ドラッグストア(3)
弁当を食べるのも佳境に迫ってきた頃、黒い影が花弁を閉じるように私を包む。
私の座るベンチの周りを複数の男達が取り囲んだのだ。
皆、一様に強面で、ガタイが良く、黒く、だらしなく着込んだ安物のスーツを見ても普通の筋の人間達ではなさそうだ。
男達は、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ、睨んで私を威圧してこようとするが、当の私は弁当に張り付いた米粒を取るのに忙しくてそれどころではない。
彼らも何とはなしに私が怯えていないことに気づいて戸惑いの表情を浮かべる。
「余裕だな。ドラッグストア」
丸坊主の男が私の正面に立つ。
取り囲む男達に比べれば小柄で、着ているスーツも高そうで綺麗に着こなしている。少し大きめなサングラスを掛けているが、そんな物がなくても十分に他者を威圧出来る風貌を兼ね備えていた。
しかし、私は、そんなこと気にも掛けずに米粒取りに必死になる。
一欠片でも残したら妻に殺される、そっちの方が遥かに恐ろしく、現在の重点課題だ。
左頬にうっすらと痛みが走る。
生温い何かが頬を伝う。
私は、目を細めて、米粒を取るのを止める。
痛みのある頬に触れるとうっすらと血が付いていた。
やれやれ、まったく馬鹿どもが。
私は、顔を上げて丸坊主の男を見る。
丸坊主の男は、表情を変えずにサングラス越しに私を睨む。その手には小さなナイフが握られており、刃にはうっすらと血が付いていた。
「お前の薬を全て寄越せ」
「単刀直入が過ぎるな」
私は、手を振って付着していた血を地面に飛ばす。
「私の持ってるのは熱冷ましや腹痛、傷薬とかそう言ったものばかりだぞ」
「怪しいのもたっぷりあるだろうが」
私の目の端に取り囲んでいる男の1人が私のボストンバッグに触れようとするのが映った。
私は、振り向くことなく、ボストンバッグに触れる男の手に箸を突き刺す。
箸は、男の手を貫通し、血が迸る。
男は、箸の突き刺さった手を押さえて地面に倒れ込み、身悶える。
「箸を傷つけるなよ。妻のプレゼントだ」
少しでも欠けたら大目玉だ。
男達は、だらし無く着込んだスーツから6星を抜き取るとその銃口を一斉に私の頭に突きつける。
銃口から漂う鉄と火薬の匂いに私は思わず鼻に皺を寄せる。
男達の様子を丸坊主の男は肩を竦める。
「そういきり立つなお前ら」
銃口を下せと言わないところを見ると部下達の動きは計算内なのだろう。と、言うか脅すことは大前提と言うことだ。
「ドラッグストア、何も俺達は喧嘩しにきたんじゃない。ただ、お前の薬が欲しいだけなんだよ」
丸坊主の男は、猫を撫でるように私に話しかける。
私は、弁当箱に米粒が残ってないかを確認する。
後はおかずだけだと言うのに箸が一本だけになってしまった。突き刺すのは行儀が悪いが仕方ないか、と私は焼売に箸を突き刺して口に運ぶ。
私の行動を見て丸坊主の男の顔にもようやく怒りが見え隠れし出す。
「おい・・・聞いてるのか⁉︎」
丸坊主の男の声から苛立ちが漏れる。
「何が欲しい?」
私の問いに丸坊主の男は驚いたように口を丸くする。
「どんな薬が欲しいのか?と聞いてる」
「・・・全部だ」
「効能が分からないものを闇雲に持って行っても仕方ないだろ。どんな処方をして欲しいのか言え」
私は、思わず肩を竦める。
まったく文法のなってない小学生か。
「気持ち良くて、金になる薬だよ」
丸坊主の男は、苛々しながら言う。
言葉にしたことよりも私の言う通りに動いてしまったことに腹を立てているのだろう。自分達の方が圧倒的に有利なはずなのに私にペースを持って行かれているのが気に入らないのだ。
「そんな欲望にしか効果のない薬は持ってない」
私は、弁当の中身を確認する。
残っているのは焼売一つと鮪の照り焼き、そして杏。私は、鮪の照り焼きに箸を刺してそのまま口に運ぶ。
「私の薬は、依頼人の希望に沿って処方させる。希望だ。欲望ではない」
私は、念を推して言う。
「じゃあ、俺の希望を聞いてくれ。気持ち良くて金になる薬を処方してくれ」
丸坊主の男の言葉に男達が激鉄を引く。
「断ると金じゃなくて鉄を払うことになるぞ」
私は、最後の焼売に箸を突き刺す。
そろそろ良い時間か。
「好きにすればいい」
空気が変わる。
6星を構える男達、そして丸坊主の男達から冷たい殺意が流れ、首筋を擽る。
・・・中々の快感だ。
丸坊主の男が弾くようにた唇を釣り上げる。
「残念だ」
その瞬間、男達が一斉に引き金に手を掛けた。
血飛沫が上がる。
男達の目から、鼻から、口から、爪から血が溢れる。
男達は、何が起きたのか分からないままに血まみれになった自分達を見る。
丸坊主の男も鼻と口から血を流し、サングラス越しに血の涙を流す。
私は、高らかと笑う。
「時間通り!」
愉快すぎて笑いが止まらない。
屈強な男達が武器を地面に落とし、そのまま膝から崩れ落ち、そして乾涸びた木菟のように地面で痙攣する。
丸坊主の男だけが膝を突き、サングラスを落としながらも決死の形相で私を睨む。
その顔があまりにも可笑しくて笑ってしまう。
「手前、何しやがったって顔だね」
私は、喉を鳴らしながら言う。
丸坊主の男は、言葉にも出すことが出来ないまま私を睨む。
「特別なことはしてないよ」
そう特別なことなんてしてない。
私は、左腕の袖を捲る。
そこには刺青のように打たれ、竜の顔の模様になった無数の注射痕があった。
「薬ってね、人に売買する時はどうしても治験が必要なんですよ。でも、私は薬剤師じゃないし、製薬会社にも所属してないから治験のモニターなんて集ない。だから、私自らが治験のモニターになってるんです」
丸坊主の男は、私の発した言葉の一言一言を理解出来ず、苦しみながら眉を顰める。
私は、丸坊主の男に切られた頬を弄る。
血が滲み出てアーモンドのような香りが漂う。
その瞬間、丸坊主の男は、大量に吐血する。
私は、笑いを堪えることが出来ない。
「その結果、私の血は様々な薬剤と混じり合ってその日毎にランダムに効能の変わる毒薬に変化したのですよ」
丸坊主の男の顔に動揺が走る。
「今日は、アーモンド臭がするのでシアン化カリウム・・青酸カリと同じ効力を持っているようです。良かったですね。即効性のある毒で。遅効性のものなら苦しむ時間がもっとあって地獄だったと思いますよ」
私は、指先に乗った血液を丸坊主の男に向かって振る。
血液は、弧を描いて丸坊主の男の口の中に入る。
男の動きが止まる。
表情が絶望に固まる。
「またのご来店をお待ちしております」
丸坊主の男は、目から、耳から、鼻から、口から大量の血液を吹き出し、その場に倒れ込み、動かなくなる。
私は、自分の吐いた血の海に沈んだ男達を見て高らかに笑い、箸に突き刺した最後の焼売を口に放り込んだ。
そして最後に残った杏を指で摘んで口に運ぼうとして、
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