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コロナ禍の稽古場にて。 (「シバイハ戦ウ」第6話)

おそらく世界中、多くの人たちがキャパオーバーで過ごした、この一年。

僕に、何ができるだろう。

次週からの場所を探している2月の杉並区の稽古場も残り数日となった。3月までの非常事態宣言によって稽古場をジプシーしている僕らは今日、会議室を稽古に使っている。来週からの稽古場が未だ決まらずにいた。

「ごっこ遊び」

演技の根っこは遊び心だ。
芝居は台詞で創られる。
俳優は台本より言葉を編んで世界を創る。台詞(セリフ)は映画のフィルムのコマ割りのように並べられた人物たちの青写真だ。

稽古は、真っ暗なシーンを実際の会議室の蛍光灯を消して池田ヒトシさんと僕が場面に入ってくるところだ。
演出の吉田テツタさんが電気を消して稽古をする指示をした。
真っ暗というシチュエーションだけで、その不安さ、部屋の声の響き、動きや言葉ひとひとつが新鮮に、臨場感を纏(まと)う。

役者の台詞と身体に、
演出が状況を加えた。

夕闇の窓辺に電気を消された、会議室。
「怖い?ここはただの会議室だ。自然な僕はそんな反応しないよ」というのが世に言う「リアル」なんだろうけど技術ある役者はなにもない稽古場に台本からのイメージを描き出して立つし、この会議室の空間だってガラリと変わるもんだ。外的刺激に内側からのイメージを使うのだ。人、それを想像力という。

「暗闇ごっこ」から
人物が世界を生きて、
その役割を掴んでいく。

そうだ
上手な役者さん達に囲まれた稽古場ほど贅沢なものはない。蜷川幸雄さんのところから若い俳優が何人も育っていったのは、主役を囲む周りの卓越した俳優たちが醸(かも)す「リアルな状況」という「色豊かな書き割り」に彩られ存分にその世界の空気を呼吸し、その世界の役として生きて交わり表現できたからだろう。いい空気と芳醇な土地に生命が良く育つ。素直な才能が育ち羽ばたき巣立っていくのは当然だ。

真っ暗な稽古場の
ガチャっと、会議室の扉があいた。
廊下に背の高いシルエットがあった。

見学に来た日暮玩具くんだ。マスクをしている。
「おはようございます」
稽古が止まり、蛍光灯がついた。

今回僕の他に出演する三名役者さんの一人tumazuki no ishiの役者さんだ。
ひょろっとして背が高い。ぶら下げていた大きなバッグを舞台作りのために壁際に寄せていた長テーブルに乗せた。
来週からの稽古参加予定だったのを早めに稽古の雰囲気と場面の進行具合を見学しに来たのだろう。ここにも台本を超える活きた空気を少しでも早く吸いたいという意識が働いている。

日暮くんと僕は同級生だ、去年の顔合わせで言っていた。
相手役の池田さんはひと周り演出のテツタさんとは数歳年上で、現場で同い年の役者との遭遇率の少なさに、それだけで、なんか安心する。
剃髪のせいか袈裟を被(かぶ)せたら背の高い肌白の若いお坊さんになりそうで、ふんわりと包み込むような声が、とても優しげ。
「日暮くん、今日稽古じゃないのにね」とテツタさん。
「見に来ました」

日暮くんの公演は何度も観に行っているが共演は初めてだ。
それにしてもtumazuki no ishiの役者さんはみんな舞台を降りると、とても親切でやさしい。ところが芝居の中に登場すると狂気の一面を垣間見せる、すごい特技がある。
演出の寺十吾さんとスエヒロケイスケさんの描く作品世界に育てられたからだろう、日常の普通に近所にいそうな人たちの狂気というのを体現できる。
団名になっている「つまづきの石」は人に罪を犯させないという意味がある。演劇で狂気の世界を見せ観客を浄化させ、日常の何かを取り戻すのだろう。現代の寓話的と言える芝居を何度も体験させてもらった。

過剰な映像的興奮が世に溢れ虚構を日常にまで継続させて快楽を与え続け人をメディアの虜にするけど、この演劇的狂気の解放は虚構と現実を劇場という仕切りでハッキリさせて浄化作用を促進する。芝居は、観る者にも「ごっこの効果」があるのだ。現代人の「心の深呼吸」にもオススメだと思うんだけどな。

おっと話しが逸れた。

日暮くんもtumazuki の役者さん達はみんな、そんな狂気と優しさという二面性をすでに身にまとっていて立っているだけでも、その人生や想いを想像してしまう風体がある。見てるだけで、楽しい。

ホント役者さんって人間という動物園を身近にみるようだ。

「今回の役者さんは、みんなどっか狂気を孕(はら)んだ人を選びました」
とテツタさん(僕も?か)このコロナ禍でどうにか芝居を演ろうとする吉田テツタさんの狂気も相当なものだ。

また暗闇のごっこが始まる。

この稽古時間こそ今は貴重だ。
人が集まり、何かをする。
コロナで芝居をするということが、なんと有難いコトかと切実に感じている。
この暗闇で体験する人との対話の交わりはリモート稽古じゃ絶対ムリだ。
自分の部屋の電気を消してもモニター越しの相手の呼吸は伝わらない人の厚みに想像が適(かな)わない。どれだけ進化しても僕らは百聞より一見だ。

それより
この芝居を板に乗せられるのか。公演を無事に終わらせられるのか。いや。
なにより来週からの稽古場も、どうにかしなきゃならない。

稽古の終わり
「来週からの稽古場が決まりました。あくとれ(公演をやる劇場)という話もあったんですが、いやとても高価いので、、」
先の非常事態宣言で一月二月の決まっていた公演が中止になったり延期になったりした劇場のスタジオが偶然、空いたというのだ。
「そこを二週間借りられることになりました」とテツタさん

また稽古が、できる。

帰りの電車で星付きの受信箱。写真家の南雲賢さんから届いた今年の年賀のメールは、何度か読見(よみ)直してみたくなる。




南雲より

キツイか?
キツイな…
キツイ時に出来る、キツイ時にじゃないと出来ない事がある。
お互いに、やってやろうじゃないか?
友よ!
行動せよ!!


眉間(みけん)に微力走り、



目頭の奥が、熱く滲む。



シバイハ戦ウ。


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テッピンvol.4
「 シバイハ戦ウ 」
2021/03/12(金)~03/14(日)
@中野あくとれ
作+演出=吉田テツタ
キャスト(五十音順)
池田ヒトシ
瀧下涼
日暮玩具
山口雅義

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