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インタビューの具合

私は自己管理と呼ばれるものが、てんでできない。小さい頃から慢性の不眠だし、決してショートスリーパーではないから、常に調子は良くない。とはいえ、仕事柄、毎日誰かと会って、話を聞く。きちんと記事に仕上げるインタビューもあれば、事情や状況を詳しく聞く仕事もある。

そんなときに、自分はどんなコンディションでいたらよいのだろうか。私は朝の早い予定に合わせようとすると、たいていはよく眠れないまま朝を迎える。そして、またうまくやれなかった、十分に休めなかったと舌打ちをするところから一日が始まる。厳密には、始まっていなくて、昨日の続きである。

しかし、最近、そんなのも悪くないのでは、なんて思うようになった。インタビューをするときの熱量、具合の良さ/悪さって、ちょっとダウナーくらいがよいのではないだろうか。そりゃあ、ハイテンションで聞いてもらって、燃える話し手もいるのだろうけれど、それは本当にその人の声なのだろうか。もちろん、どのような声であっても、それはそのときのその人の声であるのだけれど。

ちょっと調子が悪いくらいがちょうどいい。そして、こんなことを気にしながら、話を聞いている。

・相槌はほどほどに
・目を合わせすぎない
・正対しない
・リラックスしすぎない
・適度な人間くささを残す(落ち着きすぎない。体のクセをすべて殺さない)
・テンションのムラをなくす(突然大きく反応したりしない)
・パーソナルな話題を引き合いにして共感する(やりすぎに注意している)
・自分が使う言葉選びを慎重に(軽妙さよりも鈍足を)
・分からないことは素直に伝える、質問する

インタビューというフォーマットのコミュニケーションは、基本的に一対一になるので、対立する。そこには価値観や共感の探り合いがあるし、期待と失望の反復がある。聞き手は最初から白旗をあげておくくらいでいいと思う。パワフルじゃなくて、パワーレスな状態のほうがいい。対談となれば別だけれど、インタビューは話し手が、話したいことを自由に話せることが一番なのだから、聞き手が場をコントロールする必要はないし、存在感を強く主張するのは適切ではないのかもしれない。そして、本当に「自由」に「自然」に話せる状況なんてきっと存在しない。

私は基本的に目が疲れているので、あんまり真剣にひとの顔を見つめつづけるのは、しんどい。よく目をこすっているし、体調が悪くて、鼻をすすっている。言うまでもなく、花粉症でもないかぎり、鼻をすするのは我慢ができる。でも、鼻をすすったり、指輪を触ったり、そんなクセをすべて殺して、寂然と聞くのもときには良いけれど、私は少しだけ人間の生理を出すようにしている。それがお互いにちょうどよいテンション(張り)をもたらすような気がする。

だって、ひとは相手に合わせようとしてしまうと、相互に影響をしあっていまうから、場は対称性へ向かう。でも、コミュニケーションの不完全性は、非対称でよくて、非対称をいかに許容できるか、そんなことを考えながら、ひとの話を聞いている。だから、いわゆる「相性」は気にならない。

実は少し具合が悪いくらいのほうが、ひとの話を聞くのには適しているのではないだろうか。完全に自分の体をコントロールできていて、相手と真正面から向き合って、生命力のもとに相手に影響を与えながら話を聞くよりも、むしろ不健康なくらい、言い換えるならある種の不完全性のもとにひとと向き合うほうが、きっと、ちょうどよい。

脱線をすることだってある。ときにはあえて、ときには純粋な好奇心から。だいたいの話は、話題を知らなくても、興味をもって質問をすれば盛り上がる。話題について多少の知見があって、話を発展的に脱線させられるのなら、それもまた良い。ときに不通が生まれてもあきらめない。あえて自分が問いたいことを追求して、相手を巻き込むこともある。少しだけインタビューに対して侵襲的になるけれど。でも、そういう余白は、完全性やコントローラブルな世界には生まれないから、やっぱりナラティブは不完全性と相性がよい。

インタビューは相手からもらう時間が決まっているから、脱線のしすぎはプロのライターとして稚拙だという声も聞こえてくるけれど、むしろ逆に、脱線しないで何が分かるのだろう。脱線しないのなら、もうアンケートでよいのではないかと思う。パロールとエクリチュールは違うという声も聞こえてきそうだけれど、インタビューに慣れている話し手ほど、その差は小さい。ナラティブやパーソナリティを引き出すことを恣意的に操作するのは嫌いだけれど、そうではなく、相手のことをもっと知りたいという視点から、いろいろと脱線してみたらよいし、脱線する時間を確保しながらも、時間のなかに収めつつ、話し手がいつもと違う自分の言葉を発見できたら、それがきっと理想のインタビューだと思う。

聞き手が元気で明るくて楽しいインタビューは、きっと話し手も気持ちよくなれるかもしれないけれど、話し手が無理をしているかもしれない。とにかく、インタビューの具合ってのがきっとあって、フルパワーじゃないくらいがちょうどいいなんて思う。お互い人間だから。

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