よっちゃん、好きくない。 【我々、今日もひょうきん族。Vol.3】
私がまだ小学生に上がったばかりの頃だったかしら。
今ではよっちゃんに、
目尻下がりっぱなしで、ばぁばへのテレビ電話にも必ず映り込んでくるじぃじ(私の父)なのだけれども、
20年ほど前はそれはそれは厳しかった。
4きょうだいの末っ子である私に、
父の怒りの矛先が向くことは少なかったのだけど、
お姉ちゃんや兄ちゃんには、それはまあ厳しかった。
ある日の夜、
もうみんなが寝ようと、
歯磨きしたりトイレに行ったりしている玄関ホールで事件は起こた。
思春期ど真ん中を走っている姉の、
兄に対する「キモっ」の一言が父の逆鱗に触れた。
まあそれはそれは、雷が落ちたなんて表現では済まされない。
どちらかというと、嵐の前の静けさとでも言っておこうかしら。
父の「はぁぁ?!」の一言の後に、
しばらく、薄暗い森の中にいるかのような、
ザワザワした肌寒い風が我々きょうだい間を走り抜けた。
(….あ〜….やってもうたわ)
おそらくきょうだいの誰もが思ったであろう。
「なんて言葉ば使いよっかぁ〜〜〜〜〜!あ〜〜〜?兄貴に向かってぇぇぇえ〜〜〜〜!!」
(※コテコテの九州弁です。)
当時は「キモい」という言葉が流行り出した頃で、九州男児亭主関白要素MAXな父は そんな得体の知れない言葉を使う娘が許せなかったのだろう。
若者言葉、ふっ、けしからん。 きっと、そんな感じ。
それにしても怖すぎる。
いやもう、夜の22時過ぎてるんだが。 近所迷惑なんだが。
私はそろりと後退りして、自分の部屋へ行こうと進路変更を試みる。
その後の姉への処刑は見ていない。(お姉ちゃん、ごめんね。)
*
現在2歳半のよっちゃん。
最近、言葉数がぐっと増えてきたのだけど、まだまだ彼女の世界に存在していない言葉は多い。
そんなよっちゃんが、最近どうも「嫌い」を表現したがっている様子がうかがえる。
ママっ子全開なよっちゃん。 パパはよっちゃんが大好きなのに、よっちゃんサイドはどうもダメらしい。
パパがよっちゃんにチューしようとすると、パパの顔面を手で押さえたりする。
そこで一言、問題の言葉を突きつける。
「よっちゃん、パパ好きくないぃぃ〜」
パパが寝かしつけを連日頑張ると、ご褒美かのように
いつの間にかパパちゅきちゅきになったりするのだけど。
パパが嫌だ、とかは置いておいて。
母は、「好き」の反対の感情が、よっちゃんの世界に降臨してしまったのですね、と感慨深くなっているのである。同時にちょっと寂しくもなる。
でもまあ、「興味ない」って言葉を覚えられるよりマシか、なんて変に自分を励ましてみたりする。
おそらく、もうあと1年も経てば、
「きらい」という3文字がどこからともなくやってきて、そっと彼女の世界に入り込む。
でも、その言葉をまだ教えたくない母なのである。
だから「好きくない!」と言われても、「そっか〜好きくないのかぁ〜」と復唱するに留めておく。
できるだけ、よっちゃんの世界は優しい言葉で溢れていてほしい。
人に対する「嫌い」という言葉は、相手の心をちくちくさせてしまうのだと知っていてほしい。
将来いつか、
「ママに向かってなんて言葉を言うの!」
なんて、いつかの父のように、私も若者言葉パトロール隊が発動する日が来るのだろうか。
そうなる前に、
2歳児のいまのうちにパトロールしておきたいのである。
*
子どもの世界は、いずれ親ではコントロールできなくなる。
子どものコミュニティの方がよほどスピード感があって、日々いろんな情報と感情にさらされ、親が準備しておいた、これくらいならすぐに手助けできますからね、というハードルを軽々と飛び越えていく。
だって今でさえ、部屋の電気をつけるリモコンで、保育園のお友達に電話しようとするのだから。
あなたがリモコンを操作するので、たまに部屋が急に真っ暗になりますよ。
そしてたまに、薄暗くぼんやりとした光の中でご飯作ったりしていますよ、母は。
電気のリモコンで、外部の人と連絡を取れるなんて。
母は教えた覚えはないよ、よっちゃん。
そんな、今朝。
親指を下に向けたグーのポーズで、「おいしいねえ!」とバナナを頬張るよっちゃん。
その姿に「よっちゃん、そのポーズは、嫌い!の時にするんじゃない?」と、ついに口にしてしまった。
(まず、その親指下げるポーズどこから習ってきたよ)
「あ……」
母の通常トーンの声が漏れて、不思議そうな顔をするよっちゃん。
慌てて「好きくない」と言い換えたのだけど。
こうやって母の無意識が、せっかくの母の覚悟をめった打ちにしてしまう。
母にも、覚悟と根気が必要でした。
いや、むしろ変えないといけないのは母の方でした。
2歳半の娘の脳内をパトロールする前に、まずは母の脳内のパトロール。
出直してまいります。
*
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