02「人間のことは人間が決めろ」ただしい人類滅亡計画―反出生主義を考える―

 下僕ファイナは悩んでいた。

 降臨を待ち望んだ我が魔王が、背負う使命の理由に納得できるようになるまでは使命を果たしたくない、という。

「なぜ世界を滅ぼさねばならないのか?」

 そんな疑問を、ファイナは考えたこともなかった。
 しかし、何か理由を考えねばならない。
 ゼイン様の使命を果たすための手助けをすること。それだけが私の存在理由なのだから。

ファイナ:
 魔王ゼイン様。過日は大変失礼いたしました。合理的な理由を求めるというゼイン様のお言葉、全くの正論でございます。ご無礼をお詫びいたします。

ゼイン:
 謝罪などどうでもよい。では、やはり我輩が世界を滅ぼさねばならない道理などない、ということでよいのだな?

ファイナ:
 いえ……。やはり私は、魔王であるゼイン様に世界滅亡の使命を果たしていただきたく存じます。しかし、そこに確かな理がなければご納得いただけないことも承知しております。

ゼイン:
 御託が長い。早くその理とやらを述べろ。あるのならな。

ファイナ:
 はい。私、無い知恵を絞りまして、ある答えに至りました。それは、世界を滅ぼさねばならぬのは、他ならぬこの世界のためなのです。

ゼイン:
 この世界のためだと?

ファイナ:
 ええとですね……すでにご存じのように、この世界は人間という生き物が実質上支配しております。しかし、ゼイン様と違い、人間は非常に愚かな存在です。同種で殺し合い、憎み合い、自らの暮らす環境を破壊している。それでいて、その間違いを自分で改めようというつもりもない。
 このまま愚かな行為が連鎖していくのを見過ごすよりは、ゼイン様のように超越的な力を持つお方が手を直接下し、人類の歴史を終わらせてしまったほうが、よほど人間や世界のためになるのではないでしょうか。

ゼイン:
 愚かな人間どもを滅ぼすのは、他ならぬ愚かな人間のためでもあるというわけか。

ファイナ:
 ええ、その通りでございます。

ゼイン:
 いや、納得がいかぬ。愚かな人間どもが問題の中心であるならば、なおさら我輩が手を下す必要などないではないか。当の人間どもに任せておけばよい。どうしてそんなやつの尻拭いを我輩がしてやらねばならないのだ。我輩は、つい数日前にこの世に現れた王だぞ。

ファイナ:
 そ、それは……まことに仰る通りで……。

ゼイン:
 だが、しかし……ククッ、お陰でいいことを思いついた。

ファイナ:
 いいこと、でございますか……?

ゼイン:
 当の人間どもに自らの処遇を決めさせるのだ。代表者を人間どもから集め、理の力で言葉を戦わせる。そして結論を出させよう。世界を滅ぼすべきか? 滅ぼさざるべきか? をな。

ファイナ:
 当事者である人間に、ですか……? しかし、お言葉ですが、そんなことをしても人間は「滅ぼすべきではない」という結論を出すだけでは?

ゼイン:
 愚か者が。そんなことはわかりきっている。そこで、我輩が裁定者となるのだ。我輩は20000の書物を読んで、人間の作り上げた「理」の力に惚れ込んだ。理さえ通っていれば、どんな奇矯な発想にも強い芯が通る。我輩はそれを信頼しよう。すなわち、議論がどちらに転ぼうとも、それに値する「理」がなければ無効とする。
 他ならぬ魔王ゼインが判定するのだ。これ以上に平等な裁判官も居るまい。なにしろ我輩は超越存在。世界が滅ぼうとどうなろうと、どうでもいいのだからな。クククッ!

ファイナ:
 なるほど、ただ「滅ぼさないで」と人間が言ってきたとしても、そこに根拠がなければお認めにならないのですね。そうなれば、生存を選ぶにしろ滅亡を選ぶにしろ、人間は本気で理由を探さざるを得ない。素晴らしい発想です。……では、もし最後まで結論が出なければ、いかがいたしましょうか? 滅ぼしますか?

ゼイン:
 阿呆が。それでは滅亡を贔屓しているのと同義であろうが。忘れたかファイナ、私は魔王だぞ? 生かす殺すだけでなく、生かさず殺さずであらゆる物を永劫に苦しめ続けることだって、まばたきひとつで思いのままだ……。こう言えば、人間どもも結論を出そうとするだろう。違うか?

ファイナ:
 仰る通りでございます。では、早速、人間の手配を。

 下僕は人間を捕らえるために飛び去った。飛行しながら、妙案を思いついたゼインが浮かべた笑みを頭で反芻していた。あの愉快そうな表情はまさに魔王にふさわしい――ファイナは身震いする。

第3話

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