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『 私が征夷大将軍⁉~JK上様と九人の色男たち~』第2話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】

 小霧と景元が声を揃えて、葵の提案を却下する。景元が説明する。
「よろしいですか? この文化祭にはクラスの威信が懸かっているのです」
「威信?」
「そうです。この学園の学年には、いろはにほへと、それぞれ七クラスずつあります。優れた出し物を提供したクラスが評価されます。その評価を下すのは、この文化祭の場合は新入生。つまりは下級生、後輩たちです」
「そう、出し物の出来の良し悪しが、そのまま後輩たちからの評価につながるのですわ。そして見事高評価を勝ち取った暁には、流石は先輩たちだと尊敬されるのです。そのためにはインパクトが必要! 見るものの多くを引きつけ、興味を抱かせるような出し物が求められるのです」
「『執事・メイド茶屋』はインパクトに欠けると?」
 葵の疑問に小霧は首を横に振る。
「それではどっちつかずになるでしょう」
「……半端ないことをやれば良いの?」
「……ええ、それが可能であれば」
「……」
 葵が何も答えなくなったのを見て、小霧は再び景元との議論に戻った。
「執事茶屋よ!」
「メイド茶屋だ!」
 再び話は平行線に。爽が軽く頭を抑えたその時、葵が叫ぶ。
「無難! 単純! 退屈!」
 教室中に聞こえる大きな声。二人は思わず、葵の方に振り返った。景元が恐る恐る葵に尋ねる。
「あの……?」
「恐らく先輩方の成功例でも見てきたんでしょう? あるいは他校の噂もいくつか届いた? 数多の成功体験と、成程、実に壮観な美男美女の集まり! 執事もしくはメイド茶屋という選択は間違いない。恙なくこなせば、良い評価は得られるでしょうね……しかし、余りに無難! 且つ単純な思考! さらにはっきり言えば退屈極まりない発想!」
「言いたい放題言ってくれますわね……」
「言いたくもなるわ! そんな無難な選択で果たして“インパクト”を残すことが出来る⁉ 多くの人の興味を引き寄せられる?」
 葵の勢いに若干気圧されつつあった小霧と景元だったが、落ち着きを取り戻し、逆に揃って葵に問いかける。
「では若下野さん、是非聞かせてほしい。貴女の考える無難ではない、インパクトのある出し物とは……」
「わたくしにもご教示頂きたいですわ、単純さと退屈さを排除し、人々の興味を引きつける出し物とは……」
「「何ですか⁉」」
「……男女逆転・主従逆転茶屋よ!」
 葵の提案にクラス中がざわめく。
「だ、男女逆転とは⁉」
「男子が女装し、女子が男装するの。つまり景もっちゃんが女子の恰好をするってこと」
「か、景もっちゃん……⁉ いや、女装⁉」
「主従逆転とはどういうことですの⁉」
「執事やメイドさんが出迎えてくれるのはありふれている。だから迎える側がお坊ちゃま、お嬢様になってゲストを迎えるの。だからさぎりんには、お坊ちゃまとして振る舞って」
「さ、さぎりん⁉ い、いえ、わ、わたくしがお坊ちゃま⁉」
 唖然とする二人を差し置き、葵が他のクラスメイトに説明を続ける。
「男女でいがみ合うなんて、巷では小学生で卒業すること! 今後は協力し合うこと、お互いを認め合うことが大事になってくると思う。でもいきなり仲良くって言われても難しいよね。まずは考え方の違いとか、そういったことを気軽に相談しあってみたらどうかな? きっと新たな発見があると思うよ」
 爽が大きく拍手をしながら進み出る。
「さすが葵様! 素晴らしいご提案! わたくしは賛成致します! 皆さんは?」
 そう言って、爽は教室を見回す。皆黙ったままである。
「反対が無いということは、賛成ですね」
「よっし! これで一件落着だね! それじゃ、さぎりんと景もっちゃん、握手」
「な、何故?」
「男女のいがみ合いはここまで、これからお互いのことをもっと知って、尊重し合えるクラスにしていこう! その第一歩の握手!」
 葵の唐突な申し出に、小霧も景元も戸惑いを隠せない。右手を差し出そうとしては引っ込める、という動作を互いに何度か繰り返した。
「あ~もう! まだるっこしいな~!」
 痺れを切らした葵は二人の右手を取って、半ば強引に握手をさせた。
「おお、まさに歴史的瞬間!」
 一人の生徒が教室に入ってきた。右目に掛けた片眼鏡が特徴的なやや小柄な男子である。
「元気な話し声につられて覗いてみれば、犬猿の仲とも言われた両名が握手している。何と素晴らしい光景! 皆さんも拍手~!」
 男に言われるがまま、クラスメイトたちは拍手を送った。小霧と景元も笑顔になり、教室中に和やかな空気が漂う。
「……誰?」
「葵様……!」
 爽がグイッと葵を引き寄せて耳打ちする。
「あの御方は万城目安久(まきめやすひさ)先輩。学園の生徒会長です。貴女が超えなければならぬ御方です」
「別に私は生徒会長になるつもりは……」
「ご覧になって下さい、あの方が教室に入ってからの空気の変わりよう! この学園の生徒たちがあの方に厚い信頼を寄せているからこそ醸し出されるものです……」
「う、うん……」
「誰もが認める将軍になられるには学園全体の信頼と尊敬を勝ち取ることがまず肝要! その為にはあの方以上に支持されなければなりません!」
「上様」
 万城目が葵に歩み寄ってきた。二人の背丈はほぼ同じ位だ。
「ご挨拶が遅れました。この学園の生徒会長を務めております、万城目安久と申します。以後お見知り置き下さい」
「若下野葵です。宜しく」
「転入初日で何かとお疲れのことでしょう。お話ししたいこともありましたが、また後日……今日のところは失礼させて頂きます」
 万城目は教室から出て行く。爽は雰囲気を変えようと大きな声を出して注意を引く。
「このクラスは歴史的瞬間を迎えました! 葵様の素晴らしいご提案があってのこと! 男女が互いのことを尊重し合えるクラスにしていきましょう!」
 誰からともなくまた拍手が巻き起こった。爽に促され、輪の中央に戻ってきた葵は一瞬戸惑ったが、すぐ笑顔に戻り、握手を続ける小霧と景元の手を両手で握った。
「そう! お互いに歩み寄って良いクラスにしよう!」
「ま、まあクラスがより良い方向に進むのであればクラス長として異論はありませんわ」
 小霧が左手で髪をかき上げ、微笑みながら幾分照れ臭そうに答える。
「より前向きな話し合いが出来るよう努力します」
 景元も左手でややほころんだ口元を隠しながら答えた。
「よし! 一歩前進!」
 二人の様子を見て、葵は満足そうに頷いた。
「大分強引でしたが、クラスをまとめてしまいましたね。若下野葵さん、思った以上の方かもしれません……」
 廊下にも聞こえてくる二年と組の生徒たちの歓声を背中で聞きながら、廊下を歩く万城目は静かに呟く。

