妹たちは死んだ。居眠り運転のトラックが歩道まで突っ込んできたのだ。自分は引いていた自転車が盾になって、致命傷なのだろうがその場では死ねなかった。目の前で妹たちはぐちゃぐちゃになっていた。

妹を守れなかった。こんなに辛いことは無い。世界は閉じて、ループをはじめた。


ある時、自分は人より少し強い力で生まれてきた。といっても、単純な腕力とかの話である。根本的に自分はあまり頭が良いほうではない。難しい労働はできない。

幸いその世界には洞窟を掘る仕事があり、自分はそれに適任だった。しかし固定給なのでいくら頑張っても給料は変わらない。しかも非正規だった。今度は学生にすらなれなかったのに。

その巨大な洞窟は、なぜ存在するのか全く不明らしかった。今自分がいる場所がどれ程地下深くなのかもわからないし、その洞窟は真っ白な鉱石たちで常に明るいので時間の概念も失っている。時計がないとサービス残業をする羽目になるので、班に一人は腕時計を持っている奴が欲しかった。自分は何年も洞窟で暮らしているので、今さら腕時計を買うことなんてできないのだ。

労働が終わると、作業員用のエレベーターにぎゅうぎゅうに乗って、洞窟内の居住区に移動する。そこの治安は劣悪としか言いようがなく、「どうしようもない人間が最後に行き着く場所なんだな」と半ば自虐的に思っていた。妹は地上で暮らせているのが自分の最大の幸せだ。ボロボロの写真が宝物だった。

自分の狭い個室は鍵が壊れていて、そうとう強引に錠を動かさないと開閉ができない部屋だった。自分が目立つほど若いから周囲に舐められてこの部屋をあてがわれたのだろうが、自分は人よりも力が強い。鍵の開閉にはストレスがなかったし、逆を言えば誰にも勝手に開けられないということだ。真っ白の眩しいその部屋で、毎日座ったまま眠った。この部屋に寝具などない。

ある日眠っていると、ドアがノックされた。この環境でノックという概念を知っていて、且つそれを以って自分に敬意を払ってくれる人間など心当たりが無かった。しかもなんとも上品なノックだ。あの壊れた扉がこんな音をするとは知らなかった。

錠を外し、ギギイと不快な音をたてる扉を開いた。目の前には『その世界』での祖父がいた。記憶よりずっと年老いているが、祖父であることは間違いない。杖をつき、腰は曲がっていたが、自分を真っ直ぐに見つめるその目は変わっていなかった。

どうして祖父がこんなところに?その疑問を口にする前に、彼は言った。

「妹の手術が成功したよ」

そうだ、自分の年齢も分からなくなる年月で忘れかけていたが、この世界の妹もよくあるパターンで病弱なのだった。しかも難病で、手術は高額なうえに困難であった。それが成功したことをわざわざ知らせに来てくれたのだろう。

目を病む人間が後を絶たない程眩しい環境なのに、祖父越しに見る扉の向こうに光があるのを感じた。


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ここで夫が帰宅して、私は通常の睡眠に勝る長さの昼寝から目が覚めた。そして何より大切な妹がいない喪失感に包まれた。ジョジョの一気読みで疲れ切って眠ったからこんな夢をみたのだろうと思う。しばらくずっと夜の眠剤を飲んだ時しかまとまった時間眠っていないので、長編の夢は何年振りかもわからないくらい久しぶりだった。

これは妹のことを忘れないために書いた。

妹は助かったのだろうか?そうだと良いのだが。


2020-01-07
『夢日記』

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