「疾れイグニース!」第12話
「……『出遅れ』って言った方がレースっぽいかな?」
仏坂は笑う。
「な、納得がいきませんわ!」
「どこにいくの?」
飛鳥が席を離れようとしたので、仏坂が尋ねる。
「抗議しに参りますわ!」
「やめといた方が良いと思うよ~?」
「しかし!」
「甘美ちゃん……じゃなかった、鬼ヶ島教官は優秀だよ……彼女の指導を受け、現在ジョッキーとして活躍している子は多い。彼女の判断や人を見る眼にほぼ間違いはない――もちろんクラス分けに関しては僕ら、他の三人の教官の意見も反映はされているけど――大体抗議して、例えばAクラスへの編入が認められたからといって、イコール合格だというわけではないよ」
「む……」
「……確かに聞いた話ですが、過去にCクラスからの合格者も何人かいたとか……」
海がズレた眼鏡を直しながら呟き、席に座る。
「そうそう、まあAクラスの合格率が圧倒的だけどね~」
「! やはりご再考を嘆願しに……」
「そうやっていちいち冷静さを欠く所が引っかかったんじゃないかな~」
「ぐっ!」
飛鳥が苦い顔になる。ある程度は自覚している部分であったからだ。
「……とりあえず座ろうか」
「……失礼いたしました」
飛鳥が席に座ると、仏坂が教壇に上がり、皆を見回しながら話す。
「単純な騎乗技術だけでクラス分けを判断しているわけじゃない。細かい評価基準・内容については教えられないけど……。皆に言いたいのはCクラスだといって自棄にならないで欲しいということだ。約一年ある。多少の出遅れは取り戻せるよ」
「鬼眼鏡……鬼ヶ島教官は時間がないとか言ってましたけど?」
嵐一が頬杖をつきながら仏坂に問う。
「まあ、それもそうなんだけどね……AクラスとCクラスでカリキュラムに大きな変更があるわけじゃない。騎乗訓練などはほとんど合同で行う。アピールのチャンスはいくらでも転がっているよ。アピールにばっかり頭が行っちゃうのも困るけど」
「ちょ、ちょっと安心かな……?」
レオンが胸を撫で下ろす。
「教室は他より明らかに狭えけどな」
青空が自虐的に笑う。
「そ、その辺はノーコメントってことで……」
仏坂が苦笑する。
「……」
「それじゃあ、皆で厩舎に行こうか」
「え?」
「そうと決まったら移動、移動」
仏坂は戸惑う炎仁たちに移動を促す。
「……厩舎で何を?」
首を傾げる真帆に仏坂が告げる。
「それぞれ自分とドラゴンの紹介をしてもらおうかなと思ってね。名前、年齢、出身、趣味、ドラゴンの名前、性格、走りぶり……後は目標とかあれば聞かせて欲しいな、漠然としたものでもいいから。それじゃ、年長順によろしく」
「……俺からか、草薙嵐一、18歳、生まれは群馬、趣味は……音楽鑑賞だな。乗っているドラゴンはこいつ、『アラクレノブシ』、普段は大人しい方だが、走りぶりは結構荒々しいな。あとは目標か……『稼げるジョッキー』だな」
「ちょ、直球だね……」
「カッコつけてもしょうがねえだろ」
「確かに……」
嵐一の言葉にレオンが苦笑交じりに頷く。
「お次はわたくしですわね! 撫子飛鳥、18歳、東京都出身、趣味はスイーツ巡りですわ。もちろん、体重等にはしっかり気を配っておりますのでその辺はご心配なく。ドラゴンはこの娘、『ナデシコハナザカリ』、母親もその母親もGⅠを勝っている良血竜ですわ。気性はちょっと難しいところもありますが、その内落ち着いてくるでしょう。走りぶりについては、まだ試行錯誤を重ねている段階ではありますが、母親に似て先行抜け出しのスタイルがしっくりくるかと思っていますわ」
「綺麗な竜体……」
「母竜も名牝でしたね、よく似ています」
真帆と海が感嘆する。青空が尋ねる。
「で? 目標は?」
「ああ、そうでしたわね、『撫子家ナンバーワンのジョッキーになること』ですわ!」
「なんだよ、どうせならジパングナンバーワンを目指すとか言えよ」
「撫子家=ジパング競竜界と言っても過言ではありませんから!」
「へえ、そら失礼」
青空は飛鳥の自信満々な物言いに首をすくめる。
「次は私ですか、三日月海、17歳、茨城県出身、趣味は……競竜のレース動画を見ることです。一日中見ていても飽きません」
「一日中は僕なら眠くなるな~」
「お前はいつでも眠そうだろ」
翔の言葉に嵐一が笑う。
