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行き場を失った感情の末路。【我々、今日もひょうきん族。Vol.5】

高校時代からの友人と食事したある日の夜。

友人は、仕事のことで、どうにも表現し難いほどに悩み、落ち込んでいた。
ただこれがもどかしいのだけど、彼女は自分の悩みを、人に言葉にして表現できない。それでも、彼女の様子から、激しく落ち込んでいる様子は見てとれた。

これまでの付き合いの中でこれほどまでに落ち込んでいる姿を見たことはなかったかも、と新しい友人の一面を見られた気がして少し嬉しくもあった。(悩んでいる友人にはとても失礼。)

焼き鳥屋さんのカウンターで、二人横並びになって話す。
ただ、目の前の炭火で焼かれる焼き鳥の匂いに食欲をそそられ、砂ズリを頼むペースを全くコントロールできない。想定外。

でも真剣な話をするときは、互いに視線が合わなくて心地よかったりもした。


1時間ほど話しこんだあと。

仕事の話から幼少期の頃の記憶まで辿ってたくさん彼女を深掘りして、
もはや人生相談の域にまで達していた。
彼女は、目の前のテーブルに置かれたチーズ豆腐を箸で切り分けながら、こう話した。

「私さ〜、本当は泣きたかったんだよね」。

その彼女の言葉には色味がなくて、すっかりモノクロになってしまっていたように感じた。
数週間たった今日も忘れられない。
たぶん、一生忘れられない。

彼女はいつもグループのムードメーカーで、みんなを率先して笑わせてくれた。彼女がいる輪の中はいつも、みんなが顔を押さえて声にならない声で笑ってた。
「お腹を抱えて笑う」という経験をしたのも、おそらく彼女と出会ってからである。

エピソードトークも抜群に面白いし、人のマネをした話し方も絶妙にうまいし、なにより、人が悲しんだり落ち込んだりするような言葉は発しなかった。

だから、みんな彼女が大好きだった。

そんな彼女が、
「本当は泣きたかった」と話した。

彼女は母子家庭で育ち、下に3つ年の離れた妹がいた。
小学生の頃から彼女が妹のお母さん代わりで、
夕飯の時も寝る時も、仕事で家を不在にしていた母の代わりを必死につとめていた。

夜寝るときには、お母さんがいないことで寂しくなって泣き出した妹を必死になだめる夜もあったらしい。

だけど、本当は
彼女が一番泣きたかったらしい。

でも、妹がいる手前、格好悪くて泣くことも弱音を吐くこともできなかった。
「妹は何も考えずに、わんわん泣けて羨ましいなあって思ってた」ともこぼしていた。

忙しく働いてくれているお母さんを頼ってしまうと迷惑がかかる、
そんな思い込みが彼女のバリケードを固めて、
誰にも頼れず、
「強がる」ことをデフォルト仕様にしてしまったらしい。


20年も前の話なのだけど、
幼少期の頃の記憶は、色濃く彼女の心に残っていた。
そして今も、彼女の生き方に影響を与えていた。

今でも、その頃の話はお母さんにはできないし、
寂しくなんかなかった、と笑い飛ばすことで精一杯なのだとか。



2歳半になったよっちゃん。

2歳手前くらいまでは、起床時に泣くのがお決まりだった。

ママの存在が確認できるとぴたりと泣きやんで落ち着くのだけど、
それまでが大変だった。
泣き声をできるだけ聞きたくない母と、
泣き出すと福岡県1位を争うのではないかというほどの泣き声の持ち主よっちゃんとの戦い。

いかに早く、泣き止んでもらうか。

そんなよっちゃんが、最近はぽやぽやとしたニヤニヤの笑顔で目覚められるようになった。何が起こったのか。

よっちゃんを20時半ころ寝室に寝かせると、母はそろりと寝室を出ていくのが毎晩のルーティーン。

いままでは、
途中でよっちゃんが起きることがあれば、
寝室から泣き声が聞こえてきて
母か父が寝室へ様子を確認しにいくことが多かった。

ただ、それが最近は違うのだ。

普段は朝までぐっすり寝るけれど、何かの拍子に起きたりすると、
むくっと起きて、寝室を扉を自分で開けて、
廊下を歩いてママとパパがいるリビングへ一人でやってくる。

事件が起きたその日は、ちょうどパパがいなくて、
リビングでママが一人時間を堪能している日だった。

むくりと起きたよっちゃんは、リビングのドアをそ〜っと開けて
ママがいる方へ、おちおち歩いてくる。

「よっちゃん、どうしたの〜」
と母が声をかけると、
「よっちゃん、もう少しママと寝たかった〜寂しかった〜」
と話してくれた。

自分が目を覚ましたときに、
横にいたはずのママがいなくて寂しかったらしい。
2歳半で、寂しいという感情があるのね、
と感心するとともに、堪らなく愛おしくなって
気づいたら母の両腕の中によっちゃんは埋もれていた。

ほんの一瞬の出来事だったけれど、
思い切り泣いていたよっちゃんが、いつの間にか泣かなくなって、
言葉で表現してくれるようになったこの出来事に、
無意識に「彼女」の姿を重ねてしまっていた。

泣くことも、言葉にすることもできなかった感情を
彼女はいまも吐き出せずにいる。
どこにも、
行く場所を与えてもらえなかった感情がまだ彼女の中でくすぶっている。


よっちゃん、もっと泣いてよかったんだよなあ。
泣き止ませようとしちゃって、ごめんねえ。
溢れ出す感情は、我慢させずに吐き出させないと
未来のよっちゃんに、悪さしてしまうのかもしれない。
そんな不安が、さささーっと頭の隅をよぎった。



「彼女」は元気になっただろうか。
仕事は続けられているだろうか。
彼女に連絡してみよう、と。

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