 葵は大江戸城本丸で生活することとなった。広い部屋で落ち着かない夕食を取り、広い浴室に入ることになった。今度はその広さが逆に気に入ったが、衣類を預かる者と体を洗う者が待機していることには閉口した。当然、その場から直ちに去ってもらった。
「我々は上様の警護、身の回りの世話を仰せつかっているもの! その我らを遠ざけるなど! 御身に何かあっては一大事です!」
「自分のことは出来る限り自分でやりますから! 警護はともかく、せめて、身の回りの世話役の方は女性にして下さい!」
 癒しのバスタイムのはずがどっと疲れた葵は、さっさと寝ようと思った。小さい部屋に入った。本来はその隣が寝室になるはずだが、枕が変わると寝られない葵は、自分の今まで使っていた部屋と全く同じ部屋を大江戸城内に移設してもらった。これは葵が将軍職を引き受ける際に出したいくつかの条件の内の一つ。ドアを開けると、慣れ親しんだ部屋の光景。机などそのままの位置においてあることに、葵は満足した。スイッチをつけようと思ったが点かない。まだ電気が通っていないのか、それとも接触不良か、明日確認しようと思い、葵はベッドに潜り込んだ。しかし、ベッドに入った瞬間、葵は違和感に襲われた。妙にベッドが狭い。手足が伸ばせない。何かに当たるのだ。電気が今更点く。その瞬間葵は驚愕した。自らと添い寝をするような形で、黒装束の服を着た一人の青年が目を閉じて横たわっていたからだ。
「きゃああああ‼」
 葵の叫び声にその黒装束の男もバッと飛び起きた。
「曲者か! く、どこに……」
 黒装束の男は背中に背負った刀に手をかけながら、部屋をゆっくりと見回す。そして両手を組んで目を閉じる。
「……周囲に怪しい気配は感じない。別に逃げたというわけでもなさそうだ」
 そして、黒装束の男は葵の方に振り返って、冷静に告げる。
「上様、貴女に何が起こっても自分が必ず守ります。安心して下さい、控えていますよ」
「あ、あ、貴方誰よー―‼」
「ぶほぁ⁉」
 葵は枕で黒装束の男の顔を思いっ切り殴りつけた。

 落ち着きを取り戻した葵はベッドに腰掛け、腕を組みながら、部屋の中央で正座をする黒装束の男に声を掛ける。
「で……? なんで貴方がこの部屋にいる訳? えっと……」
「……自分は黒駆秀吾郎(くろがけしゅうごろう)と申します。御庭番を務めております。簡単に言えば隠密です」
「ふ~ん、何で隠密が私の部屋に?」
「ええっ⁉ ここは物置では⁉」
「はっ?」
「大分狭い所だなとは思ったのですが……その、庶民的というか……窮屈ではありましたが、横になれる場所がありましたので、仮眠をとっておりました」
「狭くて貧乏臭い物置小屋で悪かったわね! ここは私にとって大事な憩いの空間なの! 出て行って‼」
「は、ははっ⁉ 失礼致しました!」
 秀吾郎はさっと部屋から姿を消した。葵にとっては生まれて初めて目にする忍者だったが、今の彼女にはそれに驚く気力も残っていなかった。
「……疲れた。さっさと寝よ」


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