「……乗っているドラゴンはこの娘、『ミカヅキルナマリア』、お分かりの方もいるかと思いますが、私の実家『三日月牧場』で生産されたドラゴンです――孵化の瞬間から立ち会っているという多少の贔屓目を差し引いても――牧場の最高傑作になるであろうと思っています。気性面では少し落ち着きのない部分が見られますが、走りぶりは悪くないかと。目標は……『プロのジョッキーになって大きいレースを勝つ』ことですね。もちろんこの娘と一緒に」
海は少し笑顔を浮かべながら、竜房から顔を覗かせるミカヅキルナマリアの額を優しく撫でる。レオンが海の顔を覗き込む。
「ほお、珍しく笑ったね……」
「な、なにか……?」
「いや、いつも仏頂面でいることが多かったから……もっと笑った方が素敵だよ」
「そ、そんなことはどうでも良いでしょう⁉」
レオンの褒め言葉に対し海は目を逸らす。飛鳥が唇に人差し指を当てる。
「三日月さん、厩舎内ではお静かに」
「し、失礼しました……」
「さっきやたら叫んでいなかったか? おめえも変な所で発情すんなよ」
「い、いや、言い方!」
青空の物言いにレオンが戸惑う。
「次はアタシか、朝日青空、17歳、出身は栃木。趣味はバイクをかっとばすことだな! 嫌なこと全部忘れられるからよ。ドラゴンはこいつ、『サンシャインノヴァ』だ! 普段はわりとのんびりしていやがるが、いざとなると気の強いところが気に入っているぜ。走りぶりはその名の通り、爆発力のある末脚が売りだ!」
「確かにバネのありそうな脚をしていますわね……」
「竜体が大きい方だけど、牝竜なんだね……」
飛鳥と翔が興味深そうにサンシャインノヴァの竜房を覗き込む。
「おっ、お二人さんとも興味津々かい? 流石にお目が高いね~」
青空が満足そうに笑う。
「あ、次は僕? ……天ノ川翔、16歳、神奈川県出身。趣味は……寝ることかな。ドラゴンはこの子、『ステラヴィオラ』、僕と違ってしっかり者だよ」
「ふふふっ……」
翔の珍しい冗談に真帆が笑う。
「走りぶりについてだけど……今は色々な走り方を覚えさせている。自在な脚質を使い分けられれば良いなと思って……」
「そ、そんなことが出来るのか?」
淡々と話す翔に炎仁が思わず尋ねる。翔は即答する。
「出来なければ困る、僕の目標は『あらゆるレースに勝てるジョッキー』だから」
「おお……」
炎仁たちは自分よりも小柄な翔の発する静かな気迫に気圧されてしまう。
「つ、次は僕だね。金糸雀レオン、16歳、出身は千葉県。趣味は映画観賞かな? おすすめの映画があれば是非教えてくれ。ドラゴンは『ジョーヌエクレール』、フランス語で『黄色の稲妻』、その名の通り、稲妻のような逃げ足が持ち味だ」
「持ち味だ、って昨日編み出したばかりだろうが……」
「ふふっ、ただの一度も捉えられなかったじゃないか」
「ちっ、露骨に調子に乗りやがって……」
わざとらしく髪をかき上げるレオンに対し嵐一が舌打ちする。
「ドラゴンの方は乗り手に全く似ず、調子に乗らない賢さを感じますね」
「ちょ、ちょっとひどくないかな⁉ 三日月ちゃん⁉」
「次は私ですね。紺碧真帆、15歳、埼玉県出身です。趣味は読書です。小説からエッセイやノンフィクション、なんでも読みます。ドラゴンは『コンペキノアクア』、聞き分けの良い娘で大変助かっています。走りぶりですが……前目の方でレースが出来れば良いのかなと思っています。目標は……今はとにかく『合格』ですね」
「どうよ、競竜オタク的には?」
「……血統的にも先行脚質の血が濃いので、紺碧さんの考えは概ね当たりかと」
青空のからかいにややムッとしながら、海は冷静に分析する。
「俺が最後か、紅蓮炎仁、15歳、埼玉出身。趣味は体を動かすこと。ドラゴンはこいつ、『グレンノイグニース』。やや気が小さいところがあるが、やる時はやる竜だ。目標はこのイグニースと『レースを勝って、勝って、勝ちまくる』ことだ」
「頭の悪そうな目標だね」
「んなっ⁉」
翔の遠慮のない言葉に炎仁は面食らう。
「やる時はやる竜って……出遅れが多いのは貴方の腕前の問題では?」
「ええっ⁉」
飛鳥の容赦ない指摘に炎仁は動揺する。
「まあまあ、お二人さん……紅蓮君は現状ビリッケツという評価なんだから、もうちょっとお手柔らかに……あっ」
仏坂はしまったという表情をして、手で口を覆いながら炎仁の顔を見る。
「ビ、ビリッケツ⁉」
炎仁は自身の評価の低さに驚愕する。